見出し画像

スピラ・スピカ「なんてね、バカ。」(2000PVリクエスト企画⑤)

まえがき

2000PV記念読者様リクエストもついに最終回。
今回は⑤スピラ・スピカの「なんてね、バカ。」です。

曲紹介

作詞・作曲:大塚紗英 編曲:重永亮介

2022年3月16日発売のメジャー2枚目のアルバム「ナガレボシトレイン」に収録。
シンガーソングライターかつ、声優としてもBanG Dream!シリーズの花園たえ役などで活躍する大塚紗英さんが楽曲提供されています。

編曲は本ブログではClariS関連ですっかりお馴染みの重永亮介さん。
スピラ・スピカではサポートメンバーとしてライブでのキーボード演奏なども担当されています。

歌詞

こじらせた歌詞が大好きな筆者は普段あまり聴かないタイプの「青春ド直球ド真ん中」みたいなドストレートな歌詞です。
ボカロ曲やTik Tokでバズる曲みたいな、10代の中高生がストレートに自分を重ねられそうなストーリーですね。

「片想いのまま失恋した夏に、告白成功したら君と一緒に見るはずだった花火を1人で見ている」という、言葉を選ばず表現すると手垢が付きまくったありがちなシチュエーションなんですが、むしろそれがこの曲の良さなのかもしれません。

真っすぐすぎる歌詞を、
一切誤魔化さず真正面から、
これ以上ないほど真っすぐに歌い上げる幹葉さんの歌声。

小細工は何も使わない、奇もてらわない。
ただただ聴く人の心にまっすぐに歌を届けたい。
それがスピラ・スピカであり幹葉さんだと思うので、むしろこれが正解なのかもしれません。

そして、幹葉さんの嘘の無い歌声と真っすぐな人柄があってこそ、この真っすぐ過ぎる歌詞がリアリティを持って聴く人の心に届くのだと思います。
これはある意味では誰にも真似できない、幹葉さんだからこそ歌える曲なのかもしれません。

幹葉さんとプライベートでも仲良しで「親友」と呼ばれるほどの間柄の大塚さんは、幹葉さんの歌声の力を誰よりも信じているからこそ、こんなにも真っすぐな歌詞を託したんだろうか。
それに幹葉さんが全力で応えた結果がこの曲だとしたら、とても素敵な関係性ですね。

――切ないラブソング「なんてね、バカ。」は、シンガーソングライターの大塚紗英さんの作詞・作曲。以前から幹葉さんと交流があるとか。
幹葉 はい! 2019年に「Animelo Summer Live」で共演してから仲良くなって。たまたま家が近くて、よくお茶したり、おしゃべりしてたんですよ。あるときさえチ(大塚紗英)がキーボードを弾き始めて、それに合わせて歌ってるときに「これを曲にしたらどうだろう?」と思ったのが始まりです。そこからさえチに形にしてもらって、ほぼ出来上がった段階でメンバーに聴いてもらったんです。
寺西 “親友”という立ち位置から作ったというのが新鮮だったし、僕らからは見えない幹葉の表情が感じられて。すごくいいなと思いました。
ますだ これも今までのスピスピになかったタイプの曲ですね。女性目線じゃないと出来ない曲だと思います。
幹葉 こういう歌詞は私も書けないですね。冒頭の歌詞(“夜半凪に流るるは火花か星屑か”)もきれいだし、自分からは出てこない表現がたくさんあって。“バカ”が7回出てくるんですけど、曲の流れの中で少しずつ意味が変わって聴こえるんです。最後の“バカ”は渾身の“バカ”なので(笑)、ぜひ聴いてほしいですね。

【インタビュー】スピラ・スピカの“らしさ”と“挑戦”が詰まった2ndフルアルバム『ナガレボシトレイン』リリースインタビュー

というわけで、7回の「バカ」のニュアンスの違いにも注目しながら歌詞を読んでいきましょう。
※歌詞は歌ネット(https://www.uta-net.com/song/315840/からの引用

イントロ

夜半凪に流るるは火花か星屑か
『幻は幻だ』とでも云うかのように
どうぞ勝手に幸せに
なんてね、バカ。…嘘だよ

いきなり「夜半凪(よわなぎ)」という綺麗な表現から曲が始まります。
夜半は夜中、凪は波が落ち着いた穏やかな海。
主人公は夜の穏やかな海を見ているようです。

その海の上の空に何かが流れていきます。
「火花か星屑か」
火花なら夏の花火の痕跡、星屑なら流れ星かもしれません。
それを見て「『幻は幻だ』とでも云うかのように」となぜか感傷的になっている主人公。

ここで、一旦メタ視点での解説に入ります。
歌詞を最後まで読んだ上での筆者の勝手な推測ですが、このイントロ部分の歌詞、実は時系列としては曲の1番最後なのではないでしょうか?

つまり、ラスサビが終わった後に主人公が1人で夜空を見上げている場面、と考えると色々繋がりが良くなるのではないか。
映画でたまにある「冒頭の意味深なシーンが、実はエンディングの続きだった」パターンじゃないかという解釈です。

というわけで、1回目の「バカ」含むこのイントロ部分の細かい解説は一旦置いて先に進み、最後まで歌詞を見てから改めてイントロ部分に戻ってみたいと思います。

1番Aメロ~Bメロ

八月 三十一日
街は賑わい 何故か少し 寂しい
この気持ちの最果てを探した[探しているの]

友達以上、恋人未満。
どこにも当てはまらなかった
当てはまらなくてもよかった
そばにいられたならよかった
そばにいたかったの

八月三十一日。
夏休み最後の日であり「夏の終わり」的な舞台設定なのでしょう。
ちなみに「さんじゅういちにち」ではなく「さんじゅうついたち」って発音してるのは徳島や関西の方言なんでしょうか?(有識者コメント求む)

「街は賑わい 何故か少し寂しい」
後の歌詞で分かりますが、花火が上がるのでおそらく夏祭りの日なのではないでしょうか?
お祭りで楽しそうに賑わう街とは対照的に、なぜか寂しげな私。

ここまで書くと、察しの良い方は落ち込んでる理由が想像付くでしょう。
本当は彼と一緒に夏祭りに行きたかったんですね。
なので、お祭りで賑わってる街や幸せそうな人を見て落ち込んじゃってる。

ただの友達よりは親密だけど、まだ恋人ではない。
どこにも当てはまらないけど、ただそばにいられればよかった。
むしろ、そばにいたいからこそ白黒付けるのが怖かった。
今の関係性を壊さなければ、そばにはいられるから。

でもその一方で、先に踏み出したい気持ちもあって。
この恋心は最終的にどこへ向かえばいいのか、どこに辿り着くのか。
それをずっと探し続けて、今もまだ答えは見つからなくて探している最中。
「この気持ちの最果てを探した[探しているの]」はそんな気持ちなんでしょうか。

う〜ん、青春ですね。

1番サビ

赤、青、ピンク 花火が散るのを
私は部屋から ひとり眺めているの
君は 何しているかな、
悲しいな 悔しいな 好きなんだな。

バカ!もう知らない
君なんか好きじゃない
好きじゃない、好きじゃない
って言い聞かせているだけだ
思い出にキスして
抱きしめてよ なんてね、バカ。

彼と一緒に花火を見ることは出来ませんでした。
私は部屋で一人花火を見ている。
悲しいですね。

彼を恨めたら楽になれるんでしょうが、彼のせいでこんなに傷付いている状況ですら「君は何しているかな」って彼のことを考えてしまう。
自分でも呆れるほど君のことが好き。それが悔しい。

「バカ!もう知らない 君なんか好きじゃない」
悲しさと悔しさが1周回って、空元気タイムに入りました。
2回目の「バカ」はいわゆるラブコメヒロイン的な「バカ!もう知らない!」って感じの歌い方ですね。
あと「赤(アカ)」と「バカ」で韻踏んでます。

でも、その空元気が続くのも一瞬のこと。
「好きじゃない、好きじゃないって言い聞かせているだけだ」
すぐに自分の本心に気付いてしまいます。

その本心から「思い出にキスして抱きしめてよ」という、自分が彼に伝えたい本当の想いがようやく心に浮かんできました。

でも、結局「なんてね、バカ。」と誤魔化してしまう。
3回目の「バカ」はちょっと切なく、そうやって結局誤魔化してしまう自分への自己嫌悪やもどかしさも込められてるように聴こえます。

もどかしいですね~。
筆者は普段大人の女性の曲を聴く事が多いので、なんかこんなに直球で思春期女子な心情を歌われると「とりあえず手握ってチューしちゃえよ。思春期男子なんてそれでイチコロやろ」とか汚れた考えが浮かんでしまいます笑
(実を言うと、ClariSの片想い系の曲もそんなに歌詞にキュンキュンしてるわけではなく、純粋に曲が好きって気持ちですね)

宇多田さんの曲とか「とりあえず一晩一緒に過ごしてみてからが恋の駆け引きの始まり」「身体の関係はもうあるけど、どうしたらあなたの本命になれる?」みたいに読める歌詞が沢山ありますし。
椎名林檎さん・aikoさん・梶浦由記さんとかも「キスもして身体も重ねてから、彼に本当に好きになってもらえるまでのシンドイけど恋愛にのめり込んでる時間」を時に生々しく描くのが筆者の大好きなポイントでもあるので。

・・・え~、筆者のキモチワルイ好み語りはこの辺で止めまして。
まあ、大人になってしまうと恋愛ってどうしてもそういう生々しさを持ってしまうものなので。
こういう「手すら繋いでないしチューなんてもってのほか、告白すらできない」というピュアでプラトニックな気持ちは、色々未体験な思春期だからこそ持てるもので、だからこそキラキラ輝いて尊いのだと思います。

一度無くしてしまうと二度と取り戻せない、だからこそ尊くて眩しい。
それが「青春」というテーマがいつの世も普遍的に人の心に訴えかけるものなのだと思います。

2番Aメロ

八月 三十一日
ハナビラ舞い、約束を焼いていく
君が来るはずだった部屋から[眺めているの]

1番と同じ「八月三十一日」。
1番サビの「花火が散るのを私は部屋からひとり眺めているの」の続きの情景ですね。

「ハナビラ舞い、約束を焼いていく」
「君が来るはずだった部屋から[眺めているの]」
君と一緒に見るはずだった夏祭りの花火が、空に舞っている。
まるで、果たされなかった約束を焼いていくみたい。
自分の恋心も彼への気持ちも約束も、全部焼いて消してしまいたい、みたいな想いが含まれてそうですね。

2番サビ

バカ。
「ごめんね、気になる人できた
 なんとなく言わなきゃいけない気がしたんだ」
そっか 気付いてたんだな、
私の気持ちを知っていたんだ

2番サビの4回目となる「バカ」は、1番サビの2回目よりも更に強い「ヴァカ!」って表記できそうなくらいの勢いがあります。
なんでこんなに気持ちが入っているかと言えば、失恋した瞬間を思い出しているからですね。

彼から「気になる人がいる」って直接言われてしまい、間接的に振られてしまった主人公。
「ごめんね」って添えるのは彼の優しさの表れかもしれないけど残酷です。
前から君の気持ちには気付いてた。
でも、どうしても友達としてしか見れなかった。
気持ちに応えてあげられなくてごめんね。
「なんとなく言わなきゃいけない気がしたんだ」と言うあたり、主人公の気持ちに応えてあげられないことに彼も罪悪感と気まずさをずっと感じていたんでしょう。

好きな人が出来たことをちゃんと主人公に報告するのは「友達として人として大切に思っているから、コソコソ隠れて恋を進めて裏切るようなことはしたくない」っていう彼の誠実さかもしれませんが。
言われた主人公の方としては死刑宣告に等しいです。
知らぬ間に付き合いだして後から知るのもショックでしょうが、まだ付き合い始める前から直接言われるのは「仮にその子と上手く行かなかったとしても、だからって代わりに君と、とは多分ならないと思う」ってことですからね。

その子への告白が失敗したとしても、成功したけど後に別れたとしても、主人公にはワンチャンすらない、恋愛対象としては今のところ見れない。
比較対象にすら入れてもらえないアウトオブ眼中状態。
そう言われたに等しいわけで、そりゃ「ヴァカ!」って言いたくなります。
主人公が大人だったら確実に女友達呼び出してヤケ酒始めてますね。

Cメロ

教えて 好きな子、誰なの?
問い詰めてしまいそうだったの
ぎゅって握りしめたの
ねえ 私の方が
近かったのに 想っていたのに
好きなのに

「問い詰めてしまいそう『だったの』」なので、絶対に問い詰めたいであろう主人公は鋼の意志力を発揮し、彼が好きな相手について何も聞かないことを選びます。

これ、決して主人公が物分かりが良いとかお行儀良く身を引いた、とかそういう気持ちではないと思います。
むしろ「やせ我慢」「かっこつけ」に近い心情でしょう。

「その女、誰なの?」
「私とどこが違うの?」
「私じゃ、なんでダメなの?」
そんな言葉を口走ってしまいそうな、醜い自分を彼に見せたくなかった。
自分自身でもそんな醜い自分を見たくなかった。
直感的にそう感じて、必死にこらえたのではないでしょうか。

でも、絶対この後毎日考えちゃうでしょうね。
彼が喋っている女の子とか彼の視線の先とかを常に見て「もしかしたらあの人かも・・・」とか毎日毎日グルグル考えるんでしょう。
「その女、誰なの?」ってハッキリ聞いて知っておいた方がある意味精神的には楽だったかもしれません。

でも、惚れた側の弱みというか、好きな人の前ではカッコつけたい、嫌われるようなことはしたくない、っていうのは男女共通の気持ちなので。
問い詰めたくても問い詰めなかった気持ちは分かります。

で、次の「ぎゅって握りしめたの」がちょっと解釈が分かれそうな所です。
筆者が想像したのは次の2パターン。

【①「自分の手を」ぎゅって握りしめた。】
「好きな人が誰なのか問い詰めたいのを我慢するために、自分の手をぎゅっと握りしめて必死に耐えた」という解釈です。
②よりも綺麗というか、青春っぽい切なさは感じます。
「片想いは最後まで片想いのまま、一歩も踏み出せずに終わる」って方が好みな人はこっちがしっくりくるのではないでしょうか。

【②「彼の手を」ぎゅって握りしめた。】
最後の抵抗というか、せめてもの想いの発露というか。
ハッキリ振られてしまったことで、皮肉なことに大胆な行動を取れた、とも解釈できそうです。
そばにいられる関係性を壊すのが怖くて今まで具体的な行動を取れなかった主人公ですが、振られたことでどっちにせよその関係は元のまま保てなくなってしまった。
じゃあ、もう破れかぶれ。どうせもう振られたあとだし。
絶望と同時に呪縛から解き放たれて、思わず彼の手を握ってしまった、という風にも見えます。
多分、ようやく彼の手に触れられた嬉しさと虚しさで、一生忘れられないトラウマシーンになったことでしょう。
筆者的にはこっちもエモくて好きです。トラウマ大好き。(悪い笑み)

皆さんはどっち解釈でしょうか?
いや、別の解釈もあるだろ!って方はコメント欄で教えて下さい。
私も色んな解釈知りたいです。

さて、Cメロの最後は片想い失恋曲のド定番フレーズ。
「ねえ 私の方が
 近かったのに 想っていたのに
 好きなのに」

ネットスラングのBSS(僕が先に好きだったのに)状態ですね。
茶化すようなことを言っておいてアレですが、実際に自分がその立場に置かれたらそりゃそう思いますよね。
私の方が先に好きになったのに。
近くにいた時間も想ってた時間もずっと長いのに。
絶対に私の方が好きなのに。
なんで?なんで?なんで・・・。

同じような立場に置かれた「魔法少女まどか☆マギカ」のさやかは女性視聴者&女性声優陣からの共感度がメチャクチャ高かったそうですが、実際に多くの女性が同じ境遇になったことがあるからこそ共感されるんでしょうね。

脱線しますが、筆者が持っている「劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [前編] 始まりの物語」のブルーレイのオーディオコメンタリーでは、さやかから恭介を結果的に略奪していく仁美が登場するシーンで女性キャスト陣が急に辛辣になり、「来ましたよ、奴が・・・」などなど仁美(みたいな女性)への恨み節トークが急に始まります。
コメンタリー聴いてからもう10年近く経ちますが未だに強烈に印象に残っていて、筆者は当時まだ大学生でしたが「仁美ちゃん、そんなに悪い子かな?そもそもさやかがウジウジしてる間に告白するタイミング逃しただけでは・・・?」って疑問に思うと同時に女性の恋愛に関する恨みの深さに戦慄した記憶があります笑

まあ、いくら理屈を説かれたところで「私の方が先に好きだったのに」っていう気持ちが解消されるわけじゃないですからね。
くれぐれもこういう恨みを買わないように生きていきたいところです。

ラスサビ

赤、青、ピンク 花火が散るのを
私は部屋から ひとり眺めているの
涙、止まらないな
悲しいな 悔しいな 好きなんだな。

さあ、終わりだ
長い長い片想いは
私はこれから新しく出逢う誰かと
恋したりするよ
引き留めてよ… なんてね、バカ。

戻れないほど、綺麗。
会いたい…バカ
どうぞ勝手に幸せに
なんてね、バカ。

ようやく辿り着きました、ラスサビです。

失恋した瞬間のこととか色々思い出して涙が止まらない主人公。
まだまだ気持ちの整理を付けるには時間が掛かりそうです。

なのに、自分に無理矢理言い聞かせるようにまた空元気モードになります。
「は~長い片想いだったな~。よーし、新しい恋始めるぞ~」
そんな風にわざとらしく言葉に出してそうです。

でも、本心では全く立ち直れておらず未練ありまくり状態なので。
結局すぐ「引き留めてよ…」と本音が漏れてしまいます。
そして、またいつものように「なんてね、バカ。」と誤魔化してしまう。
この5回目の「バカ」は、1番サビの2回目よりちょっとだけ弱めな感じでしょうか。
怒ってみたり空元気を出してみたり、自分を誤魔化すために色々やってみたけれど、もう自分自身でも誤魔化しきれないのを分かってしまったような心境なのでしょうか。
結局、まだまだ君のことが好きなんだな。
すぐ忘れられるわけがないんだな。
「悲しいな 悔しいな 好きなんだな。」
そうハッキリ分かってしまったからこその、少しだけ自嘲気味な気持ちも入った「バカ」に聴こえました。

この主人公は、こういう性格なんでしょうね。
自分の弱さをさらけ出せない。
人前では頑張って無理して、辛くても平気そうに振舞ってしまう。

もしかして、これが親友の大塚紗英さんから見た幹葉さんのイメージなんでしょうか?
偶然かもしれませんが、筆者が昨年のSACRA MUSIC FES. 2022で初めて幹葉さんを見た時も同じようなことを感じました。

まあ、これは憶測でしかないのであまり真面目に捉えないで下さい。
(勝手に性格決めつけられたら幹葉さんも迷惑でしょうし)

少なくとも、この曲の主人公は意地っ張りで弱さを見せられない性格なのはここまで見てきた通りでしょう。

さて、残る「バカ」はあと2個。

6回目の「バカ」はひときわ切ない歌い方です。
「戻れないほど、綺麗。
 会いたい…バカ」
戻れない関係、戻れないあの頃。
思い出になってしまったからこそ、余計美化されて綺麗に見えてしまう。
もう一度だけ会いたい。
そんな切なさがこもった「バカ」。

曲の最後を〆る7回目の「バカ」は、幹葉さん自身が「渾身の“バカ”」と言うくらいのパワフルさ。
「どうぞ勝手に幸せに
 なんてね、バカ。」

どうぞご勝手に、好きな人と幸せになってね。

・・・なんて素直に応援すると思ったか!
まだ大好きだよ!バーカ!

そんな心情に筆者は感じました。
なんか凄く幹葉さんが言いそうな「バーカ!」な気がしますね笑

【改めて】イントロ

さてさて、既にかなり長文になりましたが、最初に宣言した通り改めてイントロの歌詞を読んでみましょう。

夜半凪に流るるは火花か星屑か
『幻は幻だ』とでも云うかのように
どうぞ勝手に幸せに
なんてね、バカ。…嘘だよ

夜半は夜中。
凪は波が落ち着いた穏やかな海。
空を流れるのは「火花か星屑か」。

八月三十一日、夏休み最後の日であり「夏の終わり」。
そんな日の夏祭りで上がった花火。
本当は君と一緒に見たかった花火。
結局は私が部屋から一人で見た花火。

そんな花火と共に夏祭りが終わり、夜になり、日付が変わり。
今はもう九月一日の未明。
空に散っていった花火と共に、夏休みも、夏も、私の恋も。
何もかもが終わってしまった。

そんな夜半凪の空に、きらきらと光る何かが流れたような気がした。
それは、私の恋の未練のような花火の残滓の火花だろうか。
それとも、いつか流れ星に託した恋の願いが、儚く散った星屑だろうか。

花火も流れ星も、どんなに美しくても見えるのは一瞬。
私が君と過ごした時間も、結局は短く儚く終わる運命だった。
まるで全ては「『幻は幻だ』とでも云うかのように」。

どうぞ勝手に、お幸せに。
告白成功するの応援してるよ。
・・・なんてね、バカ。…嘘だよ
まだ、大好きなままだよ。


どうでしょうか?
ラスサビが終わった後に、主人公が1人で夜空を見上げている場面。
映画でたまにある「冒頭の意味深なシーンが、実はエンディングの続きだった」というパターン。
筆者にはこんな風に感じられました。

1回目の「バカ」となるイントロの「バカ」は、一番切なくて、どこか愛おしさも含まれているように聴こえます。
一通り泣いて、「バーカ!」って叫んでみたりして。
でも、結局ジタバタすればするほど「悲しいな 悔しいな 好きなんだな。」って自分が未だに想っていることを自覚してしまって。

失恋したのに、余計に君への想いが強くなってしまった気がする。
あんなに意地張って、素直になれなかったのに。
むしろ今ならハッキリ言えるよ。
ずっとずっと、大好きだよ。

そんな愛おしさを含んだ「バカ」に聴こえました。

まあ、これも多分に筆者の好みが含まれている解釈なので。
他に素敵な解釈をお持ちの方がいればコメント欄にガンガン書いて頂けるととても嬉しいです。

正式採用しなかった別な解釈を一応書いておくと、「星屑」をシンプルに新しい流れ星と捉えることもできそうです。
散ってしまった私の恋のような花火の残り火なのか。
それとも、まだ可能性を捨てきれない私の願いを受け止めてくれる流れ星なのか。
この解釈だと主人公の心の中に「完全に砕け散った」っていう絶望と「無理だと分かっててもまだ諦めきれない」っていう希望が両方あって、両者が葛藤している、という風にも読めます。

もう無理だ、諦めよう。
いやだ、諦めたくない。
私は、結局どっちが本心なんだろう?
その葛藤が、空に光ったものを火花にも星屑にも見せた。

こんな捉え方も出来そうですが、「『幻は幻だ』とでも云うかのように」との繋がりを考えると、正式採用した解釈の方が自然に繋がりそうな気がします。

こういう風に別な解釈を考えるのも歌詞の醍醐味なので、ぜひぜひ皆さんの解釈もお聞かせ頂ければ幸いです。

あとがき

というわけで、スピラ・スピカ「なんてね、バカ。」でした。

・・・え~、まさかの9,700文字オーバーです。
長い、疲れた、腰が痛い。(自業自得)

それだけ沢山書きたいことが湧いてきて、
書いていて楽しかったということです。

素敵な楽曲を生み出してくれた大塚紗英さん、重永亮介さん、そしてスピラ・スピカのメンバーの皆さんに改めて拍手を。

そして幹葉さん。
あなたの真っすぐな歌声と真っすぐな人柄が無ければ、この曲は本来の力を発揮しなかったろうなと改めて感じました。
とてつもないエゴサ力をお持ちのようで、筆者も「スピスピのライブ行ってみようかな」ってツイートしたら即ファボられた経験が何回かありましたが、タイミングが合わなかったりで結局行ってませんでした。

今回の記事のために何回も聴いて、改めて幹葉さんの歌声の力を感じましたので、今年中には必ず単独ライブに行かせて頂こうと思います。

というわけで、2000PV記念読者様リクエスト企画は以上で完走となります。
自分で言い出したことですが、5曲はちょっと欲張りすぎたかも・・・。
でもどの曲も素敵な出逢いだったので、やっぱり誰かから好きな曲をオススメされるっていうのはいいものですね。
もうちょっとペースは考えつつ、これからも続けていきたいと思います。

改めて、リクエスト送ってくれた皆様、本当にありがとうございました。
ではでは。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?