世紀末『殺さない彼と死なない彼女』

乗り遅れるのが好きじゃない。

既に有名になっているものに後乗りするのが苦手だ。最初から知っていたというおような古参面をしたい訳ではないが、盛り上がっている界隈にあとからノコノコと入っていくのはとても億劫だ。

そんな私が苦手な本は「実写化決定」の帯がついた本だ。元々は単体の作品であった本や漫画が「原作」という起点になり、作品世界がさらに広がっていく。そんな祭りに後から入るのは、著しく億劫だ。
本来、人気があって、実写化やら舞台化やらノベライズやらコミカライズやらと言った、メディアミックスが起きる訳で、それらの帯がついている作品は寧ろ一定の面白さを担保されているという言い方も出来るはずだが、なかなかそうもいかない。

億劫と簡単に言ってみたが、1番嫌なのは作品との向き合い方にバイアスがかかることかも知れない、とふと今思った。
よくよく考えてみれば帯というもの自体あまり好まない気がする。基本的には装丁以上の情報を望まない・・・というと大袈裟だけれど、例えば「涙率100%」みたいなキャッチコピーが載っていた場合、絶対に読まない。作品の趣に事前に色が塗られたような気持ちになってしまう。もしかしたら全然違う感想を抱いたかも知れないのに、と。
それでも帯で気持ちを惹かれる場合もある。好きな人(作家やミュージシャン等)の文章が載っている場合だ。それは文字通り、信用のおける人にレコメンドされるようなもので、少なからず自分の琴線に触れるものである可能性が高い。

帯について話しているのは、手元にある実写化の帯がかかっている漫画について書こうと思ったからだ。帯と言いつつも、これは最近流行りの表紙カバーが二重になっているような物。……もはや最近でもないか。既存の表紙カバーにもう1枚広告ベースの表紙が重なっている。外側の表紙(広告ベースの方)は1センチに満たないくらい短くなっている。確か表紙より少し短かければそれは帯扱いだというような話を何かで見聞きしたような記憶があるが出典が全く思い出せないから捏造された記憶かも知れない。
『殺さない彼と死なない彼女』が帯だか表紙だかのついている作品だ。

この本は私が持っている数少ない祭りのあと乗り本だ。本来の表紙の上に実写化作品ポスター、主演俳優の名前、公開日なんかが載っている。はっきり言って普段の私ならこんなもの選ばない。
この本の作者は世紀末という方で、Twitterに掲載していた4コマ漫画が基になっている。
この作品のことを知ったタイミングは、正直なところあまり覚えていない。Twitterで世紀末さんのアカウントをフォローしていて『殺さない彼と死なない彼女』という名前は知っていたから、何篇かは読んでいたかも知れないけれど、しっかりは覚えていない。その位の距離感だ。
そんな私が実写化の文字がでかでかと書かれた帯のついた単行本を手に入れたのは、好みの人が実写映画と原作をセットで高評価している論説を見聞きしたからだ。あまりにも単純だ。

『殺さない彼と死なない彼女』は『きゃぴ子』『君が代ちゃん』『殺さない彼と死なない彼女』の3篇から構成されている。それぞれきゃぴ子と地味子、君が代ちゃんと八千代くん、死なない彼女と殺さない彼といった2人の物語だ。

この本に出会うまで、4コマ漫画というものの特性のようなものを私は理解していなかった。4コマ漫画は至極当然のことながら、1つの話は4コマで終わる訳で、ある意味連作の散文詩的なものだ。登場人物はデフォルメされていて、過度な言葉遣いとか立ち居振る舞いとかで構成され、起承転結のような連続性は(多くの場合)ない。けれど、それらがまとまることで、大きなうねりが、連なりができる。連続性はないはずなのに4コマと4コマの間、その行間に読者は何かを感じ取る。デフォルメされたキャラクターはひとつのマイルストーンのようになる。非現実的なはずなのに、現実的になる。

『殺さない彼と死なない彼女』はその特性を大いに有効活用しているように感じる。基本的にはギャグ漫画というか、極端な物言いや非現実的な言動で構成されているが、それなのに確かな存在感がある。ここで言う、存在感は「確かに登場人物は生きているんだ」と感じるような気持ちで、作品世界の存在を信じられる気持ちとも言い換えられる。本来、ギャグ漫画ってそのような気持ちとは対極にあるような気がする。だって、現実にないからギャグな訳だから。そういう意味では、本質的な意味においてこの作品はギャグ漫画ではないのかも知れない。
極端な言動のはずなのに登場人物の誰もにシンパシーを感じて、いつの間にやら心の隙間にしっかり入り込まれるような、そんな不思議な感触だ。

そして、何よりも私が面食らったのは、実写映画がめちゃんこに良かったことである。びっくりした。普通の人はこうやって『実写映画化』に惹かれて、メディアミックスにノっていくわけだが、私にとっては初めての経験だった。

映画と漫画は当然ながら文法が違う。特に4コマ漫画はもっと違う。映画は映像である以上、少なからず連なった物語だ。それに対して4コマ漫画は散文的だ。漫画の中でも特に食い合わせが悪い気がする。
が、しかし、驚いたことにと言っては失礼だが映画はとても良い仕上がりになっている。行間を埋めているわけでもないのに、物語は連なっている。(漫画ではそれぞれ独立した3篇が繋がってもいる)デフォルメされた原作とほぼ同じセリフが沢山あるのに、実写映画として破綻していない。とても絶妙なバランスなんじゃないかと思う。
メディアミックス告知の帯が嫌いだからと言って、メディアミックスが嫌いなわけではなかったわけだ。

『殺さない彼と死なない彼女』自体についても書こうと思ったけど、何を書いても野暮な気がする。
きゃぴ子と君が代ちゃんへのシンパシーが強すぎて吐きそうになったことは記しておく。

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