テキスト~囁き~

 魂は囁いた
 誰にも聞こえないくらい小さな声で
 教えてあげる
 君がどこから来て、どこに向かっているのかを

 原初、そこは虚無でした
 何もありませんでした
 光も、闇も、風も、大地も、空も、水も、拠るべきものは何もありませんでした
 ところがある瞬間に光が生まれたのです

 生まれた光は一瞬のうちに辺りに溢れ、溢れ出した光の裏側から闇が生まれました
 続いて、光と闇の境目から風が吹き、吹き荒び、光と闇の間に大地を作り出しました
 まるで双子のように、大地の境目からは空が現れて、空で争う光と闇の残骸が風に運ばれて、大地に水が注がれました
 こうして、世界は生まれたのです

 魂は囁く
 これでもかと嘯く

 やがて水の中には光と闇が紛れこみ、闇は雛型を生み、光が生命を吹き込みました
 生物の誕生です
 生物は風によって水の中から大地へと運ばれ、空を目指しました
 けれど、空はそれを拒んだのです
 生物は困りました
 どうしても空を目指したかったのだから
 困った生物は光を浴び、闇を大地に植え、水を与えました
 すると、新たな生物が生まれました
 先に生まれていた生物は自ら動物と名乗り、後から産み出した生物に植物と名付けました

 動物は植物を空まで届くほど大きく育てようとしました
 動物は植物に光を与え、水を与え、風を与えました
 空を目指して、植物は大きく育ちました
 けれど、あと一歩届きません
 あと一歩だけ空には届かないのです

 動物は困りました
 どうしても空には届かない
 植物も困りました
 どうしても空まで届かない

 動物の悩みが風に乗って光を取り込みます
 すると、その悩みが歌となりました

 植物の悩みが土を通して闇を取り込みます
 すると、その悩みが詞となりました

 歌と詞は、それぞれがてんでばらばらに右往左往を繰り広げ、自分勝手に暴れ回り、世界を包み込み空を悩ませました
 空の悩みは水とともに形を成し、いつしか歌と詞を取り込み、詩となったのです

 詩は光となり、闇となり、風となり、大地となり、水となり、世界にもう一つの表情を作り出しました
 動物と植物は、詩の作り出した世界の虜となりました
 いつしか空への憧れは失せていました
 空は忘れられようとしていました

 魂は囁く
 これでもかと嘯く

 空は詩を憎みました
 自らの作り出したものを妬みました
 空の妬みは空を産み、産み出された空は空となりました
 空は空虚となり、虚空となりました
 空虚と虚空は光を飲み込み、闇を飲み込み、風を飲み込み、大地を飲み込み、水を飲み込み、動物を飲み込み、植物を飲み込み、空を飲み込み、空を飲み込みました
 空虚と虚空はそれぞれを飲み込み、飲み込み合ったあとには虚だけが残ります

 取り残された虚はやがて、虚無を産み出しました
 虚無となった世界は原始へと帰って行きました

 魂は囁いた
 誰にも聞こえないくらい小さな声で
 教えてあげる
 君がどこから来て、どこに向かっているのかを

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