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【ケンとラッキー 言葉のない世界】

《ケンとラッキー》

ケンは口頭ガンの手術で50歳を
過ぎた時から言葉を失った。
この後は今までお勤めしていた会社を辞めて
奥さんとインターネット商店を開業中。
何とか商売は軌道に乗ってきたが
言葉の無い世界は寂しい。
最近のケンは寂しさをまぎらわすために
お酒の量が増えている。
奥さんも目一杯ケンさんと話題つくり。
しかしテレビの番組もスポーツも
もう一つ趣味が合わないので困惑中。
ある日ケンさんは奥さんの運転手として
リビングコープにお買い物。
奥さんの買い物はいつも1時間以上かかっちゃう。
暇つぶしにお店の中をうろうろしていると
ペットショップが目にとまった。
3段になったショーケースの中で
ワンちゃんやネコちゃんがごろごろ。
一番上の段の左端に
目の大きなたれ耳のワンちゃんが
ケンをじっと見ている。
他の犬よりニ回りほど大きい。
ケンもかわいいなと思って見ていると
ワンちゃんが潤んだ目をしながら
必死に「私を買って!」と
哀願しているように思えた。
なぜかワンちゃんは口をつむったまま
目だけでうったえている。
ひょっとしたらこのワンちゃんも
言葉を無くしているんだろうか。
値札を見ると何とすご~く安い。
犬種はキャバリアのメスで生後6ヶ月。
ケンは無性にこのワンちゃんが
いとおしくなっちゃった。
携帯電話から奥さんに緊急メール発信。
しばらくすると奥さんがペットショップにやってきた。
ケンは奥さんに携帯電話のメモ機能を使って
あのワンちゃんを飼いたい希望を伝えた。
奥さんもケンさんからそう言われて
ワンちゃんを見ていると
ケンさんと同じ気持ちになっちゃった。
二人は目と目を合わせてOKサイン。
奥さんが店員さんを呼んで
そのワンちゃんをケースから出してもらって
ケンさんがだっこするとケンさんの鼻にキッス。
店員さんが「このワンちゃん今まで愛想が悪くて
値段を下げても売れなかったのにどうしたのかしら」と
首をかしげている。
購入決定!名前は「ラッキー」とした。
それからは、ラッキーがケンさんのお友達。
お仕事中はもちろん散歩も寝るときも一緒。
ケンさんの心の友ができてからは
お酒も週末だけになる。
あれから2ヶ月ほどして奥さんがケンさんに
「ずっと気になっているんだけど
ラッキーの鳴き声聞いたことがないけど
ケンさん聞いたことある?」と問い合わせ。
そう言われると聞いたことがない。
お店で感じたとおりケンさんと同じ言葉のない世界で
生きているのかもしれない。
また奥さんが「ケンさんの意思が
どうして上手くラッキーに伝わるのかしら?」と
小首をかしげている。
その答えはアイコンタクトとタッチコンタクトということを
ケンさんは知っている。
目は口ほどにおしゃべりで
手の温もりは心の状態を柔らかく伝えてくれる。
ラッキーも大きな瞳とボディーランゲージで
気持ちを目一杯伝えてくれる。
奥さんとは銀婚式を無事に向かえた25年の信頼感で
ラッキーとはラッキーの持っているいやし系フェロモンで
ケンさんもこれからの言葉のない世界を
一人ぼっちですごさなくてすむんだね。

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