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【ものがたり】ショートショート

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短い物語を。温かく見守ってください。修行中です。
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2021年6月の記事一覧

僕の過ち|ショートショート

 あの日の空気を、まだ鮮明に覚えている。新しい部屋の匂い。カーテンを付けていない窓から入る夏の風。段ボールの重み。  たぶん、僕は間違った。浮き立った心でいた僕は、浮いているのが自分ひとりで、君はきちんと地に足を着けていたことに気づかなかった。 ***    運び込んだ、合計21箱もの段ボール。それらを開封する気力もないままに、僕たちはしばしフローリングの床にへたり込んでいた。真っ青で眩しい空が広い窓から覗く。額からは汗が流れ、汚れてもいいやと選んで着ていたTシャツの首元

薔薇とラベンダーとブルースターと #月刊撚り糸

 花屋というのは、よく目にするし香りも主張する割に、日常的に立ち寄る場所ではないというのが一般的な見解ではないだろうか。最近の若い人について言えば、個人で営まれている花屋で花を買ったことのある人の方が少ないくらいだろう。大手のスーパーにはだいたい花屋が入っているし、わざわざ町の個人店に行くほどのことはない。  志摩子(しまこ)が働く『グリーンゲイブルス』も同様で、長くの常連さんが訪れる他に客足はほとんどない。店主の槇笠(まきかさ)は花屋一筋でやってきた63歳だが、営業活動を一