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書籍『呪いの言葉の解きかた』

上西充子 2019 晶文社

「呪いの言葉」は、相手の思考の枠組みを縛り、相手を心理的な葛藤の中に押し込め、問題のある状況に閉じ込めておくために、悪意を持って発せられる言葉だ。(p.16)*1

著者は、労働、ジェンダー、政治といった社会のなかに、その呪いの言葉を見出していく。
同時に、呪いを解きほぐす言葉を見出していく。
呪いを解きほぐす言葉は、大きくわけて、二種類ある。
誰かが自分に届けてくれた「灯火の言葉」と、誰かが自らに向けて発した言葉や自分たち自身の中から湧き出てくる「湧き水の言葉」だ。

このネーミングがなんとも素晴らしいなぁと思った。
これらの呪いの言葉は、時に、認知のゆがみであるとか、非合理的な信念であるとか、そういった言葉で私が慣れ親しんでいるものとクロスオーバーする。
ネーミングが変わると、手触りまでよくなるような響きやすさを感じた。
間違いや失敗ではなく呪いなんだから、それを解いてみようよという流れは、すんなりと受け止めやすい気がする。

困ったことがあるときに、相談できる相手がいること。責められ、自分だけで対処することを求められるのではなく、手を差し伸べてもらえること。そういう、安心して助けを求められる条件を欠いており、助けを求めたときに、助けが得られたという体験を欠いている人が、大きな困難に直面したときに、いきなり適切な対処能力を発揮することはできない。(p.104)

もっともである。
こうして社会という人と人との間の問題として見ることは、問題を目の前の一人の自己責任に落とし込まないために必要である。
心理職として人と相対するとき、心だけを見つめていても、見逃してしまうことがある。
その心の置かれた時代と場所まで視野に入れて見直すような感覚を覚えた。
そうせざるを得なかった背景を思い、それでも今この瞬間まで生き延びてきたことに敬意を払うことを忘れてはいけない。

問題を「開く」こと、ひとりではできないことは「できない」と言い、適切な助けを求めることこそが大切なのだ。(p.117)

時にマンガやドラマを題材にしながら、呪いに縛られて問題を感じている人を分断しないように語り掛ける。上西さんの目線はひたすら優しい。
穏やかにきっぱりと現実を語る口調に、安心や信頼、誠実さを感じた。

心理職は、灯火の言葉をなんとか送ろうと差し出したり、湧き水の言葉が湧き出てくるのを手伝い見守るような仕事だと思う。
いつもいつも、相手にフィットするとは限らず、どうせ仕事なんだからと受け止められることもある。それは間違いではないが。
また、口先だけのリップサービスや気休めぐらいの軽さでしか、伝えられないときもある。
そういう忸怩たる思いをすることはあるが、そこを、「みずからの職業を引き受けたうえで、みずからの生身の身体から、相手に向き合って、届けてくれる言葉だと受けとめたい」(p.211)と上西さんは書く。
この一節は、私にとっての強い灯火の言葉となった。

ことばは光となり、水となる。
たんぽぽの綿毛のように、いつしか広がり、届くべき人に届くかもしれない。
読み終えて、表紙がとても素敵だと思った。

*1 その後、上西さんはTwitterで、親子間の言葉を例にして、悪意を伴わない「呪いの言葉」にも触れている。


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