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感想『あの日、松の廊下で』

白蔵盈太 2021 文芸社文庫

「おどれぁ何しとんじゃ。このボケカスがぁ!」

こんな台詞で始まる忠臣蔵は初めて見た。
正確には、この物語は忠臣蔵ではなくて、松の廊下で刃傷沙汰に至るまでの物語。
それにしても、初めて見た。
意表をつかれて、思わず、吹き出してしまった。
私がよく行く本屋さんは、利用者の年齢がやや高めな地域であるのもあって、時代物のラインナップが充実している。
店長さんが詳しいのかな。だから、そこで目を引く一冊というのは、だいたいハズレがない。
そう信頼しているのだけれども、これは本当に意表をつかれて、そこそこの厚さがある文庫ではあったが、買わずにいられなかった。
そして、ようやく読むことができた。
厚さの理由は紙がよいのもあるなぁと紙の手触りを味わいながら読書をするのは贅沢な時間である。

家臣思いで情の篤い浅野内匠頭長矩。
優秀で清廉、誇り高く自他に厳しい吉良上野介義央。
主人公は、この二人の間に挟まれた苦労人、梶川与惣兵衛である。
与惣兵衛としては、それぞれ尊敬する二人と協力し合って、きっとうまくいくはずだった大仕事の、そうはいかなかった顛末記という体をとる。

なにしろ、事件のその後のほうが有名で、事件のきっかけのほうは、あまり目立たない気がする。
朝廷からの使者の饗応をいかにするかで揉めたというぐらいはしっていたけれども、とても興味深かった。
そして、こんなおっさんいるいる、職場にいたら最低やん、というのが、出てくる出てくる。
その中で、身分が低いばかりにあちらに気を使い、こちらに気を使い、与惣兵衛大活躍。
以下の下りは、ビジネスレターの書き方指南であるかのようだ。

書面で連絡を取り合う時は、自分から頭を下げ相手を持ち上げ、相手の苦労を慮って、そのうえで申し上げにくそうに自分の依頼を簡潔に伝えるくらいの腰の低さでちょうどいい。その時に、なんで自分がそんな依頼をするのかについても、できるだけ背景と理由を詳細に書き添えておくべきだ。

pp.138-139

アサーティブになんか振る舞えない江戸城勤めの旗本の知恵。
と見せかけて、結構、しっかりDESC法ぽい。
こういう気働きを求められる現場は、現代だってそこら中にあるだろう。
だから、これは江戸を舞台にしているけれども、サラリーマン小説として読むこともできる。
とても現代的な感覚で貫かれてるのだ。だから、とても共感しやすく、読みやすかった。

世の噂話などというものは、ろくに証拠もなく「人々が信じたい物語」が簡単に「真実」になって、憶測だけで無責任に拡大していく。そこに証拠など必要はない。

P.296

ならば、この愛すべき与惣兵衛、浅野内匠頭、吉良上野介の人物像を、私の信じたい物語の1つとして、胸にしまっておきたいなぁと思った。

しかし。
この、社会保険労務士会のしおり、どこでもらったんだろう。
この本に最初から挟んであったのかな。
内容にぴったりすぎて、苦笑。

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