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西川美和 おくれてゆく ハコウマに乗って25

 二〇一九年三月二十一日、七年ぶりに日本開催されたMLB開幕戦の第二戦目で、イチロー選手は引退した。延長十二回までもつれた試合が終了したのは二十三時をすぎていたが、東京ドームに詰めかけたファンは席を立とうとせず、再びグラウンドに現れたイチロー氏に送られた三六〇度の地鳴りのようなスタンディングオベーションは伝説だ。パンデミックの一年前。やっぱり持ってる人だった。決断が一年遅ければ、あんなに多くの観客に、あんなに大きな歓声で送られることはなかっただろう。悠々と手を振りながら歩く姿は私の席からは豆粒のようであったが、その感情が震えているのが伝わってきた。あのイチローが、あのイチローが、日本のファンに、感動している——。

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