招き猫にゃんとまきさん

猫は、いくつかの名前を持っています
猫の間で名乗る、本当の特別の名前。
にんげんから呼ばれるときの通り名。
仕事をしているときの名前。

にゃんは、仕事をしているときの名前です。
通りすがりのにんげんも、にゃんとかにゃーんとか、呼ぶことが多いようです。
頬骨が高く、しっかりとした骨格、猫の中でも大柄のにゃんは、見事な三毛色の毛皮を持っています。
白い毛は真っ白で雪のよう、黒い毛は真っ黒で夜のよう、赤茶の毛は豊かな大地のようです。
ふわふわとした、少し毛足の長い毛皮であるので、一層、大柄で威厳があるように見えるのです。
にゃんの目は青みがかかった濃い緑色。昔はもっと淡くて、マスカットのような色だったこともあるのに。
猫の目は角度によって、光線の具合によって色合いが変わるので、にゃんの複雑の色合いの目は深い海を覗き込んでいるようだと言われることもありました。

にんげんが大好きで、にんげんのことをよく知っている。
にゃんは、そういう猫のひとりでした。
とてもとても大切なにんげんがいて、とてもとても大切にしてもらっていたことがありました。
そのにんげんが呼んでくれていた名前は、にゃんの宝物なので誰にも教えてあげないのです。
だから、にゃんはにゃん。招き猫にゃん。

招き猫は古くからある、猫のお仕事です。
気に入ったにんげんやなにかのために、嬉しいことや楽しいこと、お得なことや幸せなことを引き寄せるお仕事です。
お金を招くだなんて、無粋なことは言われたくありません。
もっとささやかでもろくてあわくて美しいものを、にゃんは好みます。
頬がゆるみ、眉がひらき、深い息をはき、目を見張り、肩の力が抜け、あるいは、口角があがるような。
にんげんが笑顔になることが、にゃんは好きなのです。
気に入ったにんげんを笑顔にしたい。
それはきっと、にゃんの特別なにんげんが教えてくれたことで、その人がそういう人で、その人を喜ばせたくて、にゃんは招き猫になりました。

まきさんは、澄んだ声がかわいらしい女の人です。
ころころと笑うとき、おとなの女の人なのに、少女だった頃がたやすく想像できるような人です。
優しくて穏やかで美しい言葉を紡ぐので、まきさんを慕う人はたくさんいます。
まきさんだって、風邪を引いたり転んだり、ちょっとつらいときもあるはずなのに、人目があると頑張っちゃうような女の人なのです。

だから、いつでも駆けつけたい。

にゃんは常日頃から根回しを欠かしません。
招き猫仲間には、優しい優しいまきさんの呼びかけがあったらすぐに駆けつけてほしいことと、まきさんが呼びかけていると自分に教えてほしいことを、しつこいぐらい頼んできました。
そのためには、ほかの招き猫が面倒くさがりそうなことを引き受けるのも厭いませんし、折々の煮干しや上等カリカリの贈り物も忘れません。
たとえ、まきさんは、もう二度とにゃんの姿を見ることができなくても。
あのふっくらとした優しい手に撫でてもらい、抱き上げてもらえなくても。
それでも、にゃんはまきさんを守りたいのです。
大好きなまきさんの笑顔を守りたいのです。

少し前、まきさんはしっぽが短めの麦わら色の子猫と出会いました。
淡い琥珀色の瞳の、可愛くて賢くて元気な子猫でした。
しましま模様がなんとも言えずに里芋っぽいと、まきさんがくすくすと笑えるようになったことは、にゃんにとってはとても嬉しいニュースでした。
ちっさな子猫はすくすくと育ち、少しばかりやんちゃなお嬢さんになりました。
招き猫としてアルバイトをするには、まだ若すぎるお嬢さんです。
でも、にゃんは、お嬢さんを放っておくことができませんでした。

まきさんに、にゃんの声は聞こえないけれど。

丸くなったお嬢さんの夢の中に、にゃんは遊びにいきます。
お嬢さんの毛皮に残るまきさんのにおいをかいでうっとりしたり、まきさんの手触りを思い出させてもらいます。
代わりに、まきさんの癖や好きなものをこっそり教えてあげたりするのです。

お嬢さんが、もっともっと、まきさんに愛されたらいい。

少しだけ寂しい? とんでもない。
招き猫になったときから、にゃんは自分のことより、誰かを大事にしたくて仕方なくなりました。
昔のままの毛皮を着替えないのは、誰かを大事に思うことを教えてもらった勲章のようなものだからです。
まきさんに大事にしてもらったことが幸せで、にゃんは自分の分はもう十分って思ったのです。

残念ながら、にんげんにも、いろんなひとがいます。
ねこも、いろんなねこがいます。
にゃんのような幸せを味わうことのないまま、次の毛皮を選びに行くしかないねこたちだって、いっぱいいるのです。

だから、幸せになった猫は、招き猫になって、次の誰かが幸せになるお手伝いをするのです。
猫も、にんげんも、悲しいことが少なくなるように。

まきさん。
ぼくのだいじなまきさん。
なにかあったら、かけつけるよ。
ぼくと、なかまたちは、いつでも味方だにゃん。
あなたが幸せでいられるように、ぼくたちはずっと見守っている。
優しいあなたに、よいこと、いっぱいありますように。

そして、時々、寝ぼけてくれると嬉しいなぁ。
浅い眠りの夢の中に、お嬢さんが気づかぬときに、あなたに会いに行くから。
ぼくの、ほんとうの、とくべつななまえ、あなたに呼んでもらいに行くから。
忘れていいけど、忘れないでね。

*****

全体を見直せてないですが、できたてほやほやを、とある魔女のおねえさんにプレゼントさせてください。
素人の手慰み、本職のかたに対して失礼にあたらなければよいのですが…。
日頃の感謝と敬愛をこめて。

サポートありがとうございます。いただいたサポートは、お見舞いとしてありがたく大事に使わせていただきたいです。なによりも、お気持ちが嬉しいです。