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招き猫にゃんと猫又さん

また同じ夢を見た。

招き猫にゃんは、しっぽをぱさりと大きく振りました。
にゃんのしっぽはふさふさとした立派なもので、勢いよく振ると小さな風が湧いて音がするのです。
香箱座りのように前足は折りたたんだまま、腰は横座りした姿勢で、少しうとうとしていました。

猫は、いくつかの名前を持っています
猫の間で名乗る、本当の特別の名前。
にんげんから呼ばれるときの通り名。
仕事をしているときの名前。

にゃんは、仕事をしているときの名前です。招き猫というお仕事です。
頬骨が高く、しっかりとした骨格、猫の中でも大柄のにゃんは、見事な三毛色の毛皮を持っています。
白い毛は真っ白で雪のよう、黒い毛は真っ黒で夜のよう、赤茶の毛は豊かな大地のようです。
ふわふわとした、少し毛足の長い毛皮であるので、一層、大柄で威厳があるように見えるのです。
にゃんの目は青みがかかった濃い緑色。まるで深くて澄んだ海のような複雑な色合いです。

ねこは寝子。にゃんも寝ることは大好きで、夢を見ることもあります。
大好きなにんげんの飼い猫だったときの夢も見ます。大好きなにんげんのほがらかな笑顔やあたたかな膝、優しい手の夢を見ると幸せな気持ちになります。夢の中でも、にゃんの宝物の名前を呼んでもらえると、それだけでしばらく頑張れそうな気持ちになります。
そんな幸せな夢ばかりならいいのですが、ほとんどの夢は、ささやかであわくてもろい欠片のようなもので、あいまいで意味がよくわからないことも、よくあるものです。
そして、たまーに、なにか嫌な感じのものが混じってきます。怖かったり、悲しかったり、起きてからも落ち着かない感じになるような夢だってあったりするのです。

また同じ夢を見た。

にゃんは、再び目をつぶってしまいそうになり、あわてて、顔を洗い始めました。
じゃりじゃりと右手をなめ、その右手で、目のあたり、ひげのあたり、耳の後ろを順にしごいていきます。
両手で顔をぎゅっと多い、ころんと転がって、もう一回、眠ることができたら!
そう思うのに、同じ夢の続きを見ることは、なんだか怖い気がしてしまいます。

猫にとってつらいこと。それはいっぱいあります。
外で生活する猫にはいろんな危険があります。お腹がすいても、なにも食べるものがないこと。食べるものを見つけたと思ったら変な味がしたり、気分が悪くなったり、仲間が倒れてもがき苦しんで死んでしまうことも、残念ながら珍しいことではありません。
新鮮で、飲んでも大丈夫な水を探すことも大変です。夏の暑くてぐったりしていまう時、冬の凍えるような寒さの時は、ことさら、水飲み場は貴重なものになります。
安全に眠れる場所はいつも取り合いで、だからこそ、安心できないこともしばしばです。猫同士が喧嘩になれば、ひどい傷を作ってしまうこともありますから。

優しくて怖くなくて大丈夫だよと猫仲間が安心マークをつけているようなにんげんもいるけれど、なにをしてくるかわからないにんげんもいるし、そこに猫がいると気づかないにんげんのほうがもっといます。
追いかけまわされるだけなら、まだいいのです。追いつかれたら、なにをされるかわからないだけ。殴られたり、蹴られたり、言葉にしたくないようなひどい目にあった記憶を持つ猫は、招き猫にはなろうとしません。にんげんの幸せを祈る気持ちにはなれないからです。

いろんな色でいろんな形で、けたたましい音とすごい勢いで走っていく自動車というやつも、にんげんの仕業であると、今ならにゃんもわかっています。あれは本当に気をつけないといけません。
子猫の間は、カラスだったり、犬だったり、ほかの動物のほうが怖かったような気がします。
大人になってからは、猫はにんげんに頼らないと生活しづらい一方で、にんげんが一番恐くなってしまうのです。

にゃんは、にんげんが大好きな招き猫です。
とてもとても大切なにんげんがいて、とてもとても大切にしてもらっていたことがありました。
だから、気に入ったにんげんやなにかのために、嬉しいことや楽しいこと、お得なことや幸せなことを引き寄せる招き猫になりました。
そんなにゃんですから、にんげんにひどい目にあった猫たちが、かわいそうでなりません。
彼らが招き猫にならなくてもいいから、せめてゆっくり安らかに眠れるように、にゃんは時々、猫仲間の夢に寄り添うようにしているのです。
いろんなつらい目にあったことを思い出す夢をわけてもらうことを、招き猫だからできるのです。

いくつもの夢のなかで、にゃんがどうしても忘れられない夢があります。
それは、年を取った女の人と一緒に暮らしていた、ほっそりとした白猫さんの夢でした。
白猫さんも大層な長生きでしたが、飼い主の女の人が倒れた時、家に閉じ込められてしまったのです。
大事な大事な飼い主を助けてほしいと声をはりあげても扉をひっかいても、誰にも助けてもらえないまま、女の人は目を覚ますことはありませんでした。
そして、白猫さんも痩せ衰えて、息を引き取ったのでした。老女の横で、小さく丸くなって。冷えた体を寄せ合うようにして。

そんな白猫さんの閉じ込められたときの夢をわけてもらって見ていた時です。

勝手に見るんじゃないよ。

と、白猫さんのしわがれた声が聞こえてきました。
白猫さんは怒っている様子ではありませんでしたが、にゃんはちっさな子猫ののようにぶるぶると震えてしまいました。
全身の毛がぶわあっと逆立ち、耳を後ろ向きに伏せてしまいます。しっぽもしょんぼり。後ろ足が逃げ出したくてがくがくするのに、白猫さんの目から、目が離せなくなってしまったのです。

そう。白猫さんは招き猫にはなりませんでしたが、もっと力強いものになろうとしていました。
にゃんも初めて会う猫のもののけ、猫又です。
白猫さんは飼い主の女の人が大好きで大好きで、ひとつだけいけないことをしてしまいました。
お腹がすいていたから、ではなかったと思います。ほんのひとくち、食べてはいけないものを食べてしまいました。
にゃんは、それを知ってしまったのです。白猫さんの秘密であり、もののけになる秘密の方法です。

誰にも言うんじゃないよ。ぼーや。
世の中には、良い悪いで片付けられないこともいっぱいあるのさ。
私はこれで良いんだからいいんだよ。

白猫さんが金色の瞳をすうっと細めて、笑ったように見えました。
にゃんが猫又に会ったのは、後にも先にもこの一回だけ。
けして嫌いだとも、気持ち悪いとも思わなかったけれど、恐くてたまらなかったことが、思い出すと恥ずかしく、夢に見るとやっぱりぞっとしてしまうのです。

ああはなってはならない。
猫又と招き猫は紙一重。
そんな秘密を分け合った。

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2719字! 文字数多いけど!!
お題は↓でした。

「また同じ夢を見た」で始まり、「秘密を分け合った」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば12ツイート(1680字)以内でお願いします。

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