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読書「神の捌きと訣別するため」 by アントナン・アルトー (宇野邦一 訳)


金沢21世紀美術館の展覧会「コレクション展2 電気と音」での招待作家さんである涌井智仁さんの作品「MONAURALS /夜の身体と残酷(あるいは、距離と距離のテクノロジー群に関係したドラマの再構成、または1300m後のメッセージの可傷性について、つまるところ、せいしは失わなければいけない) のベースになっているのがこの本です。

いや、しかし、作品タイトルが長すぎるぞよ>>涌井さん

フランスの詩人であるアントナン・アルトーが大腸癌で亡くなる直前に書いたラジオドラマ「神の裁きと訣別するため」・・・この録音テープと、その元になってる詩集の本が展示室に置かれており、大きなスピーカーから大音響でこのラジオドラマを編集し、作家が新たな音声を追加する形での音響作品。
言語はフランス語なんで、その意味するところはよくわからず、ただ、声って演説みたいな口調だったり、いきなり絶叫したり、間にシロフォン(木琴)の音があったり・・・確かに言葉がわからなくても、全体として「呪い」「狂気」だなってのは受け止められます。

元となった本・・・ちらっと展示室で何ページかパラパラと読んで、「あ、これって、むっちゃヤバくね?」という第一印象と強烈な「罵り」と「呪い」と「意味不明」が並んでいて、やばい!と同時に「全文を読んでみたい」という気持ちにさせられて・・・
Amazonをのぞいてみると、お手軽な古本価格だったので、ポチッと買ってみたわけです。

図書館で借りて読もうか?ってチラッと思ったんだけど、手に入れたいって思った時はまだ「1月に仕事が休みになってしまう」事態なんて(つまり、元旦の地震)、想像だにしてなかったから、図書館に行く時間ないしなぁって思ったのもあって・・・
最近、Amazonの配達はコンビニ受取しやすくなったんで、割と気軽にポチってできますね。

さてさて・・・読み終わりました〜!
以前、チラッと、美術館の人に「あの本買ってみたんです」って言ったら「あれって、もってかれるよ〜」って言われたんですが・・・
まさに、この本、「魔力」はんぱないっす!!
気持ちもってかれます・・・とにかく、強烈でした。
これ、訳した人、マジでお祓いした方がいいかもしれないです。
呪いのビデオってのが、巷で流行ってますが、まさに、「ホントにあった呪いの本」だと思う・・・

いや、確かに、アントナン・アルトーって詩人は「身体」にものすごく執着のあった人なんだと思う。生きること=糞を出すこと・・・みたいな、とにかく、冒頭から「糞」とか強烈な言葉が並ぶし、まともに意味を考え出すと、めっちゃヤバい精神状態になってしまいそう・・・
かといって、「もう読まない」にならないんですね〜、すごく惹きつけられる・・・じゃないな、無視できなくなる・・・ってのが正しいかも。
無視できないんですよ、怖くて嫌で、それこそ「胸糞悪くなる」ばっかりなんですが、怖いもの見たさっていうのかな・・・
自分が精神的に弱ってたら、持っていかれてしまう・・・まさに、四の五の言わさず乱暴に掴まれて持っていかれてしまう・・・そんな「言葉」がいっぱいでした。
ゴッホの狂気ってこんなんだったんだろう・・・か。
アントナン・アルトーってゴッホのことについても語ってるそうなんだけど、とにかく、身体って皮を皮膚を一枚剥いだら、そこには血と肉と糞・・・のどろどろしたものであって、それを人は、鉄と炎で武装して「見えないもの」を罵倒しながら進んでいく・・・それは「神の裁きと訣別するため」だと。
この一文が強烈に頭に残りました。

叩きつけるような呪詛にも似たどろどろしたもの、精液だ、糞だ、糞尿だって、まぁ、すげぇ言葉をパンパンパンと短文で押していく強さ・激しさ・・・
その中にある闇

あれ?   東京のギャラリーで見た、私の知らなかった「カプーアの新作」と重なる気がした。皮膚の下にあるものは、血だらけのドロドロしたものと滴り落ちる体液と闇・・・ああ、なんか私の中では、二人の全然違う作家同士が繋がった〜っていう印象で落ち着いた気がする。
私はカプーアの作品に惹かれるんだけど、この涌井智仁さんの作品から知った「音響作品」の持つ迫力とドロドロしたもの、そして闇から聞こえてくる絶叫と音の洪水にも惹かれる・・・

自分自身が何に惹かれるのか・・・の根っこに、この作品もあるのかもしれない。

とはいえ、もう一度読みたい・・・とは、今は思わないんだけど・・・

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