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黄色の谷 世界の縁

 祭りは七年続いたので、ロクにとっては物心ついたときから祭りをしているのが平常で、それ以外の時代を知らなかった。石畳の通りに並ぶ屋台と幟、その合間をうねりながら流れる人混みは異人が多かった。頭に角がついたものや背中に羽がついたもの、身体が半透明なもの、異様に小さいもの大きいもの、それに彼らが連れる家畜や使役魔だ。通りは常に色とりどりで、ごちゃごちゃで、ありとあらゆる音とにおいに満ちていた。
 祭りが終わって異人達が去り、屋台と幟が片付き、がらんどうの石畳が残されたとき、ロクはこの世が終わってしまったのだと思った。屋台から食べ物が盗めないとなると、明日から何を食べれば良いのだろうか。

 それからはひもじい日々が続いた。色々なものに追い回されることが多くなった。ロクは言葉を知らなかったし、この世の道理というものを何一つ教わってこなかったので、彼らがなぜ自分を追ってくるのかも皆目わからなかった。ロクにとってこの世は常にシンプルだった。あらゆるものは、食えるか食えないかの区別だけ。そして人間や動物については、自分を追ってくるか来ないかだけだった。話しかけてくるものはいなかった。皆、ロクに対して何か言うとしたら、怒鳴るか騒ぐかしかなかった。だから犬の吠え声や鳥の囀りと同じで、彼らの声も無意味な騒音だと思ってロクは聞き流していた。

 最初に話しかけてきたのがその男だったので、ロクは単純にその男を親だと思った。あるいは主人、王、この世の道理と価値を創り出して自分に与えた存在、神だと考えた。
 ロクという名前を授けたのもその男だ。男は多くの魔法使いと同じく、利き手の五本の指にひとつずつ魔法を持っていたので、そこに加わる六番目の手札という意味でロクという名前を付けた。

 ロクにとっていまだに不思議なのは、男が明らかに異人であるのに、そのことに気付くものが一人もいないことだった。

(続く)

#逆噴射小説大賞2022