『君たちはどう生きるか』を初日に観た私が思い出した鈴木敏夫と美輪明宏の言葉|編集部日記
私は公開初日の7月14日、それも午前8時20分の初回を鑑賞したのですが、TOHOシネマズ渋谷・スクリーン2の199席は満席でした。
「平日の朝早くから、これだけの観客が……」。宮﨑作品、ひいてはスタジオジブリが積み上げてきた信頼とブランド力を感じたと同時に、ジブリファンのひとりとして、数多くの「同志」の存在に、思わず胸が熱くなりました。
事前情報なしだから「一つひとつの言葉を吟味した」
思い返したのは、鈴木敏夫さんが出演された文藝春秋ウェビナー「鈴木敏夫はどう生きるか」の一コマ。鈴木さんは本作の宣伝について「『何もしない』をやる」と語り、次のように続けました。
「決まりきった宣伝やPR活動ではなく、少し違うことをして、結果として映画界にプラスになれば」
予告編も、広告も、内容がわかるものは公開前にはいっさいなく、タイトルと鳥の絵が描かれた1枚のポスターのみ。
そのミステリアスな様相がどれだけ観客の興味を引いたかまではわかりませんが、少なくとも私は「宮﨑駿の作品を何の事前情報もなしに初日に見るなんて、千載一遇のチャンスだろう」と思い、公開初日に映画を見ることを決めました。
私のような観客は少なくなかったでしょうし、また未見の友人からも「ネタばれなしで見たいから情報はシャットアウトしている」という声を多く聞きます。事前に情報がなかったからこそ、画面に現れる一つひとつの言葉、一つひとつの動きを吟味し、自分なりに吸収しようと思い、劇場に向かいました。
そして始まった上映。次々に画面にあらわれる魅力的な登場人物やアクションに魅了され、気が付けば2時間があっという間でした。
ここでも内容には触れませんが、ただ、「匂わせ」を少しだけ。
鈴木さんは『君たちはどう生きるか』について、上記のウェビナーで、「(この作品の製作は)ノーというつもりだった」と明かしています。
しかし、宮﨑さんが書き上げた冒頭20分の絵コンテに思わず魅了され、それでも断るつもりで足を運んだアトリエで、宮﨑さんにだしぬけにコーヒーをふるまわれた結果、「やりますか」と言ってしまった、と。
実際に作品を見ると、冒頭20分は“火”を軸としたスペクタクルに目がくぎ付けでした。ただ、シリアスな場面から一転して、思わず頬が緩むような朗らかな描写も随所に現れる。緩急の妙を感じさせられました。このような“策士”ぶりこそ、宮﨑監督らしさといえるのかもしれません。
美輪さんが明かした引退論
『君たちはどう生きるか』は宮﨑監督の“遺言”のようだ、という声も聞きます。
じっさい、『もののけ姫』以降は、毎回のように引退がささやかれてきました(本人も公言してきた)。そんな宮﨑監督について、これまで宮﨑作品に2度出演した美輪明宏さんは、「文藝春秋」の記事で、次のように語っています。
〈「風立ちぬ」のあと、長編作品からの引退を発表されたときも「また戻ってくるだろう」と思っていたら、やはりその通りになりましたね。宮崎さんのお気持ちはよくわかります。鉛筆を手に紙に向かう日々が何年もつづき、いつのまにか体力的にも精神的にも限界を迎えてしまう。それで作品を完成させたと同時に「もうやめた!」となる。マラソン選手がゴールした途端に倒れ込んでしまうのと同じです。けれども、作品が認められ、時間の経過とともに心身が回復すれば、またじわじわと創作欲が湧いてくる〉
『君たちはどう生きるか』を見てから、この言葉を改めて読むと、「宮﨑監督の作品をまだまだ見たい」と思ってしまいます。
(編集部・若林良)