見出し画像

3だけが失われたこの世界で

 みっつの願いを叶えてくれるというジンに俺も会ったことがある。「願いごとの数を増やす」以外の願いならどんなことでも叶えられると豪語するそいつに、俺はちょっと嫌がらせしてみたい気持ちになった。
「なら、この世から3という数字を消してみせろ」

 ジンは呆気に取られた顔をしたが、すぐに叶えてくれた。「できないと思ったかね?」奴の、猫のような縦に割れた瞳が少し得意げに光った気がした。
 それ以来、俺は3が無くなった世界に暮らしている。

 3が無くなっても世界はそれまで通りだった。2号室の隣が4号室になったり、2位の次点は4位になったりしたが、特に混乱はなかった。
 もっと厳密に、量の正確さを求められるような場面では、皆、「2の次」とか「4の前」と言い表した。そこだけ数が飛んでいることについて、大抵の人間は疑問を持たなかった。ごく稀に、どこだかの学者とか数学のオタクみたいな連中が「2と4の間の数が存在しない不思議」を語ることはあったが、それはすごく深遠で浮世離れした、一般人には理解の及ばない問いとして放置された。

 ちなみに、3という数が消えたにしろ、ジンが叶えてくれた願いは結局あとふたつだった。俺は足りなかった単位を奇跡的に取り終え、第一志望の会社に奇跡的に就職した。

 平凡な大人としての平凡な毎日が始まった。この世から3が消えたことなど次第にどうでも良くなっていった。俺以外の人間は誰も3の存在を覚えておらず、そして俺自身もあまり思い出さなくなった。

 ある日のWEB会議でのことだった。俺は若干遅延の起きている画面を横目に、サブディスプレイ上で内職を進めていた。ふと、妙な間合いで音声が途切れた気がしたが、俺が異変を感じてメインディスプレイに目を戻したのはたっぷり二十秒は経ってからだった。

 会議はいつの間にか、終了していた。真っ黒な画面の中央に、猫のように縦に割れた瞳をした男が映っていた。

【続く】

#逆噴射小説大賞2024