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古き軒端に偲ぶなら

 沼津駅に入線する御殿場線の列車はたいてい5番線か6番線に入線する。しかし今日松田駅から乗った列車は珍しく2番線に入線した。東海道線の下りホームである。しばらくすると隣のホームに「新車」をつないだ熱海行きが入ってきた。私が乗ってきた列車も熱海行きの列車もステンレスの車両で比較的新しいが,転入してきたばかりの熱海行き列車の屋根に沿うプラットフォームの成型スレート葺の上屋の軒端には古風なギザギザの歯のような木製の飾りが並ぶ。
 これは明治時代に日本に洋風建築が移入されてきた建築物に見られる化粧軒である。

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 日本の鉄道も明治中期まではレールから機関車まで殆どが欧米からの輸入品で構成されたから,建築物も同様に欧米の仕様を受け継いでいた。しかし文明開化の日本に鉄道が輸入されてから150年,化粧軒を持つプラットフォームのある駅は既に希少の存在である。まさか自分の家から1時間程で辿りつけると知ったのはつい最近の事だった。
 しかしこれも現在施行中の連続立体交差事業で早晩見られなくなる。
 ちなみにこの化粧軒の見られるプラットフォームは沼津駅の3本あるうちの東海道線上りホームとして使用される2番ホームの,4番線の一部東京方寄りと3番線のみである。

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 2番ホームの3・4番線の軒端は同一の木で出来た小屋組みの屋根で覆われるが,両方とも残っていないのが興味深い。駅本屋に近い側の1番ホームにも東京方寄りに木造の屋根が見られるが化粧軒はない。これには大正15年の沼津大火と昭和8年に施行された丹那トンネル開通に伴う構内改良,昭和20年7月の沼津空襲による影響かもしれない。3番ホームは御殿場線用ホームだがこちらは殆ど古軌条で組まれたY字柱の近代的な上屋で,1番ホームの中心も古軌条が使用されるが山形屋根で,両ホームにはラチス桁が使用されるものの1番ホームのものは戦後仕様の貧相なものである。
 こうして見ると,開業後百三十余年を過ぎた駅のホームにもそれぞれ一様ではない履歴がある(つづく)。


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