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過去のお話 2.かまいたちのお話 後半

前半→ https://note.com/lush_fctt/n/ndf20d2529204


以下、前半を読んでいない人のネタバレ防止のためにスペースを空けています。













ヒョウが消滅した後、ユタはヒョウが遺したバッグを背負ってフラフラと彷徨っていた。何を食べても味がしない。綺麗な景色を見ても何も感じない。心にぽっかり穴が空いたようだった。

そんな日がしばらく続いたある日のこと、ユタはとある森の中で悪魔に出くわした。腕を何本も持つその悪魔はユタを見つけるやいなやユタを食べようと近づいてきた。
(…ちょうどいい。ここらで悪魔に食われるのもいいかもしれない…)
ぼんやりとそう思ったユタは悪魔が近づいてくるまで動かなかった。ところが、悪魔が腕を伸ばしてユタを捕まえようとした時ー
「…っ!」
ユタの体が自然と動き、悪魔の手を避けた。死ぬつもりでいたのに、いざ目の前に死を突きつけられると死ぬことに対する恐怖が前に出て来たのだ。
(…おれ…まだ死にたくない…!)
もはや逃げる余裕はないと判断したユタは、氷鎌を取り出して応戦した。戦いの中で悪魔の腕を1本切り落としたが、激昂した悪魔は激しく攻撃を仕掛けてきた。ユタはなんとか悪魔の攻撃を避けていたが、反撃できないでいるうちに隙を突かれて足を掴まれた。
「!しまっ…」
悪魔はユタを振り回すとユタが動けなくなるまで何度も何度も地面や木に叩きつけた。
「ぐ…うぅ…」
全身が痛む。体をまともに動かすことができない…。
(ちくしょう…こんなところで…いやだ…でも、もう…)
ユタは生きる気力を失いかけていた。悪魔がユタを逆さ吊りになるように持ち上げた。帽子と背負っていたバッグがずり落ちるのがわかった。
(…結局、ろくなことが起こらない人生だったな…)
悪魔が口を開けてユタを食べようとしたそのときー
「ギャアァッ!?」
突然悪魔が叫び、ユタは地面に落ちた。地面の振動から悪魔が後ずさりをするのがわかった。ユタはなんとか目を開けて何が起きているのかを見ようとした。翼と細長いしっぽのある何かが悪魔と戦っているのがぼんやりと見えた。そこまで確認すると、ユタの意識は遠のいていった。

ぼんやりとした意識の中で、ユタは誰かが言い争っているのが聞こえた。声のうちの1つはすぐ横から聞こえる。どうやらその声の主に背負われているようだ。ユタが身動きをすると体に激しい痛みが走り、思わず呻き声をあげた。
「あ…」
言い争う声が止まった。
「…助けて…苦しい…」
ユタは呻くように呟いた。しばしの沈黙の後、少し離れたところから声が聞こえた。
「今回だけだよ」
やや刺々しい、少女と思われる声だ。
「ありがとう、スーさん」
ユタのすぐ横からほっとしたような声が聞こえた。こちらは少年のような声だ。
ユタは背中から下ろされてどこかに寝かされるのがわかった。微かに目を開けると、近くに緑髪の人がいるのと赤髪の人が近づいてくるのが見えた。
「ほら、寝てなよ」
不機嫌そうな声でそう言われてユタが目を閉じると、胸の上に誰かが手を置く感触があった。手を置かれたところから何かがユタの体内に流れ込んでジワジワと広がり、体中の痛みを消していった。
(癒しの魔法だ…気持ちいい…)
ユタはヒョウに治療用カプセルを使ってもらった時のことを思い出して懐かしい気持ちになった。
痛みがほぼ消えた頃、胸に置かれた手が離れた。ユタは目を開け、起き上がって辺りを見回した。どうやらどこかの家の居間でソファーに寝かされているようだ。先程ちらっと見えた緑髪の少年が話しかけてきた。
「気分はどう?」
「…痛くなくなった。ありがとう」
ユタは目の前の少年をしげしげと見た。ユタと比べて身なりの整った格好をしている。菱形の翼と細長い尻尾があるのが目に入った。
「もしかしてさっき悪魔と戦っていたのって…」
「あ、見えてたんだ。この近くに悪魔が出たのを感じたから行ってみたら、あなたが襲われていたんだ。もうあの悪魔は倒したから大丈夫だよ」
「え、あ、うん…」
ユタは少年をじっと見つめた。
(あの悪魔を倒した…?こいつが…?)
「あ、そうだ、言うのを忘れてた。僕、セドっていいます。よろしくね」
そう言いながら少年は手を差し出した。
「あ…おれ、ユタ」
「ユタ君、だね。よろしく」
2人は握手をした。
「それとあちらにいるのが…」
セドがテーブルの方を見た。赤髪の少女がテーブルに寄りかかりながら、腕組みをしつつ気に食わなそうな顔をしてこちらを見ていた。目玉模様のある透き通った羽とふさふさした白い尻尾がある。
「スーさん。彼女がさっきあなたの傷を治してくれたんだよ」
「ん…あの、ありがとう」
ユタはお礼を言ったが、少女はプイッとそっぽを向いた。
(おれ、何かした…?)
ユタが戸惑っていると、スーが突然口を開いた。
「ほら、傷は治ったんだしあいさつも済んだでしょ?さっさと帰りなよ」
「ちょっと、スーさん」
「言われた通り傷は治したよ。それで十分でしょう?」
「そんな言い方しないで…」
ユタは居心地が悪くなり、ソファーから立ち上がった。
「あの、おれ出て行くから。あ、そうだ…」
「ああ、もしかしてこれ?」
辺りをキョロキョロ見始めたユタに、セドはバッグと帽子を渡した。
「これ、ユタ君の荷物だよね?近くに落ちていたから」
「ああ、うん、これ…ありがとう」
ユタは大事そうにバッグを撫でてから背中に背負い、帽子を被った。
「それじゃあ、世話になったな」
「うん、気をつけて。あ、そういえば町にはまだ行ってない?」
「町?」
「この近くに町があるんだ。もし良かったら行ってみるといいよ」
「そうか。ありがとな」
町への行き方を聞いたユタは建物を出て町に向かった。
(あのセドって奴、おれと歳近そうなのにあの悪魔を倒すなんて、一体どんな奴なんだろう。もっと話してみたいな)
ユタは同年代の相手とまともに話をしたのは初めてだったのもあり、セドにかなり興味を持ったのだ。
(また行ったら怪しまれるか?助けてもらったお礼もしたいし、何かお礼だって持って行ったら大丈夫かな。そうしてみるか。あーでもな…)
ユタはため息をついた。
(…あのスーって奴はなんか苦手だな…)

町に着いたその日はそのまま宿に泊まり、次の日町中を歩いてみることにした。
あちこち見て回っていると、不意に声をかけられた。
「あの、もしかして昨日の…」
振り返ると、そこにはセドが立っていた。
「あ、やっぱりそうだ」
「…今日は1人なのか?」
ユタは近くを見回した。
「うん。あの、良かったらどこかでお話しできないかな?」
願ってもいない話だ。ユタはセドに着いて行き一緒に喫茶店に入った。

「コーヒーって、またずいぶん渋いものを頼むんだな」
「ふふ、ここのコーヒー美味しくて気に入ってるんだ」
コーヒーを美味しそうに飲むセドをユタは不思議そうな目で見た。
「そういえばあの、スーって奴…おれ、知らないうちに何か悪いことでもしたのかな」
「あー…スーさん、男の人を警戒しているみたいで…ユタ君が悪いわけじゃないから気にしないで」
「ん、そうなのか…。ってかお前は大丈夫なのか?」
「僕も最初はすごく警戒されてて…スーさんとまともに話せるようになるまでに色々あったんだ」
「ふーん…あいつと仲は良いのか?」
「スーさんがどう思っているかはわからないけど、それなりに仲良くやっていると思ってるよ」
「そうか…」
ユタはジュースを吸った。
「そういえばセド、昨日悪魔を倒したって言ってたけど、お前1人で倒したのか?」
「え?うん、そうだけど…」
「あの悪魔、相当強かったはずなのに…お前、強いんだな」
「んー…僕は悪魔が出たら戦わなくちゃいけない種族の出身だから…」
「それってもしかして…悪魔を狩るドラゴンの一族の話を聞いたことがあるけど…」
ユタはかつてヒョウに聞いた話を思い出した。悪魔を狩るのは基本的に天使の役目だが、天使とは別にみんなを守るために悪魔と戦う強いドラゴンの一族がいるらしい、と。
「そう、僕もその一族のうちの1人。だから、悪魔に負けないよう強くならないといけないんだ」
「なるほどねぇ…そりゃ強いわけだ」
ユタはセドに対して強い関心を抱いていた。
(悪魔を狩るドラゴン…こいつのこと、セドのことをもっと知りたい)
久しぶりに感情が高ぶるのを感じた。
「ところで…」
「ん?」
「僕、ユタ君のことも聞きたい。良かったら、話を聞かせてもらえないかな?」
ユタはずっとヒョウという男に着いて旅をしていたこと、ヒョウに様々なことを教わってきたことを話した。セドは興味深そうに話を聞いていた。ユタが話し終わると、セドがおもむろに口を開いた。
「すごい、色々なものを見てきたんだ。そういえば、今はそのお師匠さんは…?」
「ししょーは…」
そう言った時、ふとヒョウの最期を思い出した。
「ししょーは…ししょー…うぅっ…」
ヒョウはもういない、その事実を改めて認識し、ユタの目には涙が溢れてきた。セドはその様子を見て察したらしい。
「ご、ごめん、辛いことを思い出させちゃって…」
ユタの膝の上に涙がポタポタこぼれ落ちた。
「もっと…ししょーと一緒に…いたかったよぉ…」
ここしばらくずっと麻痺していた感情が溢れ出し、ユタの目からとめどなく涙がこぼれた。セドはユタの隣へ来てユタの涙が止まるまで背中をさすってくれた。

「…落ち着いた?」
「うん…ありがとう」
「いや、ごめんね、その…知らずに聞いちゃって。…何か追加で頼む?」
追加で注文した飲み物が来るのを待っている時、ユタが言った。
「セド、お前優しいんだな」
「え?そうかな」
「ししょーがよく言ってた、本当に強い奴は優しいもんだって。ししょーの言ってた通りだな」
セドはほんのり顔を赤らめた。
「うぅ…そう言われるとなんかくすぐったい…」
「へへっ」
泣き腫らした顔で、ユタはニヤッと笑った。

「そういえばユタ君はこれからどうするの?また旅に出るの?」
追加で注文したコーヒーを飲みながらセドが尋ねた。
「正直、どうしようかまだ考えてない…行く当てもないし、かといって目的もなくふらふら旅をするのもなんか違う気がするし…」
追加のジュースを飲みながら答えるユタ。
「それなら…この町に住むのはどうかな?」
「へ?ここに?」
「僕、ユタ君ともっと話がしたい。それに、この町では子供だけで暮らしていてもうるさく言われることもないし」
「…」
ユタは手元をじっと見つめた。この町に住むなんて考えてもみなかったが、あてども無く旅を続けるよりは家を決めてそこで生活するのもいいかもしれない。それに、ユタの方もセドと別れるのは惜しいと思い始めていたのだ。
「ん…考えてみる」
「本当?じゃあもし決まったら教えてね」
セドはなんだか嬉しそうな様子だった。

喫茶店を出たところで2人は別れた。
(この町に住む、か…住むとして、家ってどうすればいいんだろう)
町の人に聞いてみたところ、ここで暮らす子供は大体シェアハウスに住んでいることがわかった。とはいうものの、今まで同年代と話したことがほとんどないユタにとっていきなり知らない人たちの中に入って行くというのはかなりハードルの高い話だった。
(…セドが住んでいるところってまだ空き部屋はあるのかな。ああ、でもあいつもあそこにいるんだよなぁ…)
ユタはスーのことを思い出して気が重くなった。きっと猛反発されるに違いない…。
(とりあえず、明日またゆっくり考えよう)

次の日、ユタが町中のベンチでどうしようか考え込んでいると、近くに誰かが来た。
「…こんなところにいた」
ユタは声の主を見て一瞬ビクッとした。
「ひっ、スー…!」
「この間のことは悪かったよ、悪かったけどそんなにビビらなくても…」
スーは怪訝な顔でユタを見ていた。
「…えっと…?」
「セドから昨日の話は聞いたよ、この町に住もうかどうか考えてるって。それと、セドがあんたの話をするときやけに嬉しそうだったから、自分でどんな奴なのか確かめておこうと思って」
「…」
気まずい空気が流れた。
「…とりあえずここじゃなんだし、うちに来ない?」
「うち?」
「私とセドが住んでるとこ。ほら、着いて来て」
ユタは言われるがままにスーの後を着いて行った。

ユタはスーの後を歩きながらも頭の中は疑問で一杯だった。
(一体どういう風の吹き回しだ…?この前はあんなにきつく当たって来たのに…)
スーは無言でどんどん歩いて行く。森の中に入って少しした頃、ユタは沈黙に耐えきれずにスーに声をかけた。
「あの…」
「何?」
「この前とずいぶん対応が違うけど、どうして…」
スーは足を止めてムッとしたようにユタを見た。
「だからこの間は悪かったって。セドからあんたのことを聞いて考えを変えたんだよ」
「そう…」
スーは再び歩き出した。ユタはスーを後ろから見つめた。
(あのときおれの傷を治してくれた癒しの魔法はすごく優しかった…思っているほど怖い奴じゃないのかも)
そうこうするうちに、2人は1つの建物の前に着いた。
「この前見たから知ってるだろうけど、ここが私たちの住んでいるところ、8号館」
玄関を開けて中に入ったスーに続いて、ユタも中に入って行った。

居間に入るとセドがソファーで本を読んでいた。
「おかえり、スーさん。あ、ユタ君」
「お、おう」
「ん、ただいま」
2人の姿を見て、セドは本を置き2人の方に駆け寄ってきた。
「そ、それで、どうするか決まった?」
「んー…町の人にシェアハウスの話を教えてもらったんだけど、なんか行きづらくてな…」
「!それなら、ここはどうかな。あと2部屋空きがあるんだ」
「え、でも…」
ユタはスーの方を見た。
「…私は別にいいよ。好きにすればいいじゃない」
スーは一瞬ユタを見たあと目を逸らしながらそう言った。
「え…」
「本当?本当にいいの?」
「ん…」
スーはこくっと頷いた。
「えっと…それじゃあ、ここに住んでもいいのか?」
「うん!改めて、ようこそ8号館へ!」
セドはユタに手を差し出した。
「…おう、よろしくな!」
ユタはセドの手を握った。

ユタはセドに案内された部屋に入った。中にはベッド、机、椅子など一通りの家具が揃っていた。
「へー、最初から一応生活出来るようになってるんだな」
「僕たちみたいな子供がいきなり1人で来ても生活出来るようにって作られたところらしいよ。それじゃ、何か聞きたいことがあったら言ってね」
そう言うとセドは部屋から出て行った。
ユタはベッドに座り、バッグを下ろして抱きしめた。
「ししょー」
ユタはそっと呟いた。
「おれの生きられる場所、見つかったかもしれない」



別視点からのお話。主にユタが知らないところでどんなやりとりがなされていたかのお話です。
https://note.com/lush_fctt/n/n394c5312473b

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