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オーバーライト・トレジャー・ランド【完全版】 #パルプアドベントカレンダー2023

#パルプアドベントカレンダー2023 とは

12月1日から24日まで毎日違う担当者がパルプ小説を投稿する

本日は私で、明日はトウドノリアキさんの「銀世界の峠で、悪魔を見た」です!

例年私は読み専なのですが、今年はうっかり泥酔していて軽率に応募してしまい、翌朝後悔しました。なぜなら担当者は担当日までに小説を書かなければならないからです。
タグを付けて投稿で飛び入り参加もできます。みんなも軽率に投稿しよう🪿🪿🪿


オーバーライト・トレジャー・ランド

 本日の戦績(場内総計)
 死亡:3
 重症:2
 軽傷:14
 命中判定:24

1.

 割引券がポストに入っていたから、ふと思い立って行った。車で四十分。隣の町の山間にある、自然がたっぷりのレジャーランドだ。

 入場口でパンダの着ぐるみがゴーグルをくれた。位置情報と視線の向きを読み取って、順路を示したり景色に説明を追加したり、ミッションをくれたりするそうだ。ミッションはすべてクリアすると景品がもらえるらしい。その「景品」の説明書き(入場してすぐ見えてきた立札に書いてあった)の傍に、ポッキーとパイン飴のような絵が描いてあったので、たぶんこれは子供向けなんだろうと思ってスルーした。

 良い天気だった。季節が逆戻りしたかのように暖かく、優しい風が吹いている。最初のゾーンは一面のチューリップ畑だ。大きな花畑を埋め尽くすようにカラフルな花と葉が並び、その隙間に簡単な迷路が作られている。歩き始めたばかりの幼児が数名駆け回り、その後ろをカメラを構えた親達が追っていた。

 そこを抜けると水のゾーンが現われ、人工の浅い池に透明な水が溜まって、四方の水路へと流れ出していた。水路のそばを何とはなしに歩いていると、アヒルの行列が水を蹴立てて駆けてくる。跳ねた水飛沫が足元にかかりそうになって、咄嗟に避けきれずにぼうっと立ち尽くした。
 確かに水飛沫を浴びたはずなのに、足元はまったく濡れた様子がない。それで初めて、アヒルと水飛沫はゴーグルに映し出された幻だと気づいた。

 次のゾーンは見渡す限りの紅葉したモミジの林だった。鈍い自分にもようやくわかった。これらのゾーンは順に春、夏、秋を表しているのだ。となると、この先は冬のゾーンか。

 雪と氷の世界を期待して次のゾーンに入ると、砂丘が現れた。

 からりと熱気をはらんだ風が正面から吹きつけて、咳き込みそうになる。

「さて最初のミッションです」

 急にゴーグルの両脇から短いメロディと抑揚のない音声が流れ出た。

「本日ご来場の皆さまには、殺し合いをしてもらいます」

2.

「場内のあちこちに武器が置いてあります。好きな武器を一人一つ、取ってください。二つ以上取ると失格になります」

 ゴーグルの内蔵スピーカーと場内アナウンスが同時に同じ内容を言っているようだ。小学生くらいの男児が二人、砂丘を駆け降りてきて、その後を父親らしき男が笑いながら追って行く。「あっちだよ! あの、道の途中の……」

 紅葉のゾーンに引き返してみると、木がまばらになって開けたところに水鉄砲がいくつか無造作に積んであった。ピストル型ではなく、ライフルのように長く大きめのものだ。本体が蛍光色の黄緑で、後部にピンクや黄色の水タンクが付いている。

 わやわやと参加者達が駆け寄ってひとつずつ水鉄砲を取っていき、すぐに無くなった。

「では、開始です」スピーカーの声が言った。「さっそく殺り合ってください! 命中はゴーグルを通して判定されます。ゴーグルの視界に入った状態で撃たないとカウントされませんので、ご注意ください」

 なんだか嫌な予感がしてその場を離れ、木が密集している方へ向かった。

 軽快な足音が複数、駆けてくる。髪を二つに縛った女児が若い父親に追いつき、笑い声を上げながら撃った。

 どぶ、とその背中から暗い色の血が飛び散った。

「ごわあ!」と男は叫び、自分の背中に腕を回そうと振り回す。女児はキャンキャンと甲高い声で笑い、後から追いついた男児が追い討ちに男の背中をまた撃つ。激しく血が飛び散る。

「やめろ! おい、やめろ!」男は怒鳴り、男児が女児にも水鉄砲を向けるのを見て、間に入るように手を広げて飛び掛かった。

 あまりの惨状にゾッとしてゴーグルをずらすと、血は見当たらない。シャツがびしょ濡れの男が、大騒ぎで男児から水鉄砲を取り上げようとしているだけだった。

 木の陰に隠れながら、足音を立てないようにその場を離れた。

3.

 池と小川のゾーンに戻ると、小川の水面に丸木の切れ端が浮かび、その上にシマエナガがとまって首を傾げていた。大福に思いつきで目と口をつけたような顔をしている。なんだか最近よく見かける鳥だ。

 シマエナガと丸木は川の流れに逆らってするすると進みだした。ゴーグルをずらして目を凝らす。やはり幻影だ。ということは、ゲームに関係のあるヒントなのかもしれない。

 あまり興味は沸かなかったが、なんとなく追って歩いた。

「あの!」
 不意に、灰色のパーカーを着た青年が現れた。青年は右手と左手に水鉄砲を一つずつ持っており、銃口を下に向けたまま片方を差し出した。
「あの、これ良かったらどうぞ。二つ取っちゃったんで」

 二つ取ると失格になるんだったか。仕方なく、水色のタンクがついた水鉄砲を受け取る。

 シマエナガと丸木はいつの間にか消えていた。

「あっちに隠れましょう」青年は池の端に立っている古風なロボット型のモニュメントを指した。ロボットは噴水を兼ねているらしく、飛び出た口からちょろちょろと水を吐き出していた。

 相変わらずやる気は薄かったが、巻き込まれて服を濡らされるのも嫌なので、一緒に隠れることにした。

 十二月とは思えない、柔らかな風が吹いている。さらさらと流れる池の水音の向こうに、子供達の悲鳴のような笑い声が響いていた。場内アナウンスが何かを告知し始めたが、ボヤボヤと反響して聞き取れない。

「暑いくらいですねえ」パーカーの青年は言った。「季節がわからなくなってしまう」

 まあ、とかなんとか、曖昧な相槌を返した。他に応え方が思いつかなかった。

「以前は夏にしかやらなかったんですよ。水遊び系はね。最近は、天気が良けりゃ、年中やってます。その方が客入りも良くて」
「よく、参加されてるんですか?」仕方なく聞いてみる。「まあね。でももうこれが最後ですね」
「へえ……」理由を聞いた方が良いのだろうか、と思ったが、面倒くさかった。

「あの人を見ててください。たぶんこっちに来る」
 青年は池の中央の飛び石を渡ってくる男を指した。アロハシャツにハーフパンツで、すっかり夏気分という雰囲気だ。手には黄色のタンクがついた水鉄砲を持っていた。

「ここから撃って、見られる前に逃げましょう」青年はロボットの脇の下にできた隙間を示した。「一点は取っとかないと、この後に響くので」

 景品を狙うつもりはない、と言おうとしたが、男が思ったより早く渡ってきてしまったので、青年は問答無用で二人分の水鉄砲の銃口を隙間に差し込んだ。

「行きますよ。合図したら撃って。三、二、一、はいっ!」

 引き金を引く。真っ直ぐに噴き出した水の一本線が、アロハシャツの開いた部分に飛び込む。どぶり。暗い血飛沫。

「あっ、何?」男はよろけて池に落ちた。

 バシャッ。

 なんだか面倒なことになりそう、と予感した瞬間、パーカーの青年はひと足先に身を翻して走り出した。

 ここに一人で残って、びしょ濡れの男から恨めしそうに睨まれるのもだいぶしんどい。パーカーの青年の後を追い、花畑のゾーンに逃げ込んだ。

4.

「いや、最高でした」パーカーの青年はチューリップ畑の迷路の入口で立ち止まり、晴れやかな笑顔で振り向いた。
「そんなに面白いですかね、これ」
「まあ僕にとっては」それから青年は笑うのをやめ、じっとこちらの手元を見た。「あのー……もし、お嫌でなければ、なんですが、鉄砲を交換してもらえませんか」
「え? いいですけど」
「ほんと? やった!」青年は素早くこちらの水鉄砲をもぎ取り、自分が持っていた方を寄越した。「さっき撃ってみてわかったんですが、これの方が威力があるし。ちょっと羨ましくなっちゃった」
「なんか当たり外れがあるんですかね。いいですよ、こっちは何でも」

 そもそもゲームに参加するつもりも無かったのだし、元はどちらもこの青年が入手した水鉄砲なのだから、好きにすればいい。

 花畑の迷路の中でも追いかけっこと撃ち合いが繰り広げられているようで、満開のチューリップの合間に血飛沫が見え、悲鳴と歓声が聞こえる。

 パーカーの青年はチューリップと同じ高さまで身を屈め、真剣に水鉄砲を構えて迷路に入って行った。この後は別行動でいいってことなんだろうか。ちょっとだけ迷路に足を踏み入れて目で追ってみたが、すぐにどこへ行ったかわからなくなった。

 ゴーグルの内蔵スピーカーからまた短いメロディと抑揚のない声が聞こえた。
「それでは二つ目のミッションです。クリスマスツリーの下にあるプレゼントボックスを、一人三つまで、開けてください。ボックスには当たりと外れがあり、ゴーグルの画面上で判定が出ます。一人三つまで、四つ以上開けると失格になります」

 場内アナウンスがまたボヤボヤと反響して流れている。チューリップ畑にいた人々が騒然となり、次々と迷路から駆け出してくる。迷路を無視して花を薙ぎ倒して来る者もかなりいた。

 必死の形相をした人々が向かうのは、冬のゾーンと思われる四つ目の広場。先ほど見た時は砂丘が広がっていた場所だ。あそこにクリスマスツリーなどあったのだろうか。

 プレゼントに興味はないが、人の流れに押し流されるようにそちらへ入った。からりとした熱風が出迎える。

「うわっ暑っ」
「何ここ? 暖房掛けすぎでしょ」
「ゲームってもう終わり?」
 周りの大人や子供が口々に文句を言いながら、砂丘を上って行く。

 何かがおかしいと感じて、ゴーグルを外してみた。

 砂はどこにもない。枯れた芝生に覆われた、ごく普通の野原だ。赤、緑、青のイルミネーションに飾り立てられた丘の上に、華やかなクリスマスツリーが立っている。

 広場はドーム型の屋根に覆われ、巨大なファンのついた暖房機が四方から温風を吹き付けていた。

 場内アナウンスをようやく聞き取ることができた。
「冬の広場に避難所を設けました。全員速やかに移動してください。毒物が混入しましたので、水鉄砲の使用を中止してください。全員速やかに冬の広場に移動してください。水鉄砲は使用せず係員に渡してください」

5.

「馬鹿な……」
 側を駆けていこうとする男児を呼び止め、頼み込んで半ば強引にゴーグルを借りた。目に当てると、丘の上のクリスマスツリーに文字が重なって見えた。

 Mission 2 〜プレゼントを開けよう!〜

 ツリーの足元に置かれた無数のプレゼントボックスには、箱の縁が光って見えるエフェクトが重なっている。ゴーグルの脇のスピーカーから流れる音声は、冬のゾーンへの避難と水鉄砲の回収を呼びかけていた。

 もう一人、別な男児からゴーグルを借りたが、やはり同じだった。

 砂丘が見えていたのはこのゴーグルだけか。改めて顔に当ててみると、相変わらず目の前は砂丘で、スピーカーから出る音声は「ツリーの下でプレゼント探し」を呼びかけている。このゴーグルだけが、存在しない景色を上書きされているのだ。

「痛え! 痛え!」芝生に座り込んだ男が喚いていた。制服を着たスタッフらしき者たちが数名集まり、男の服を脱がせ、ペットボトルの水を浴びせていた。

 男の上半身が真っ赤に腫れて爛れている。別なスタッフが背中に当てたタオルが、血で染まった。

 手当を受けている者は何人も居た。
 幼児が激しく泣く声が、あちらにもこちらにも響いている。

 どうなっている。これは偶然なのか?

「水鉄砲とゴーグルを回収します!」資材用のリヤカーの前で、大柄な女のスタッフが手を振り回していた。「水鉄砲は絶対に、使わないでください! ゴーグルもこちらへ!」

 リヤカーにはゴーグルとカラフルな水鉄砲がガチャガチャと積み上がっている。

 自分の持っていた水鉄砲をその中に放り込んでから、ふとリヤカーの陰を覗く。入場口にいたパンダの着ぐるみが、やる気の無い姿勢で座り込んでいた。

 ゴーグルを渡してきたのはこいつだ。ひとつだけ、他と違う景色を上書きされたゴーグルを。

 異様な案内と血みどろの演出のせいで、水鉄砲で撃たれた者たちの反応が大きすぎることに気づけなかった。場内アナウンスは偽の音声でかき消され、ツリーは隠されていた。小川の辺りでやたらと鳥の幻影を見せられたのも、こちらの足が向く方向を誘導する効果があったのかもしれない。

「お前は何か知ってるはずだよな?」右手でゴーグルを握りしめ、もう片手でパンダの頭を掴む。ズボッと引き抜くと、冴えない中年男の顔が現れた。

「キャア!」女性スタッフが悲鳴をあげた。

 着ぐるみの下の顔は、口と鼻から血の混じった泡を吹いていた。泡が顔の半分近くを覆い、しかも全く動いていない。呼吸をしていないのだ。

「シイノさん! しっかりして! シイノさん!?」
 女性スタッフと他の客が着ぐるみの男に飛び付き、パンダの胴体を脱がせながら地面に横たえる。先ほど取ったパンダの頭は、駆け寄ってきた別なスタッフにもぎ取られた。

 ゆっくりと二、三歩後ずさる。誰もこちらを気にしてはいない。身を翻し、丘を駆け降り、秋のゾーンへと飛び出した。

6.

 美しく紅葉した林を駆ける。足元で湿気を含んだ落ち葉がグジュグジュと鳴る。木々のまばらになった広場の隅で、最初に目撃した父親が呻きながら手当を受けていた。やはり水鉄砲の中身を浴びた半身が焼け爛れている。側で大泣きしている男児と女児を、母親らしき女性が抱きかかえていた。

 木の陰に身を潜めながらそこをやり過ごし、夏のゾーンへ出る。

 浅い池に風が吹きつけてさざ波が広がり、ガラス細工のように日光を反射していた。

 ロボットの噴水像へと近付く。アロハシャツの男は池に落ちた時の姿勢のまま、顔を水中に突っ込んで死んでいた。

 ゴーグルを握りしめていた掌に、じわりと汗が浮かんだ。

「おや、戻ってきちゃったんですか」背中から声を掛けられた。
 パーカーの青年が池のほとりに立ち、水鉄砲の銃口を向けて立っていた。

 飛び退って距離を置くが、まだ射程内だ。普通に逃げても背中を撃たれるだけ。
 中身は水ではないのだろう。

「どうやってターゲットを決めた?」ゴーグルを握りしめて聞く。

「彼とは因縁がある。殺すために呼び出した、それだけです」青年は池に顔を突っ込んだアロハシャツの男を冷たい目で見やった。

「そうじゃない、俺をどうやって選んだ」
「運が悪かっただけでしょう。そのゴーグルだけ、違う映像と指示が出るようにプログラムを書き換えた。それをたまたま受け取った人なら、誰でも良かった」
「パンダの中身を殺したのは?」
「ああ……僕が内容を書き換えたゴーグルを混ぜたことを知っているから。一応ね、ここのイベントを調整できるスタッフなんですよ、僕は。今日で辞めますけどね」
「その水鉄砲に何が入ってる」
「毒です。神経毒。これは浴びたらすぐ死ぬ。他の水鉄砲に混ぜたのは、ただの漂白剤です。掛かると痛いけど、死ぬことはない」
「なぜ……」
「混乱が起きてくれなきゃ、逃げにくいですからね」当園もあちこちに監視カメラはあります、と青年はいかにもスタッフらしい口調で言った。

「けど、俺に撃たせて実行犯の濡れ衣を着せて、自分は逃げるはずだっただろう。なぜまだここにいる?」
「ああ……」青年は今にも笑い出しそうな顔をして首を少し傾げた。「やってみて気づいたんですけど、あまりに爽快だったので」そう言って彼は今一度、池に突っ伏したアロハシャツの男を見た。「僕の復讐があなたの手柄になっちゃうのも、どうにも気に食わないなと思って。できることなら奴を生き返らせて、しっかりこの手で殺し直したいくらい」
「じゃあ最初からそうすれば良かった」
「そうですね。でもこうなってみるまで、わからなかったから仕方ない。事前に試せるわけでもないし」

 青年の涼しげな顔のどこかに狂気の表れがないか、必死で探した。だが相手は正気だった。正気で狂っているだけだった。

「俺を殺さないよな?」一応聞いてみた。
「いや、せっかくだから死んでください。この計画で足がつかないようにだいぶ苦労したんだから」
「誰にも言わない。警察にも。なんなら代わりに捕まってもいい」
「え、なんで?」
「死ぬよりはマシ」
「ははは。そりゃ、そうかも」

 説得は無駄なようだ。一か八か、生か死かだ。

 青年の顔面にゴーグルを投げつけながら飛び掛かり、水鉄砲の銃口を逸らすように柄を掴む。なんとかもぎ取れないかと思ったが、流石に相手もガッチリと掴んでいて、ビクともしない。

 神経毒が銃口周りに付いている可能性もあるから、素手で掴み続けるのは怖い。

 池に向かって青年を突き飛ばし、少しだけよろめいたのを見て、走り出す。ジグザグに走れば良いのか。後ろから撃たれないように。それとも出来るだけ早く、射程外に離れることだけ考えるべきか。少しでも遮蔽物になりそうなものを求め、外灯の柱の裏に飛び込み、そこから植え込み、立看板、ベンチの裏へ。

 ベンチの背もたれにボタボタと水の大粒が飛んできて、さっと背中が震えて冷たくなった。

 細く浅い小川を飛び越える。ここは夏のゾーンで、バーベキュー広場があったはずだ。他のゾーンよりは、まだ望みがある。

 錆びついたトタンの屋根のかかる炊事場に飛び込んだ。雨天でも使えるかまどと水場、奥にはレンタル用のバーベキューコンロと、薪や炭が積み上がっている。

 水場の下の空間に木製の籠が押し込んであり、引き出して中をぶち撒けると鍋や菜箸が飛び出した。

「無いか……」
 舌打ちが出る。何も無いよりはマシと思い、小鍋をひとつ取った。

「無茶苦茶抵抗しますね!」青年が炊事場の入口に現れ、水鉄砲を向けた。

 ぴゅう、と飛び出した液体を、床に転がって避けた。かまどのある壁面以外は壁がないから、まだ追い詰められてはいない。そのはずだ。炊事場を飛び出し、裏手に立つ平らな建物へ向かう。

 土産物やレジャー用品を扱う売店だ。アルミサッシの引戸は開け放してあり、レジも売場も今は無人のようだ。

 所狭しと並んだ安い什器が身体を隠してくれる。身を隠せた安堵と、出口が他に無い建物に追い込まれてしまった不安が同時に押し寄せる。自分の心臓の音で耳が塞がれそうだった。

「元気元気。ほんとにさ。こんなに楽しいものだなんて、先に知りたかったな」青年が陽気に言いながら戸口に立った。「おーい。もうそろそろこっちも弾切れだから。最後に一騎打ち、しましょうよ」

 足音を立てすぎないようにしながら、什器の列を確かめ、奥へと進み続ける。焦りのあまり、目の前が歪んで暗くなりそうだ。探しているものが無いのでは、と恐ろしくなる。あったとしても、それを見つけて使えるのだろうか。

 ぱた、ぱた、と、青年の足音がゆっくりと間を置いて近づいてくる。もう、確かめていないのは最奥の列だけ。そこに無かったら……もし手前の列で見落としていただけだとしても、探し直すチャンスはもう無い。

 絶体絶命。

 だが、天はまだ見放していなかったらしい。バーベキューに使う調理器具とカトラリーがそこに売っていた。

 柄のついた長い金属串があった。それと調理鋏。刃を覆うフィルムを剥ぎ取る。音が響くが、もう仕方がない。ここにいることはバレている。

 ヒュッと、水鉄砲の銃口が覗き込んだ。炊事場から持ってきた小鍋を押し付けるように投げ、飛び出した猛毒の水滴を躱す。そのまま前進し、刃を開いた調理鋏を振りかぶる。

「う」不用意に顔を覗かせようとした青年の、頬と耳を鋏の刃が切り裂いた。

 ざくり、と重い手応えがあったが、青年の顔に長く浅い切り傷ができ、血が滲んだだけだった。これでは足りない。

 仕留めなければ、こちらがやられるだけだ。

「ひっどい。痛いな」青年は余裕じみた声を上げながら顔をしかめた。もう一度銃口をこちらに向けて狙う。

 死ぬのかもしれない。それでもいい、と思った。こいつを仕留める、確実に仕留める、それだけの思いで意識が埋め尽くされ、猛毒を浴びる恐怖がふっと消えた。

 引金が引かれ、プラスチックの擦れる音がした。

 銃口からは何も出なかった。弾切れは本当だったらしい。タンクが空になっている。

 青年の左目の瞼に鋏の片刃を突き立てた。もう一方の手で懐に入れた金属串を抜き、喉元に突き立てる。

「が」
 青年は機械が止まるときのような変な声をあげた。勢いに任せ体当たりし、狭い通路の床に押し倒す。

 水鉄砲を奪い取り、青年の顔に突きつけて引き金を何度も引く。タンクに僅かに残った液体が動くように銃身を揺すると、ようやく二度ほど撃つことができた。

 青年の力が抜け始める。目を突いた鋏を押さえながら、膝を使って更に押し込む。手応えはある。実感は無い。喉に刺した串ももっと押し込もうとしたが、細い串がたわんでそれ以上入らなかった。

 いつの間にか青年の身体は動かなくなっていた。口から泡が溢れ出す。その泡のゆっくりと垂れてくる動きで、もう息をしていないとわかる。

 自分の息が、あり得ないほど荒い。立ちあがろうとして、膝ががくがくと震えた。
 転びそうになる足腰をなんとか引きずって、売店を出る。

 避難と水鉄砲の回収を告げる場内アナウンスが、遠くぼんやりと鳴り響いている。


 急激に冷え込んだ風が吹き始め、今が十二月だと思い出した。



 本日の戦績(場内総計)

 死亡:3(青年、被害者、パンダ)
 重症:2(薬品による火傷)
 軽傷:14(火傷、打撲、その他)
 水鉄砲 命中判定:24
 プレゼントボックス(当たり):5
 プレゼントボックス(外れ):17

 景品:トラブル発生のため、用意していた駄菓子セットをバラして希望者全員に配布。泣いているお子様には季節限定クリスマスシール(別売)もお渡し。

 またのご来場をお待ちしております。