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創作では順番が逆。~「異世界薬局」考証裏話(3)治療可能な範囲の決定~

さて、だいぶん間が空きましたがまだ14話の話が続きます。
ネタが多いんですよね、この回は。
……なお、本来なら整形外科でカバーする範囲の話で、私が内科医であることはどっかに行ってる気がしますが、気にしないでください。
田舎で二次救急をやってますと、外傷初療や小外科(ちょっと縫う程度の傷の処置などですね)はできないと話になりませんから、内科医でもやることはあるということで。やんない奴おるけど。

それはさておき、本題に入りましょうか。

症例の概要の決め方

 前回、「薬谷の経験値では、目立つ傷以外のことをとっさに思い浮かべて調べることは困難」と結論付けました。
 主人公の経歴を考えるなら、別に何の不思議も無いことなんですよ。目立つ出血があったり、明らかな骨折があったりすると、どうしてもそちらに意識が行ってしまいます。リアルワールドなら、見落としを減らすために「調べてそれがないと判るまで、いかなる損傷も存在すると思え」と教えられますし、実際に検査の段階で他の損傷が見つかることは稀ではありません。
 しかし幸いなことに、今回はフィクションです。どんな傷にするかはいくらでも設定できます。

……そう。実はこの回、「どんな傷を負ったか」は主人公の設定その他から助言させていただいてます。
 前回まとめた症例をもう一回見直しましょう。

症例は推定30代男性、戦闘中に落馬し左下腿に開放骨折をきたしたもの。
脛骨骨幹部近位および腓骨骨幹部近位骨折疑い。
他に明らかな外傷なく軽度興奮状態。
上下肢の運動は可能
創からの出血を認める。
会話はやや不成立。
既往歴:不明
予防接種歴:なし

原作に準拠した上で、上記が決定されています。
設定に当たって考慮した要素は、以下のとおりです。

・この『異世界薬局』という作品、基本的に患者は死なないことになっている
・現場にある機材で対処するストーリーを作りたい
・使える機材は持参したものだけ。11歳男児が馬から下ろせるカバンに入る分量
・その場で生成できる物質がある(ファンタジー設定)
・術者の身体的特徴は11歳男児、身長・体重・筋力に大きな制限がある
・病名を思いつけばそれが合っているかどうか確認する手段がある。ただし、手術中は使用不可(ファンタジー設定)
・実習レベルの手技は身についている(ややご都合主義ですが細かいこと言わない)

以前も書きましたが、ここで考証しているのはあくまでも「お話を盛り上げるための」要素ですから、リアルワールドであれば発生しているだろう諸々を無理に詰め込まなくてもいいわけです。
というわけで、各要素を考えていきましょう。

条件その1:患者は基本的に死なない
 内臓の破裂などといった大きな損傷を見落としでもしていたら、死んでしまいかねません。
 主人公が開腹手術やカテーテル治療でも出来るんならそりゃ、脾破裂でもなんでも追加すればいいと思いますが、主人公は薬学者です。「できる」という事にしてしまうと、設定に無理がありすぎます(いやまあ手術だけでも無茶設定ではあるんですが……)
 無理のない範囲で頑張って治す、という事にすれば良いでしょう。むやみに複雑な症例に仕立て上げる必要はありません。
 他に大きな傷は負っていない、という設定にしましょう。
 また、止血を急がなくてはならないような大きな血管の損傷も無いものとします。止血する技術が十分あるとすると、主人公のキャラクター設定に影響が出かねないからです。

条件その2:現場にある機材+その場で作れる物質しか使えない
 緊急用の外傷セットを持っていった(第13話参照)事になっていますから、パラメディックの装備程度のものはあるとして良さそうです。
 もっと率直に言うと、これから設定作るわけですから、何か取り出したところで「荷物に入ったんです」と言い切ってしまえば大丈夫です。というわけで、縫合セット(縫合用の針、糸、鑷子、持針器)や包帯などは有って良いでしょうね。
 ただしこのセットはあくまでも救急用と考えると、骨折用のプレートなど特殊機材は含まないとするほうが合理的でしょう。
 また設備の関係上、透視下(リアルタイムでモニタに映し出すタイプのX線画像を見ながら)の手術も不可です。

条件その3:術者であるファルマは11歳男児で物理的な制限がある
 筋力も足りなければ手足も短い子供の体格で、骨折の治療をしなくてはいけない……というのが今回のストーリーの一面です。
 手足の骨折の場合、完全に折れた骨は筋肉に引っ張られて短縮しますから、治療に当たってはこれを引っ張ってもとの位置に戻さなくてはなりません。ファルマの力で引っ張って戻すこと(整復と言います)ができない部位を損傷した、というストーリーは避けたほうが良いでしょう。
 そうすると、やはり大腿骨骨折とするのは無理ですね。整復するのにけっこう力が要りますので。
 下腿ならまあなんとか……というところにしておきましょうか。

条件その4:診眼の使用制限あり(ファンタジー設定の使用制限)
 手術に入ってしまえば、「滅菌してある器具」「消毒してある患者の体」以外のものには触れられません。
 まして術者が自分の顔に触るなんて言語道断です。
 さすがにこれは常識の範囲過ぎて実習や実験レベルでも叩き込まれたでしょうから、外すことは出来ないでしょう。
 手術に取り掛かる前・手術終了後に使うことは可能ですが、手術中は指を顔に当てる必要がある診眼能力は使用不可です。

条件その5:実習レベルの経験しかない
 実臨床の経験ゼロですから、あまり複雑なものには対応できないでしょう。ちょっとコツの要る手技は難しそうです。
 また、損傷した血管を縫合する技術についても無いものと考えたほうが良いでしょう。
 ただ……骨が皮膚を突き破ってる骨折だとどうしても「創を開放・洗浄して創外固定だねー」と考えてしまうんですが、そもそも薬谷に創外固定する技術あるんかいな?というのがやや疑問ではあります。
デバイスの開発からしなきゃいけない状態なのに、何の知識も経験も無い人間が適切に治療できるか?
そりゃちょっと無理だ、と判断するところなんですが……原作で治療しちゃってますからねえ。
ま、このへんはご都合主義全開で。

上記の条件から、重大な血管損傷が起きていない腓骨・脛骨の短斜骨折または横骨折くらいでいいかなあ……としました。


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