招き猫にゃんとめいちゃん

こんな世界は嫌いです。

少し舌ったらずな声が、断固とした口調で言い切った。
泣いている、小さな女の子。
にんげんは、猫に比べると成長がずっと遅い。
7年も生きていれば、猫ならとっくに大人だけれども、にんげんの7歳は幼い。
「めいちゃん」とかたわらの女の人が何度も呼びかけても、女の子は一生懸命、全身で泣いていた。

にゃんは足を止めたものの、どうしていいかわからずに、しっぽをぱたぱたとさせた。
なにしろ、招き猫になったばかりだったのだ。にんげんのなぐさめ方なんてわからないし、小さい子どもはちょっと苦手だったりする。

女の子の足元には、小さな泥の塊が落ちていた。
おとなのにんげんの両手ですくえるぐらいの塊の合間に、白くて小さな卵が割れているのが見える。
ツバメが2羽、くるりくるりと、女の子の頭の周りを旋回するように飛んでいる。

土食って 虫食って しぶい

そんな風につぶやいているように聞こえる、つばめの声。
ああ、と、にゃんも事情を察した。
春に南から渡ってきたつばめたちは、軒先など、にんげんの住居の近くに巣を構える。
泥と植物を織り交ぜて、上手に椀状の巣を作るのだ。
けれど、ヒナのフンが汚いと、その巣をにんげんが壊してしまうこともある。
飲食店の入り口など、特に嫌がられてしまう。つばめが巣をかけた家には幸福がもたらされると、昔から言うのに。彼らは虫を食べてくれるのに。

この巣は、まだ卵が孵っていなかったのかもしれないが、小さな女の子はなにが起きたのか、正確に理解して、そして泣いている。
親のつばめたちもわかっているのかもしれない。いつもと同じ鳴き声が、湿っているように聞こえて、にゃんはうつむいてしまった。
招き猫としては、女の子に笑顔を届けたいが、壊れてしまった巣、割れてしまった卵、失われてしまった命を、どうにかできるわけではない。
ひげもしょんぼり、耳もしょんぼり、しっぽもしょんぼり。

ここは、私が代ろう。

声も足取りもかろやかな猫が、にゃんを追い越していった。
招き猫の先輩だ。真っ白な毛並みに、アクアマリンの瞳とトパーズの瞳がきらきらしていて、神々しい猫だ。
固定のファンがいるとかで、香箱座りやエジプト座りをしていると、目の前にお賽銭やら貢物が詰まれることがあるという。
どうするのかと思ったら、女の人と女の子の間、にんげんたちの足元にそっと寄り添って座り、ただただじっと座っているつもりのようだった。
体温が届くぐらいの近さで、女の子が泣き止むまで。

にゃんが、それだけでいいの?と驚いていると、先輩招き猫はふふっと笑った。

悲しむことは大事なんだよ。
無理に悲しみを手放そうとさせなくていい。
必要なだけ悲しんだら、きっと前を向けるから。
それまで寄り添ってあげるだけでいいのさ。
ほかの命のために悲しめるって、素晴らしいじゃないか。
この子はきっと、いいにんげんになるだろう。楽しみだ。

あれから、時間がいっぱい流れた。
にんげん流に言うと、10年ぐらいだろうか。
めいちゃんは、素敵な娘さんに成長して、同じ季節を迎えた商店街を軽い足取りで歩いている。
目はいつも上ばかりを見て、どこにつばめの巣があり、どこの巣が孵化して何羽のひながいるか、数えたり、写真を撮ったり、それをネットでシェアしたりしているという。
つばめが数を減らしていることをおとなたちに説明し、商店街には巣を見守るように運動を起こすような、凛々しくてしっかりとした娘さんになった。

つばめに優しい町は、ねこにも優しい。
小さい子どもにも、きっと優しい。

めいちゃんのつばめの観察には、時々、オッドアイの白猫が伴走する。
あなたももうおじいちゃんなんだから体に気をつけてと言われたと、しょんぼりしていたことは内緒である。
招き猫なんだから、とっくに年齢なんて関係ないけど、そこは秘密だから仕方がない。
仕方がないことは世の中にいっぱいあって、それでも、明日に向けて生きていくことはできるのだ。
あの日は途方に暮れたけれど、にゃんだって少しずつ成長しているのだ。招き猫として。

そんな風に思った時。
あの頃の僕が笑っていた。

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招き猫にゃんの話も4つめになりました。
1665字。
お題は下記のものを、お借りしました。にゃんの説明を省いても、字数が多くなっちゃった。

「こんな世界は嫌いです」で始まり、「あの頃の僕が笑っていた」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば5ツイート(700字)以上でお願いします。

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