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書籍『星をつなぐ手:桜風堂ものがたり』

村山早紀 2020 PHP文芸文庫

知識の源となり、ひととして生きていくための、すべての素地を作るものである活字。空想の世界に遊び、疲れた時の癒やしとなり、孤独なときは友となってくれる、書物。
それを集め並べ、人々に手渡すための場所――書店。(p,104)

本と本屋さんへの深い愛情を感じる一冊だ。
本屋大賞にノミネートされた『桜風堂ものがたり』の続編だから、前作から続けて読んでほしいとも思うけど、この本だけでも十分に楽しめる。
2018年に発行された単行本は、特に好きな終章ばかりを何度も読んだのだけれども、文庫化されたことをきっかけに改めて最初からじっくりと読み直した。

最寄駅から山道を徒歩30分ぐらいのところにある、かつての観光地。
温泉もある。観光ホテルもある。
昭和の終わりの方の時代に旅館はなくなってしまって、忘れ去られようとしているような小さな田舎町。
そこに昔からある一つの町の本屋さんが舞台だ。
一度は店主の急な体調不良のために、消えてしまいそうになっていた本屋さんの名前を桜風堂という。

その本屋さんが大きな危機を乗り越えるところは、前作に描かれている。
危機を乗り切ることができたのは、とても奇跡的なことだったと思うのだ。
でも、大事なことはめでたしめでたしのその後の毎日を、いかに生き延びるか。
なにしろ、今の日本では、本屋さんを取り巻く状況はとても厳しくて、毎日のように本屋さんが閉店していっているのだから。
その上、今、この2021年の1月は、昨年に続いてCovid-19が流行しており、本屋さんだけではなく、飲食店やホテルや…これまでの馴染みのお店が閉じて行っている。

自分は無力だと思う。大切にしていたものがみんな消えて行き、流れ去ってしまい、それを食い止めようとしても、とどめるだけの力を持たない。(p.234)

こんな無力感に襲われることもしばしばある。
このCovid-19が終息したとき、自分や家族や大切な人たちが誰一人として欠けることなく生きていられるのかも心配になることがあるが、どれだけのお気に入りのお店が生き残っているのだろうと悲しくなったり、切なくなったりする。
それは私だけのことではないだろう。

そういう御時世だからこそ、桜風堂に訪れる幸せな奇跡の物語に心を慰められた。
人の好意や熱意や祈りが、一つ一つはささやかなものであるけれど、重なりあい、組み合わさった時に、大きなうねりとなって流れ出すことがある。
その流れを感じることに、慰められたのだと思う。

「遠いお伽話」が、ほんとに遠い遠い過去のものになりつつあるのを感じる一年だった。
馴染んだものや思い入れのあるが姿を消していくことに、削られるような思いをした人も多かろう。
最前線で病と戦うわけではなくとも、感染症という目に見えない敵に対して不安を抱え続ける戦いを続けるには、心や魂に滋養が必要である。
それがエンターテイメントの効用であるように思う。アートの力であるように思う。

まだ世界は終わっていないのだから。
不安に押しつぶされそうになったり、絶望に飲み込まれそうになったり、知らぬ間に疲労消耗していた時にはファンタジーの魔法を思い出してほしい。
そして、「地球は揺り籠のように、たくさんの命の思い出を抱いて、宇宙を巡ってゆく」(p.322)。
今日も。明日も。

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