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北海道のフライフィッシング 「おいっ!」の淵の川で危うく遭難しそうになる 第2章『「おいっ!」と私を呼ぶ川』

     
             全5話
第1話
 さて、帰る時刻は刻々と迫ってきています。急いで上流に向かいました。
 
 道路はアスファルトからバラスに変わり、いよいよ森の中です。ハンドルを慎重に握り、ゆっくり進むと車停めが見えてきました。
 お義父さんに
「この辺りに停めましょうか?」
と聞くと、
「もうちょっと上流へ行こう。」
と、いつもは私の提案になんでも同意するお義父さんが、珍しく主張しました。
 お義父さん、なんだかやる気いっぱいのようです。

 時間的に、ここでの釣りが最後の釣りになると思われる場所まで上り、車を停めました。

 林道から川へ向かって道を下ると、途中でこの川の治水について説明をした掲示板がありました。こんな分かりやすい物があれば目印になるでしょう。その掲示板を横目に、さらに下ると、果たして見事な渓流が見えてきました。

 探していた渓相です。期待に胸がふくらんできました。

 早速、入渓する際にはいつもやるように、お義父さんが羆除けの爆竹を取り出し
「いくよ~。」
と、マッチを擦りました。
 爆音が渓流に響き渡り、続いて火薬の煙が川面にたなびきました。煙は川の流れとは無関係に長くゆっくりと上流へ向かって伸びてゆき、まるで風の流れを見せてくれたような気がしました。
 さて、先程、入渓地点に目印をつけずに入渓したために、脱渓に苦労したにも拘らず、
「これだけ大きく開けた入渓地点、しかも林道への道も見えていたらなら見失うことはあるまい。」
と判断して、またしても木にリボンの目印をくくりつけず、私達は爆竹の煙を追うようにして釣り上がりました。

         
第2話
 残り時間はあと1時間足らずです。入渓した地点へ戻って脱渓するため、あまり上流へ行き過ぎるのは時間的に危険です。帰りの飛行機に間に合わなくなることだけは避けなければなりません。
 とにかく、大物がいそうなポイントだけロッドを振ることにしました。
 振りたくなるのを我慢しつつ、ずんずんと上流を目指して行きました。

と、ふいに後ろで
「おいっ!」
と誰かが私を呼び止めました。 
 振り返りましたが、誰もおらず、足元を見るとすぐ後ろが淵になっていました。

「ん?」
 今、この淵をやり過ごしたことは分かっていました。この淵に限らず、これまでの経験では淵は釣れないことの方が多かったので、
「ここではロッドを振らないでおこう。」
と判断したうえで通り過ぎた淵でした。

 さて、今私を呼ばわった声はお義父さんのものではありません。
「なんだ。気のせいか。」
と思いましたが、思わず振り向いてしまうほどはっきりとその声は聞こえたのです。
           

第3話
 少し思案した後、
「今の声は、この淵で釣りなさい!という意味かもしれない。」
と都合のいいように解釈し、淵の流れ込みへ無造作にフライを落としてみました。
 すると、いきなりガバッとフライを咥え、たちまち潜っていくのが見えました。
「何だ今のは?」
 腕は自然に反応してフッキングしていました。

 いや、フッキングしたように思いました。
「よし、淵ならば逃さないぞ。」
と思ったとたん、ラインはうんともすんとも動かなくなりました。
「どこかへ潜って引っかけたかな。」
と思いました。根掛りと同じ状態です。
「確かに魚の顔がみえたのになあ。」

 いくらロッドをしゃくっても完全に根掛り状態です。
 
 そのうち、
「さっきのは魚じゃなくて、フライが流れに吸い込まれて川底の岩か流木に引っかかってしまったんだな。」
と思うようになりました。
            

第4話
 このままいくらロッドをしゃくってもロッドを折ってしまっては大変だと思い直し、ロッドを置いてラインを手で引っ張って回収することにしました。

 引っ掛かったであろうところから、ラインが直線になるように立ち位置を移動して、手で直接引っ張り始めました。
 当然うんともすんともいかないはずなのに、ラインを引っ張ることができました。
「うん?どういうことだ?」
 さっきまでの根掛りがほどけたようにラインを手繰り寄せることが可能になりました。
「やった!ほどけた!」
 これで、フライを無事回収することができます。
 
 どんどん回収し、ラインはリーダーになりました。
「それにしても何だか重たいな。」
 根掛りはほどけ、あとはフライだけのはずなのに重いのです。何かを引っ掛けたまま引きずっている感じです。
            

第5話
 いわゆる「地球を釣った状態」から解放され、すいすいとラインを回収したまでは良かったのですが、ラインからリーダーになった辺りで何だか流木のような物を引きずっている手応えを感じました。

 しかもこの流木は、流れのせいか踊っている感じです。枝が流れに翻弄されるのか、時折ぐぐっと引っ張られ、まるで魚がかかったような手応えです。
 
 リーダーの先に流木らしき物が見えてきました。
 しかし、それは魚の形をしています。
「まさか。」
 引っ張り上げると、尺まではいかないにしても、ここ数年お目にかかったことのない大きなサイズの虹鱒です。
 
 釣れたと思ったら根掛りで、根掛りと思ったら釣れていたということです。
 まさに狐につままれたような感じでした。

 あまりの嬉しさに、残り時間がもう僅かであることは頭の隅に押し込んで釣りに没頭してしまったのは、釣り人の性というほかありません。

 このできごとは、私をこの川の虜にするには十分でした。

『「おいっ!」と私を呼ぶ川』
           完

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