2019年12球団合同トライアウトで「異彩」と「輝き」を放った2人の選手

いつの間にか夏の暑さは和らぎ、2019年もあっという間に11月を迎えた。うだるような暑さからの解放感や、いろいろとやり残したことがあるような、というかそれ以前に何も手をつけずにまた1年が終わってしまうような気がする哀愁を感じる秋という季節が私は好きなのだが、プロ野球ファンとしては冬の訪れより一足先に厳しい寒波が背筋を駆け抜ける胃が痛い季節でもある。

10月1日。各球団が来季の戦力構想外の選手を発表するいわゆる「戦力外通告」の日。我らがヤクルトスワローズは大物3名の現役引退と2名の自由契約をこの日以前に発表しており、比較的落ち着いてこの日を迎えることができた。そして当日、残念ながら先に挙げた2名の選手を合わせた6名の選手がチームを去ることが発表された。いわゆる『推し選手』を失った昨年に比べればまだ冷静に受け止めることができた。しかし、残酷な報道は思わぬところから飛び込んできた。

「中日、亀澤に戦力外通告」

何かの間違いかと思った。レギュラー定着とはならなかったが1~1.5軍レベルの実力の堅実な守備に俊足好打、何よりもチームを盛り上げる筆頭ムードメーカーである存在が戦力外通告を受けたというのだ。

Twitterのフォロワーを経由してその存在を知り、ヤクルトファンの身でありながらしれっとドラゴンズの試合も観戦するようになったきっかけへの突然の残酷な通告は、勢いで高速バスに飛び乗って名古屋へ駆けつけ亀澤選手ファンの仲間と共にその衝撃や悲しみ、現政権への不満などを語り合うほどの事態に少なくとも私の中では発展していた。

かといって先に挙げたヤクルトを去った選手達も含め、希望が絶たれたわけではない。11月12日、12球団合同トライアウト。実際にそこから他球団へ移籍の道が開かれるのはわずか6%未満という狭き門ではあるが、ポストシーズンやプレミア12そっちのけで非情な通告を受けた選手達にトライアウトをきっかけに新たな道が開けるのを願うことにした。

異例の『二刀流』で異彩を放った陰のMVP

トライアウト当日、発表された受験者名簿の中に事情を知らなければ(知っていても)奇妙に感じるであろう表記があった。

『山川晃司投手・捕手』

以前ヤクルトの2軍球場での試合を観戦しに行った時のことだ。シーズン終盤ということもあり、試合開始の前にイベントが行われその中のスピードガンチャレンジに出場したのが山川「捕手」だった。この時はイベント故の演出だろうと思っていた。

翌年、練習試合とはいえ山川がマウンドに上がったという知らせを聞くまでは。

そして2019年、度々「山川が投げてる」という情報が耳に入るようになり、シーズン終盤についにイースタンリーグの公式戦で登板したという。なおいずれについても炎上したという報告はない。

2014年に入団したものの、古賀や松本といった後続に押され目立った実績を出すことができず伸び悩んでいた山川だったが、どういうわけかいつの頃からか投手への転向を進めていたのだった。それ故に戦力外通告を受けた選手の中に彼の名前があったことに「一度育成に落として本格的に投手転向を目指すのだろうな」といった程度の感想しか抱かなかった。しかし、一向に期待するような情報は入らず、本人も現役続行を迷っているとのコメントを出し、せっかく新たな芽を出しかけた種を潰してしまうのかと思っていたところでヤクルトの秋季キャンプの映像の中に3桁の背番号をつけた捕手姿の山川を発見、そしてトライアウト当日に問題の表記を目にすることとなる。

畳み掛けるように異彩の暴力は続く。流石に現地まで赴くわけにはいかずテレビ中継を見ていると、なんと投手1番手として山川がマウンドに上がった。結果は打者3人を相手に見事な制球力で2つの三振を奪い三者凡退。続く元ヤクルト・村中らと比べればまだまだ球の勢いも足りず発展途上という印象を感じさせつつも見事な成績を見せつけた。投球を終えた後、山川は初めに捕手を務めた元中日の杉山に替わって捕手を務める場面も見せた。捕手も務めるということはもちろん野手として打席にも立つということであり、登板を終えた山川はまず同じ元ヤクルト・沼田がマウンドに上がっているところで打席に姿を現した。規定の4打席は1本の安打を放ってすべて午前の部で終えたが、午後も他の捕手登録の受験者と交代しながら守備についた。投球・打撃・守備とまさにフル回転。あいにくファン歴も浅く、ましてやトライアウトの歴史については全くと言っていいほど知識がないのであまりどうこう言える立場にないことは重々承知しているが、過去にこれほどの異彩を放つ受験者はいたのだろうか。投手と捕手という全く異なるポジションをこなし、ポテンシャルの高さをアピールした山川は個人的に今回のトライアウトにおけるMVPであると思っている。その内容にはまだ物足りなさや荒削りな点も決して少なくはないが、無限の可能性を秘めたまだ若い種である。是非ともどこかの球団との縁が結ばれ、異彩の『二刀流』として活躍する姿を見たいものである。

…本音を言えばヤクルトにもう少し育てておいて欲しいところであるがこういう境遇になってしまった以上は叶わない願いというものである。

「本来ここにいるべきでない」選手の『全力プレー』と彼の見せた『輝き』

実況・解説も「何故彼がここに?」と言った。先にも触れた元中日ドラゴンズ、亀澤恭平選手だ。戦力外通告後は海外での教育事業や飲食店経営など『ファンキーなことをしたい』と夢を語り、現役を続行するのか心配されていたが、後にトライアウト受験を表明し、当日は球場に1番乗りで現れたという。アピールポイントとして記入した『全力プレー』の5文字の通り5度の打席で2安打を含む4度の出塁(なお最初の打席は今回唯一の死球。これによっていい意味で力が抜けたのかも知れない…)、守備面でも二塁手として安定感のある活躍を見せた。代名詞であるヘッドスライディングも第4打席後の盗塁で披露し、見事盗塁を成功させてみせた。

解説の田尾氏を困惑させるほどの活躍を見せた亀澤だが、私が思った彼の『輝き』は別のところにあると思う。それは、一度トライアウトを経験した某選手が「もう二度と行きたくない」と評した場でも亀澤は普段と変わらぬムードメーカーであった、ということに尽きる。中継を見ていて印象的だったのは、全受験者の登板・打席を終えスタンドへ挨拶へ向かう際に他球団からの受験者を労うように声かけをしながらベンチを出る姿と、挨拶を終えベンチに戻ってからも誰よりも長く頭を下げ続けていた場面だった。その後現地に赴いていたファンが撮った写真がTwitterなどにアップされ出すと次々と亀澤「らしい」写真がタイムラインに流れてきた。最初の打席で死球を与えてしまった元楽天・西宮へ「気にするな」と笑顔を見せる姿、大学・独立リーグの後輩である元西武・松本へまるで試合中にするかのような声かけをする姿、元チームメイトと談笑する姿、その他キリがないほどだが、それほどに亀澤の姿はプレー中もプレー外でも一際輝いていた。ソフトバンクホークスでの育成時代に叩き込まれ、全体的に精度の高い守備の中日ドラゴンズで鍛えた守備はもちろんのこと、俊足という武器を持ちさらには内部からさえも「暗い」「活気がない」とまで評される中日でチームを盛り上げるムードメーカー。その人間性からいわゆる『贔屓球団』を問わず数多くのファンを惹きつける亀澤の存在は必要不可欠なものだと思うのだが、どうにも2019年より始まった与田政権とは馬が合わなかったようである。彼が持つ本来の輝きを見せることができないまま若手の台頭などに押され、本来いるべきでないトライアウトの場に立つことになってしまった。そして皮肉にもそのトライアウトの場で今年1年分の輝きを放つかのような活躍を見せ、その存在をアピールした。きっと今頃手放したことを後悔していることだろう、と腹黒い感情すら湧き上がったがそれは一旦置いておこう。

『推し選手』であるが故にどうしても贔屓目が入ってしまうので我ながら説得力のない文章だなぁとは思うが、田尾氏も評したように、『全力プレー』で挑んだ亀澤は技術では誰よりも頭一つ抜けていたし、トライアウトという選手生命が懸かる場面にありながら普段と変わらないありのままの姿で、誰よりも輝いていたように見えた。

本人は「自分は年齢がネック」と言うが、まだまだこれから中堅の31歳。彼の実力も人間性もまだまだプロ野球界には欠かせないものだろうと私は思う。

『最終決戦』を終えた選手達へ

冒頭に述べた通り、トライアウトの合格率はわずか6%にも満たない。数多くのファンの他にNPB内外を問わない数多くのチームのスカウトが詰めかけるその会場の雰囲気はさぞや異質なものであろう。当然この日の結果だけが評価されるわけではないが、きっとその異質な空間で思うようなパフォーマンスを発揮することができず狭き門をくぐりそこねる選手も多く現れることだろう。プロ野球人生の『最終決戦』とも言われるトライアウトを終えた選手達に今後どのような道が開かれるかはわからないが、一人でも多くの選手に『最終決戦』の先にある追加シナリオが与えられて欲しいものである。

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