引用元↓ 渡邉洋次郎さん『自分は相手のことを何も知らないのに,「私たちは対等です」「人と人としてつながっています」と言われ,「正直に何でも話してください」,「しんどいことを話してください」,とたずねられても,私自身には素っ裸にされるような怖さがありました。』 支援者あるある。 支援者はどう足掻いても「対等」にはなれない。 対等であろうとする意識は大切。 これは本当に重要。 しかし、相手側からしたら、施設の人、病院の人、有資格者など何かしらの地位・肩書きがあると対等
体がだるい。疲れているな。
精神障害の地域支援。 皆さん大なり小なりピンチな内容。 基本、否定はせずに聴くに徹する。 しかし、とある言葉に否定というか思いを伝える場面があった。 「私が弱いからいけないんだけど…」 それは違う。 弱さを言える、辛さが言える、死にたいて言えるは『弱い』とは違う。 強さとも違うんだけど… そう伝えると、ご自身の過去を話し始める。 弱い自分も「私である」。 何よりそんな自分を否定しているのは誰よりも「私」だったりする。 そんな話を共有していく。 話を聴く
働かない=怠ける=自立できていない …働くは「賃金を得る」ことを指していることがあり、つまりは自分の飯代ぐらい稼いでやっと自立、なんて話はちらほら聞く。 支援者もしかり、何より病気・障害の当事者さんからも聞かれる、 自立=働くこと。 そうでもあるんだけど、 そうじゃないなと最近はつくづく思う。 自立は、働くこと【も】ひとつ。 自立は自分の「いい感じの私」を理解して生活していくことなんじゃないか、と思う。 仕事していて「いい感じの自分」になれるならそれも良し。
最近、解離性障害の方と話すことが多い。 プラチナマニュアルも読みつつ、 Shrinkの解離性障害の回を合わせて読む。 うんうん… そうだよな… 日々勉強だ。
利用者さんと歩く。 もう10月が終わるというのにね。 本当だよ。 木陰の涼しさを感じつつも 見上げた先の木漏れ日は眩しかった。
複数の掛け持ち非常勤。 どこかもう行きたくないという職場はいくつかある。 クビを切れる立場にあるのに残してくれている、ということもあるので非常勤の立場としてはありがたいもの。 それに囚われて、 辞めたくても辞められない自分がいるのかも。 この間驚いたのは年1の契約更新だったんだけど、今回の更新では期間の終わりが書いてなかった。 ある意味、居たければずっと居ても良い、という契約書。 利用者さんから好かれているから辞めるつもりはないが、他のやりたいことと重なるのでいつ
職場の人がひとり長期休みに。 ちょっと大変な半年だったんだ…。 私の力は微々たるもの。 でも出来ることはある…。 対象者は当事者さんでも患者さんでもない。 目の前の何かに困った人なんだ。
ナルコレプシー。 突然寝てしまう病気。 職場の当事者先輩職員がそうだったり、入院患者さんで見かけたりしたが、オレキシンが由来だとは知らなんだ…。 精神疾患ではあるが、体由来の病気だとわかる。 そう、精神疾患は気持ちの問題でなる病気じゃない。 れっきとした体の病気なんです。 https://youtu.be/xCc83I9dD-A?si=39kxjjDewgp3HfIi
ふと自分の経歴を照らし合わせてみる。 どうやら実務者研修を終えたら介護福祉士が取れるかもしれない。 他にある国家資格で仕事できているので、 どうしても欲しい訳では無いが、 「福祉士」にはちょっと憧れている。 だけど、何十万もお金を出して学校に行くには少し覚悟がない。 ただ、介護福祉士を取ると自分がやりたいなと思うビジョンがやれそうな気もする。 10万円足らずの学校で修了して終われる(学校に通う意味で)ならその選択肢はあり、だな。 後々取らないと…となるなら今のう
急遽の仕事が急遽なくなる。非常勤掛け持ちのこまりごとよのぉ。
三連休最終日なんだ。
依存症やらなんちゃらメンバーやらで盛り上がっているんだか、なんだか。 犯罪は犯罪。 病気は病気として分けて考えないと、と思う。 やったことは許せとは言わない。 ただ、もし病気だとしたらちゃんと治療をしようよ、て話。 なかなか依存症や精神疾患は理解されにくいからね…
今まで病院、地域福祉、事業立ち上げ手伝い、病院内のプロジェクト立ち上げなどを経験してきたおかけで… とは言え、言葉自体はすごいけど、内容は薄っぺらだったり、かじる、いや舐める程度しかやってないので、そんなにすごかないけど、経験は経験なので今の地域福祉の場での仕事が地味に経験として活きている。 またいろんな所にいたおかげで人との繋がりもありがたい。 だからと言ってそれにあぐらをかくなよ、自分。 頑張ろう…。
久しぶりの休みを堪能中。ただゴロゴロ、ゴロゴロ。