古典ギリシャ語動詞変化まとめ 1 παιδεύω

この新しい連載では、約50語の動詞を通じて古典ギリシャ語の動詞の変化の基本的な規則やパターンを身につけることを目指します。

基礎の基礎を確実にマスターするために、完璧を狙わず、いくつか思い切った取捨選択をしています。
・法としては、直説法のみを扱い、接続法・希求法・命令法は扱わない
・時制としては、現在・未完了過去・未来・アオリスト・完了のみを扱い、過去完了・未来完了は扱わない
・数としては、単数・複数のみを扱い、双数は扱わない
・不定詞は扱うが、分詞・動形容詞は扱わない

ぼく自身が入門者ですが、同じような学習者の役にも立つのではないかと思っております。
アオリストとはなにか、などの説明は割愛しますが、適宜以下の3冊の入門書への参照をつけています。

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初回は、最も簡単な動詞の1つといえる παιδεύω です。

παιδεύω 教育する (動詞幹 παιδ‧ευ-)

動詞幹とは、すべての変化形のもとになる語幹です。ここからさまざまな時制幹[時称幹]が作られて、さらにそこからさまざまな変化形が作られます(水谷 §29、チエシュコ p. 124)。

この記事では能動態のみを扱うので、出てくる時制幹は、現在幹・未来幹・アオリスト幹・完了幹の4つです。これらからできる、5つの時制における直説法の活用形と不定詞のみを挙げています。この34の語形を、ひとまず覚えていきたいと思います。
(中動態と受動態はシリーズの中盤以降で登場します。)

現在幹 παιδ‧ευ‧ε/ο-

能動態現在 παιδ‧εύ‧ω, παιδ‧εύ‧εις, παιδ‧εύ‧ει, παιδ‧εύ‧ο‧μεν, παιδ‧εύ‧ε‧τε, παιδ‧εύ‧ουσι(ν) / παιδ‧εύ‧ειν
能動態未完了過去 ἐ‧παίδ‧ευ‧ο‧ν, ἐ‧παίδ‧ευ‧ε‧ς, ἐ‧παίδ‧ευ‧ε(ν), ἐ‧παιδ‧εύ‧ο‧μεν, ἐ‧παιδ‧εύ‧ε‧τε, ἐ‧παίδ‧ευ‧ο‧ν

未来幹 παιδ‧ευ‧σε/ο-

能動態未来 παιδ‧εύ‧σω, παιδ‧εύ‧σεις, παιδ‧εύ‧σει, παιδ‧εύ‧σο‧μεν, παιδ‧εύ‧σε‧τε, παιδ‧εύ‧σουσι(ν)  / παιδ‧εύ‧σειν

第1アオリスト幹 παιδ‧ευ‧σα-

能動態第1アオリスト ἐ‧παίδ‧ευ‧σα, ἐ‧παίδ‧ευ‧σα‧ς, ἐ‧παίδ‧ευ‧σε(ν), ἐ‧παιδ‧εύ‧σα‧μεν, ἐ‧παιδ‧εύ‧σα‧τε, ἐ‧παίδ‧ευ‧σα‧ν / παιδ‧εῦ‧σαι

第1完了幹 πε‧παιδ‧ευ‧κα-

能動態第1完了 πε‧παίδ‧ευ‧κα, πε‧παίδ‧ευ‧κα‧ς, πε‧παίδ‧ευ‧κε(ν), πε‧παιδ‧εύ‧κα‧μεν, πε‧παιδ‧εύ‧κα‧τε, πε‧παιδ‧εύ‧κᾱσι(ν) / πε‧παιδ‧ευ‧κέ‧ναι

個々の語形については、基本的には暗記しましょうというほかないのでしょう(現在:水谷 §§28, 32、堀川 pp. 18, 153、チエシュコ p. 130。未完了過去:水谷 §37、堀川 p. 138、チエシュコ p. 132。未来:水谷 §§28, 32、堀川 pp. 131, 153、チエシュコ p. 137。第1アオリスト:水谷 §§38-39、堀川 pp. 144, 153、チエシュコ p. 139。第1完了:水谷 §161、堀川 pp. 210, 213、チエシュコ p. 145)。

アオリスト幹が加音(水谷 §34、堀川 p. 139、チエシュコ p. 125)を含まず、アオリスト不定詞などには加音がつかない(水谷 §39、堀川 pp. 153-155、チエシュコ p. 138)のに対して、完了尾幹は畳音[重複](水谷 §160、堀川 pp. 210-212、チエシュコ pp. 145, 150)を含み、完了不定詞などにも畳音がつくことを確認しましょう。

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古典ギリシャ語の勉強を始めたころ、アクセントの位置がとても不規則に見えて、これを全部丸暗記しないといけないのかと絶望したことがあります。幸いなことに、そんなことはないので、ここから動詞の変化におけるアクセントについて書いていきます。

まず、この連載ではアクセントを見やすくするためにアクセントの位置を太字で表しています。

εῦ などの曲アクセントは前半が高く後半が低いことを意味する(水谷 §9.4、堀川 p. 16、チエシュコ p. 25)ので、εῦ と書いています。

εύ などの鋭アクセントは前半が低く後半が高いことを意味するというのが定説のようなので、εύ と書いています。鋭アクセントの発音については堀川先生のこちらのツイートをご参照ください。

次に、アクセントの話をするときの母音の長短についておさらいします。(韻律の話をするときの音節の長短とは関係ありません。)

基本的には短母音が「短い母音」、長母音と二重母音が「長い母音」でいいのですが、二重母音のうち、語末の -οι, -αι に限り「短い母音」扱いになります(水谷 §10、堀川 p. 53、チエシュコ p. 141)。
(「語末の -οι, -αι」であって「語末の音節の οι, αι」ではないので、例えば -οις で終わる単語の οι は普通に「長い母音」扱いになります。)

次に、古典ギリシャ語におけるアクセントの規則をまとめます。

[規則A] アクセントは、語末から3音節以内につく。(水谷 §8、堀川 p. 53、チエシュコ p. 24)

[規則B] アクセントがつく音節の母音が短い場合、そのアクセントは必ずアクセント(またはアクセント)である。(水谷 §9.4、堀川 p. 53、チエシュコ p. 25)

[規則C] 語末から3音節目につくのはアクセントのみで、語末の音節の母音が短い場合に限る。(水谷 §§9.2, 9.4、堀川 p. 53、チエシュコ p. 26)

[規則D] 語末から2音節目の母音が長くそこにアクセントがつく場合、語末の音節の母音が短いならば、その(語末から2音節目の)アクセントは必ずアクセントである。(堀川 p. 54、チエシュコ p.26)

[規則E] 語末から2音節目にアクセントがつく場合、語末の音節の母音が長いならば、その(語末から2音節目の)アクセントは必ずアクセントである。(水谷 §9.4、堀川 p. 53、チエシュコ p. 26)

これは動詞に限らず古典ギリシャ語全般に成り立つ規則です。一読して、分かるような分からないようなという感じかと思いますが、それもそのはず、この規則だけからは、アクセントの位置は一意に定まりません。

動詞に関しては、以下の2つを覚えておくと一気に楽になります。

[規則F] 一般に動詞の変化形のアクセントは「後退的」である。つまり、アクセントの規則が許す限り語末から遠ざかろうとする。(水谷 §28、堀川 p. 138、チエシュコ pp. 130-131)
[規則G] アオリスト不定詞と完了不定詞のアクセントは、語末から2音節目につくことが多い。

規則Gはぼくが勝手にでっち上げた原則ですが、中動態第1アオリスト不定詞(後退的アクセント)と、能動態第2アオリスト不定詞(語末の音節に曲アクセント)を除けば成り立つものと思っています。

このほか、規則Gと一部かぶりますが、-ναι で終わる不定詞のアクセントは語末から2音節目につくということも覚えておいていいかもしれません(μι動詞の現在不定詞など)。

では具体的にこれらの規則を使ってアクセントを当ててみましょう。παιδευω のアクセントを忘れてしまったとします。動詞の変化形のアクセントはアクセントの規則が許す限り語末から遠ざかろうとする(規則F)ので、とりあえず極限まで語末から遠ざけてみて、そこから語末に近づけて、どこなら許されるかを探ります。

✗ παῖδευω:語末から3音節目に曲アクセントはつかない(規則C)
✗ παίδευω:語末の音節の母音が長い場合、語末から3音節目にアクセントはつかない(規則C)
✗ παιδεῦω:語末の音節の母音が長い場合、語末から2音節目に曲アクセントはつかない(規則E)
○ παιδεύω

というわけで、παιδεύω だと分かります。

同様に παιδευομεν のアクセントはというと、

✗ παῖδευομεν:語末から4音節目にアクセントはつかない(規則A)
✗ παίδευομεν:語末から4音節目にアクセントはつかない(規則A)
✗ παιδεῦομεν:語末から3音節目に曲アクセントはつかない(規則C)
○ παιδεύομεν

ということで、たまたま ευ に鋭アクセントがあるというのは同じですが、理屈は違っているということになります。

最後に規則Gの例を見ておきましょう。

これは簡単で、能動態アオリスト不定詞 παιδευσαι と能動態完了不定詞 πεπαιδευκεναι は、語末から2音節目にアクセントがつくことになります。

πεπαιδευκεναι は、母音 ε が短いので必然的に鋭アクセントになり(規則B)、πεπαιδευκέναι です。

παιδευσαι は、語末の二重母音 -αι は「短い」ので、規則Dにより曲アクセントになり、παιδεῦσαι です。

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能動態アオリスト不定詞 παιδευσαι と能動態完了不定詞 πεπαιδευκεναι の2つを除けば、今回出てきた語形はすべて「後退的アクセント」になります。改めてアクセントの位置を確認してみましょう。

能動態現在 παιδεύω, παιδεύεις, παιδεύει, παιδεύομεν, παιδεύετε, παιδεύουσι(ν) / παιδεύειν
能動態未完了過去 ἐπαίδευον, ἐπαίδευες, ἐπαίδευε(ν), ἐπαιδεύομεν, ἐπαιδεύετε, ἐπαίδευον
能動態未来 παιδεύσω, παιδεύσεις, παιδεύσει, παιδεύσομεν, παιδεύσετε, παιδεύσουσι(ν)  / παιδεύσειν
能動態第1アオリスト ἐπαίδευσα, ἐπαίδευσας, ἐπαίδευσε(ν), ἐπαιδεύσαμεν, ἐπαιδεύσατε, ἐπαίδευσαν / παιδεῦσαι
能動態第1完了 πεπαίδευκα, πεπαίδευκας, πεπαίδευκε(ν), πεπαιδεύκαμεν, πεπαιδεύκατε, πεπαιδεύκᾱσι(ν) / πεπαιδευκέναι

ぼく自身、まだ変化形をちゃんと覚えられてはいないのですが、何度も唱えてカラダに入れるというのと、アタマで規則を確認するというのを繰り返して、身につけていきたいと思っています。そのためにたくさんの実例で練習したいと思ってこのシリーズを始めました。

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動詞幹・時制幹と主要部分

最後に、まだ出てきていないものを含めたすべての時制幹と、動詞の主要部分(水谷 §189)と言われる6つの活用形を挙げておきます。

動詞幹 παιδ‧ευ-
チエシュコ タイプ1(p. 130)
1. παιδ‧εύ‧ω 能動態現在 1人称単数
(現在幹 παιδ‧ευ‧ε/ο-)
2. παιδ‧εύ‧σω 能動態未来 1人称単数
(未来幹 παιδ‧ευ‧σε/ο-)
3. ἐ‧παίδ‧ευ‧σα 能動態第1アオリスト 1人称単数
(第1アオリスト幹 παιδ‧ευ‧σα-)
4. πε‧παίδ‧ευ‧κα 能動態第1完了 1人称単数
(第1完了幹 πε‧παιδ‧ευ‧κα-)
5. πε‧παίδ‧ευ‧μαι 中動態完了 1人称単数
(完了中受動幹 πε‧παιδ‧ευ-)
6. ἐ‧παιδ‧εύ‧θη‧ν 受動態第1アオリスト 1人称単数
(第1アオリスト受動幹 παιδ‧ευ‧θη-)

最終的には、動詞の主要部分を見ただけで、それが何を意味しているかを理解して、他のすべての変化形をすらすらと言えるようになるのが目標です。そうなれば、あとは1つの動詞あたりたった6つの語形を覚えるだけでいいことになります。残念ながらそのためには乗り越えるべき壁がいくつもありそうなので、当面は実際に個々の変化形を見て、口に出して、基本的な規則をおさえていこうと思います。

(なお、時制幹の数についてコンセンサスがあるわけではないようです(例えば水谷 §176 には「中・受動相未来完了」の「時称幹」が出てきます)が、ここでは、現在幹、未来幹、(第1・第2・第3)アオリスト幹、(第1・第2)完了幹、完了中受動幹、(第1・第2)アオリスト受動幹の10種類としています。
これは、第2・第3アオリストを分けることを除いて、Smyth §368 に従っています。)

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初回なのでだいぶ長くなってしまいましたが、次回以降はもう少しさくさくやっていきたいと思います。

ぼくの理解が整理されることでこの記事の役目はすでに果たされているともいえますが、古典ギリシャ語の学習者の方々にとっても、なにかの参考になればうれしいです。また不適切な記述等ありましたら、ご指摘いただけるととても助かります。

連載の一覧はこちらです。

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(おまけ)語学は声に出さないことにはしょうがないので、声に出して録音してみました。


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