見出し画像

下村青さん

最新は機会が激減したとはいえ、劇団四季の観劇歴はそれなりに長いので、あの頃の舞台でお姿を拝見していた俳優さんの訃報を見ることが増えています。そればかりは自然の摂理ですから、致し方のないことではあります。

しかし、この俳優さんが亡くなるというイメージは全く持てませんでした。8月15日夕刻に急逝されたことが、翌16日夜に所属事務所から発表された、下村青さん。劇団四季時代は、下村尊則さんというご本名で活躍されていたので、わたしにはそちらのお名前の馴染みが深いです。

おそらく「夢から醒めた夢」の夢の配達人役か、「ジーザス・クライスト=スーパースター」のヘロデ王役が、わたしが最初に下村さんの姿を見た舞台だったと思うのですが、その当時はまだ幼く、個々の俳優よりも舞台全体に魅了されていましたので、はっきりした記憶はありません。

下村さんという俳優を、初めてはっきりと認識したのは、「美女と野獣」で演じられたルミエール役でした。魔法で燭台に姿を変えられてしまった給仕長で、なかなかのお調子者でプレイボーイだけど、おもてなしが大の得意。1幕終盤のビッグナンバー「ビー・アワー・ゲスト」で最高のショーを演出する、という役柄です。

「美女と野獣」は何十回も観ているので、様々なルミエールを見てきましたが、下村さんの印象が非常に強く、バベットとのやり取りなど何度見ても笑えましたし、その日のキャストが下村さんだと、舞台を安心して観られるほどの安心感がありました。同役を演じていた期間はそれほど長くはないのですが、日本初演版CDでもルミエール役で出演されているので、今でも下村さんの歌声を聴くことができます。

その後は「エビータ」に登場したタンゴ歌手のマガルディ、当たり役となった「ユタと不思議な仲間たち」のヒノデロ、「ライオンキング」のスカー、どれも下村さんが演じている姿が今でも脳裏に浮かびます。日下武史さんとふたりで出演した「スルース」というストレートプレイも、当時の福岡シティ劇場まで観に行きました。

前述の夢の配達人やヘロデ王も、「美女と野獣」を観た後は、はっきりと下村さんという俳優の存在を意識して観るようになっていました。ヘロデ王やマガルディは、その舞台全体から見れば、出演シーンはほんの僅かで、きちんと計っていませんが10分もないかもしれません。それでも鮮烈な印象を残す芝居をするのが下村さんでした。

下村さんが劇団四季を退団された頃から、わたしの観劇回数も経済的な理由で激減していくので、退団後の舞台は拝見できていないのですが、何度か客演でスカーやヘロデ王などを演じておられたようですし、浅利慶太さんが四季から独立し、かつて四季が上演した作品を中心にプロデュース公演を行うようになってからも、下村さんは何度か出演されていたようです。さらに近年は歌舞伎にも出演されていたと聞いています。

下村さんの訃報が出る1~2日前でしたか。わたしはたまたま浅利事務所のサイトを見て、下村さんが秋上演の「ユタと不思議な仲間たち」で、ペドロ親分にキャスティングされていることを知りました。2019年~の公演でも同役を演じられていたようですが、わたしのイメージでは下村さんはかわいいヒノデロ役なので、どんなペドロ親分なんだろうと思っていました。

下村さんには若々しいイメージがずっとあったので、60歳という年齢を見て驚きましたが、一方で「まだ60歳」でもあったのです。これから老境に入り円熟味を増して、さらに磨きをかけた芝居を見せてくれたかもしれない。そう思うと本当に残念でなりません。

下村さん、これまでわたしたちに素晴らしい舞台を見せてくれて、本当にありがとうございました。心よりご冥福をお祈りいたします。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?