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社会人が予備試験に受かる方法②(法的思考の早期体得による勉強時間の圧縮)

1 勉強時間の確保にも限界がある

 社会人、特に週30から40時間以上働いている方にとって、勉強時間の捻出こそが一番の課題です。でも、このような社会人の方が、いかに工夫をしても、大学生やロー生と同じ量の勉強時間を確保することは不可能ですよね。
 仮に、予備試験が1日平均最低2時間の勉強を1年継続することで合格レベルに達することができる試験であれば、この2時間という勉強時間の捻出の可否こそが、社会人にとって、合否の大きな分かれ目になるため、社会人受験生は、とにかく一日一日を勤勉かつ効率的に過ごして、2時間以上の勉強時間を確保することに集中すれば、おのずと合格が見えて来るということになります。
 でも、予備試験に合格するために必要な1日の勉強時間は、それを優に超えます。そのため、社会人が予備試験に合格しようとする場合、勉強時間の捻出を最大限行うことは当然として、それに加えて、その限られた時間の中で最大限効率的な勉強をすることになります。
 そして、効率的な勉強というと、予備校を利用する、個別指導を受ける、無駄な勉強はしない、試験に出るところを中心にやる、すきま学習をする等いろんなイメージが湧くと思います。それももちろんそうですが、勉強内容の質的な観点からは、法的な思考の訓練を行うこと、これが最短合格のための効率的な勉強になります。この法的な思考を早くに身に付けることが、社会人が大学生・ロー生と対等に競い合う鍵になります。
 「なんだそんなことか、自分は常にやっている」と思う方も多いかもしれません。でも、受験サポートをしていると、限られた時間の中で、特に短答対策中、無意識のうちに思考停止状態で勉強をしてしまっている方がいます。そういう方を見ると、せっかく時間を捻出して疲れた状態で机に向かっているのにもったいないなと思うんです。
 今回は、短答問題の記述を素材に、初歩的な法的思考について、一緒に確認したいと思います。

2 法的思考の活性化

 では、次の記述の正誤について検討してみましょうか。
 (予備短答刑法R3-2-4)
 甲は,窃盗の目的で乙宅に侵入し,金品を物色中,乙に発見されたため,この機会に乙に暴行を加えて金品を奪おうと考え,乙に反抗を抑圧するに足りる程度の暴行を加え,金品を奪った。この場合,甲には,事後強盗罪が成立する。
 
正解は×ですが、普段の勉強でその判断を間違えること自体は、試験の合否にとって全く影響がないです。でも、普段の勉強が以下のような理解の仕方にとどまる方は、論文試験での合格はかなり怪しく感じます。

① 事後強盗罪は成立しない。なぜなら、1項強盗罪が成立するからだ。
② 事後強盗罪は成立しない。なぜなら、この記述は居直り強盗の事案であるため、1項強盗罪が成立するからだ。
 
 もしも、①や②のみを頭に入れる勉強をしている場合はかなり危険です。法的思考の訓練を全くしていない可能性があるからです。「え、『なぜなら』以下の理由も押さえているのだから、問題ないでしょ」と思われるかもしれません。でも、①や②には、「法律・条文を事実に適用するプロセス」がありません。論文試験では、このプロセスを文章で表現する力が問われています。そのため、普段から、このプロセスを意識していることがすごく大切です。この意識がないまま、勉強を積み重ねても、その勉強は、論文力養成にとっての効果は小さく、むしろ論文合格というゴールからは、悪い癖がついてしまった分、逆走してしまっているように感じます。

3 法的思考をしてみよう

 論文合格のために一番大切なことは、事後強盗罪の条文(刑法238条)と1項強盗罪の条文(刑法236条1項)を見ながら、自分の力で、「事後強盗罪は成立しない。1項強盗罪は成立する。」という結論を導いて、その理由を説明できることです。

⑴ 事後強盗罪

 まず、事後強盗罪から行きますね。
 条文の文言では「窃盗が、財物を得てこれを取り返されることを防ぎ、逮捕を免れ、又は罪跡を隠滅するために、暴行又は脅迫をしたとき」に成立するとありますね。
 これを解釈も踏まえて構成要件要素に分解すると、
①窃盗犯人であること(未遂・既遂を問はない)
②窃盗の機会における暴行・脅迫(反抗抑圧程度を要する)
③故意
④財物取返防止目的・逮捕免脱目的・罪跡隠滅目的
となります。では、この①から④について、全部満たす(成立)のか、満たさないものがある(不成立)のかを確認しましょう。

 甲は,窃盗の目的で乙宅に侵入し,金品を物色中,乙に発見されたため,この機会に乙に暴行を加えて金品を奪おうと考え,乙に反抗を抑圧するに足りる程度の暴行を加え,金品を奪った。この場合,甲には,事後強盗罪が成立する。
 
まず、甲は、窃盗の目的で金品物色中であるため、①は〇ですね。次に、この機会に、甲は乙を暴行しているので②も〇ですね。また、甲は客観的構成要件に該当する事実を認識・認容しているため、③も〇です。
 でも、甲は、「乙に暴行を加えて金品を奪おう」と考えています。そのため、④財物取返防止目的・逮捕免脱目的・罪跡隠滅目的のいずれもないということで、④が×です。したがって、事後強盗罪は成立しません。
 確かに、このような結論に至るプロセスの確認を、短答問題の記述に関して逐一行うことは物理的・時間的に不可能ですが、「説明して下さい」と言われたら自然にできるくらいの状態にあることが必要です。

⑵ 1項強盗罪

 次に、1項強盗罪ですね。
 条文の文言では「暴行又は脅迫を用いて他人の財物を強取した者」に成立するとありますね。
 これも、解釈も踏まえて構成要件要素に分解すると、
①暴行・脅迫を用いること(反抗抑圧程度を要する)
②他人の財物
③強取すること
④故意
⑤不法領得の意思
となります。では、この①から⑤について、全部満たす(成立)のか、満たさないものがある(不成立)のか、簡単に確認しましょう。

 甲は,窃盗の目的で乙宅に侵入し,金品を物色中,乙に発見されたため,この機会に乙に暴行を加えて金品を奪おうと考え,乙に反抗を抑圧するに足りる程度の暴行を加え,金品を奪った。この場合,甲には,事後強盗罪が成立する。
 
まず、甲は、「乙に反抗を抑圧するに足りる程度の暴行を加え,金品を奪った」とありますから、対応させれば、①、②及び③は〇ですね。次に、甲には客観的構成要件に該当する事実を認識・認容しているため、④も〇です。そして、⑤不法領得の意思は、権利者排除意思及び利用処分意思を内容とするものですが、これが否定され得る事情は書かれていないので、〇で良いでしょう。したがって、1項強盗罪は成立します。

 論文試験の解答としては、「1項強盗罪が成立する居直り強盗の事案だから、事後強盗罪が成立しない」というものでは説明になっておらず、それぞれの犯罪の構成要件要素との関係でその成否の理由を説明できることが求められます。

4 法的思考により勉強時間を圧縮する

 法的思考という言葉は多義的ですが、今回は、法律・条文を事実に適用して結論を導くという一連の思考について、これを法的思考として扱いました。
 この法的思考は、論文合格を目指す勉強において知識を入れる「器」となるものです。お弁当をつくるときに、おかずを作ってから、お弁当箱を買いに行く人はあまりいないと思います。中身を仕切ることができるお弁当箱は既に手元に用意されている状態で、おかずを作ってご飯を炊いて、中身を詰めますよね。
 今回の法的思考という器を勉強の初期の段階から用意できていれば、知識は、頭に入れれば、思考のための材料として正しく機能して、その力を発揮するようになります。また、知識を頭に入れること自体も容易になります。
 そして、このような法的思考が身に付くのには、それほど時間はかかりません。意識して心掛けるだけでできるようになっていくものだからです。でも、意識しないと身に付かない人が多いです。そのため、法的思考をできるだけ早くに意識・体得し、その状態で知識を吸収していくことが、現状では、多くの受験生をごぼう抜きするための方法となります。結果として、勉強時間が圧縮されます。
 限られた勉強時間の中で社会人受験生が合格するためには、普段の勉強から法的思考を実践していることが重要です。法的思考が身に付いた状態で勉強している受験生とそうでない受験生は、電動付自転車と普通の自転車くらい速度に差が出てきます。法的思考の精度は、知識の広範性・正確性の影響を受けますから、当面は低くても気にする必要はありません。少しの知識を使って、とりあえずの法的思考をしてみることが大切なんです。
 是非、一日も早く、法的思考を自然にできるようになってほしいと思います。



 


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