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純粋未修者よりも純粋文系者の方が心配

1 司法試験・予備試験は公民の延長ではない

 司法試験・予備試験の勉強を特に憲法から始めると、中学でやった  「公民」科目をもっとハイレベルに本気でやれば司法試験・予備試験に合格できると思ってしまうかもしれません。
 でも、司法試験・予備試験で試されるのは、法律・条文を具体的な事案に適用して結論を導く技能ですから、法律や制度を知っているだけでは(特に論文試験では)点が取れません。それらを具体的な事案に適用して結論を導くところにこそ配点があり、その技能は、練習・思考訓練なしには身に付かないからです。
 この技能は、ちょうど算数や数学の問題を解くのに近く、暗記がメインとなる文系科目の対応方法とは性質が異なります。日本史では記憶した知識が増えることがダイレクトに点数アップにつながりますが、数学は公式を暗記しても、その公式をどのような問題でどのように使うか、その使い方まで身に付いていないと点数アップにつながらないですよね。
 では、ちょっと、頭の使い方を確認しましょうか。

2 例題1(小学1年生の算数)

 たろうくんは、おはなやさんでバラを1本かいました。はなこさんは、そのおはなやさんでバラを10本かいました。
 おはなやさんは、バラをぜんぶで何本うりましたか。

 これは、小学1年生レベルの問題ですが、皆さんは、どういうふうに答えを出しますか?
 お花屋さんが売ったバラの花の本数を出せばよいということで、たろうくんに1本、はなこさんに10本売ったのだから、足し算しますよね。
 公式としては、こんな感じですよね。
 〇+△=☐
 その上で、こうですね。
(式)1+10=11 (答え)11本

つまり、①事例と設問を読んで、②足し算という公式を使うべきだと判断し、③その公式を1と10という数字に当てはめて(又は1と10を公式に当てはめて)11という答えを出していますよね。
そんなの当たり前じゃん!と思いますよね。
では、次の問題ではどうでしょうか。

3 例題2(大人の刑法)

 太郎は、薔薇の棘には毒がありその毒で人を殺すことができると信じていたため、彼女である花子をその棘を刺して殺す目的で、花屋で薔薇を1本買った。他方、花子は、太郎の誕生日を祝う目的で、花屋で薔薇を10本買った。翌日、太郎は、花子を殺害する意思で、寝ている花子の首筋に薔薇の棘を刺して出血させたが、花子が太郎の誕生日を祝おうと薔薇を用意していたことに気付いて後悔し、手当てをした。なお、薔薇の棘には毒がない。
 太郎の罪責について論じなさい。


 不能犯?など気になっちゃう点もありますが、でも、大事なのは、やはり「公式」です。「太郎の罪責」を判断するための適切な公式を見付けないといけません。
 刑法では「何罪が成立するのか」という検討をするので、本問では、太郎の行為のうちで、「犯罪が成立するかも」と思える行為を見付け、それに合いそうな「公式」つまり「犯罪を規定する条文」を発見して、それを実際に当てはめてみて、きれいに当てはまれば成立、当てはまらなければ不成立という答えを出すことになります。

 なので、まずは、公式。
 太郎は、花子を殺す意思で、薔薇の棘を首筋に刺していますから、この行為に犯罪が成立しそうですね。でも、花子は死んでいないです。そのため、殺人未遂罪(203条・199条)の公式を使ってみようという判断になります。
203条には「第199条…の罪の未遂」に殺人未遂罪が成立すると書いてあるんですが、これを算数の式みたい表現するとこんな感じですね。

(式)①殺人罪の実行行為+②故意=殺人未遂罪成立

 このような感じの式をさっきの足し算の公式のように思い浮かべられない方は、あるいは思い浮かべようとさえしていない方は、勉強の方向性というか司法試験や予備試験で求められている能力の捉え方に大きな誤りがあるため、できるだけ早く修正した方がいいです。

 では、①殺人罪の実行行為性が認められるでしょうか。
 ここで論点が生じますよね。行為者である太郎としては薔薇の棘の毒で人を殺害できるという認識ですが、薔薇の棘には毒がないため棘を刺す行為では人は死なないので、実行行為としての危険性の有無をどのような基準で判断するかが問題となりますね。
 不能犯と未遂犯の区別基準といったタイトルがついている論点で、判例や学説もあるところです。ここでは、内容に立ち入りませんが、客観的に判断していく通説的立場からは、実行行為性は否定されるため、①は×になります。そのため、殺人未遂罪「不成立」です。

 そして、ここで終わらず、他に使える公式はないか、もう一度考えます。公式である条文から使えるものがないか探すんです。条文知識に自信があるなら頭の中で検索してもいいです。とにかく使えそうな公式を探すんです。
 太郎は、花子に怪我をさせていますから傷害罪(204条)の公式が使えそうだということに気付けましたか?(逆に、先に傷害罪に気付いてそのあと殺人未遂罪を一応検討した方もいるかもしれません)。
 204条には「人の身体を傷害した者」には傷害罪が成立すると書いてあります。
 これを式にするとこうですね。
(式)①傷害行為+②人の身体の傷害(結果)+③①と②との間の因果関係  
+④故意=傷害罪成立
 
 なお、行為が有形的方法である場合、④故意は、暴行の故意で足りるのですが、細かいことは今は置いておいて、とにかく公式を思い浮かべることが大事です。
 本問では、太郎は、花子の首筋に棘を刺していますから①OKですね。次に、出血していますから②OKですね。また、棘を刺した「から」血が出ているので③OKですね。ただ、④を満たすかどうかについては少し論点があります。というのは、太郎は、殺人(未遂)罪の故意で傷害罪の事実を発生させているので、傷害罪の故意が認められるのかという疑問がわいてくるからです。でも、二つの犯罪の構成要件が重なり合うため、軽い傷害罪の故意は認められると解されていますから、④もOKとなります。そのため、傷害罪「成立」です。
 なお、太郎は手当てをしていますが、傷害の「結果」が生じているので、未遂犯の一形態である中止犯(43条但書)は成立しないです。

4 大枠は理系、内容は文系

 私もそうでしたが、中学で理数系の科目に苦手意識をもち、高校でも数学・物理はほとんどやらず、大学受験も私大文系ねらいで、理数系科目と距離を置いていた純粋文系の方の中には、公式を事例に適用するという意識の薄い方がいると思います。そういう方は、無意識のうちに、本に書いてあること・講義で聞いたことを文章のまま頭に叩き込む勉強をするだけで終わっている危険があります。叩き込んだ知識を使えるように訓練すること、もっというと、使うことをイメージしながら知識を叩き込むことが重要です。
 確かに、司法試験・予備試験は、言葉の解釈・表現など「言葉」にこだわるものですから、その点は文系の試験です。でも、適切なルール・公式を見出して事案に当てはめて解決するという基本姿勢は理系的です。そして、後者が大枠であり、前者がその内容を形成するという関係にあるため、両方とも必要です。
 後者の基本姿勢は、純粋未修者でも理系科目との距離が遠くなかった方であれば早い段階から体得できると思いますが、純粋文系者の方にとってはなじみが薄く、入門講座を聴いている間はまったく意識されないまま時間が過ぎてしまっている可能性があります。
 純粋文系者の方は、この基本姿勢だけは早めに身に付けてくださいね。






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