見出し画像

「鬼滅の刃」原作とアニメを視聴しての、個人的な考察

世間的に大ヒットを遂げ、現在もメディア展開等で
話題性が絶えないジャンプ作品「鬼滅の刃」だが、
原作の漫画と、2022年現在、アニメで放送された
所までを観て、個人的に気になって考えた所が
あるので挙げてみたい。

[鬼となって長く生きても無駄なのではないか]
鬼の中に武人肌の、
上弦の参「猗窩座」と、上弦の壱「黒死牟」という
キャラクターがいる。

猗窩座 https://mitaiyomitai.com/manga/post-9786/より
黒死牟  https://manga.gyuujaku.com/kimetsu/kimetsu-tsuki/より

この2人は、100年と経たずに寿命で死んでしまう
弱い人間の身体よりも、基本不死身であり
人間よりも強い肉体で永遠に鍛錬を積み、
強い相手と戦うことを重視していた。
鬼殺隊の柱と対峙しても、その強い肉体が
寿命で死ぬ事を惜しみ、何度も何度も
自分と同じ鬼になる事に勧誘していた。

この2人は何百年も鍛錬を続けている、
これは私の推測だが、鬼の肉体ならば、
弱い人間の身体では出来ないような過酷な鍛錬も
しているはずだ。(例えば、何日も一切休み無しで
鍛え続けるなどがある)にも関わらず、
いくら才能があるとはいえど、弱い人間の身体で
精々十数年ほどしか鍛えていない
柱に苦戦しているのである。条件を考えれば
これは明らかにおかしい。

例えるなら、格闘技を始めて一年の、
まだ身体が成長段階の子供が
数十年格闘技を続けている達人と立ち合ったら
どうなるだろうか、仮に達人の方がかなりの
手加減をしていても、歯が立たずに負けるのが
妥当なところだろう。
猗窩座や黒死牟は、柱と戦う時に
最初から本気を出している様子ではなかった。
だが、猗窩座は炎柱 煉獄に何度も腕を斬られ、
剣士である事に拘っていた黒死牟は、
岩柱 悲鳴嶼とのタイマンで剣を折られていた。

https://www.google.com/search?q=%E7%8C%97%E7%AA%A9%E5%BA%A7%E3%80%80%E6%98%87%E3%82%8A%E7%82%8E%E5%A4%A9&tbm=isch&ved=2ahUKEwiFm_u4sNr7AhVTMN4KHYSmAJ4Q2-cCegQIABAC&oq=%E7%8C%97%E7%AA%A9%E5%BA%A7%E3%80%80%E6%98%87%E3%82%8A%E7%82%8E%E5%A4%A9&gs_lcp=ChJtb2JpbGUtZ3dzLXdpei1pbWcQAzIFCAAQogQ6BQgAEIAEOgYIABAIEB46BAgeEApQlQ1YzWdgyWhoBHAAeAOAAY4EiAGZIJIBDDAuMTguMS4xLjEuMZgBAKABAcABAQ&sclient=mobile-gws-wiz-img&ei=0KSJY4XzH9Pg-AaEzYLwCQ&bih=622&biw=414&prmd=ivsn&rlz=1CDGOYI_enJP898JP898&hl=ja#imgrc=qfgEp56qGSIr1Mより
https://encrypted-tbn0.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcQGO2FHEsuPlgiBaHsW1Nj_Hk1XCQ0-1r292w&usqp=CAUより



確かにこの2人は、柱が複数人でかかっても苦戦を
強いられる強敵であったが、
「かなり手加減していても柱を瞬殺」位は
できない時点で、鬼の肉体で
何百年も鍛錬しているにしているにしては
弱すぎると私は感じた。

そこで私が考察したのは
鬼になってからの鍛錬は、あまり意味がないのではないか」である。
猗窩座は人間時代に、素手で格闘技の道場生を
60人以上無残に撲殺している。
その時点では、鬼殺隊や鬼とどこまで実力差が
あるかは不明だが。

そして黒死牟は人間時代、鬼殺隊の歴史の中でも
トップレベルの「始まりの剣士達」の世代である。
つまり、人間時代から鬼狩りの剣士としては
最強レベル、もしかしたら鬼殺隊の歴代では、
作中最強であった
弟の継国縁壱の次に強かった可能性すらある。

人間時代から既に圧倒的強さを見せていた2人、
鬼になってから鍛錬した影響は
微々たるものほどでは無くても、
費やした時間の割には明らかに
不相応なものであろう。

格闘技や剣技などに精通せず、
鬼となってから鍛錬などをしなくても
ただ鬼としての才能と女喰いで早期に成り上がった
上弦の弍「童磨」が、二人と同等かそれ以上の
強さを持っている点も、
この説の信憑性を増しているのではないだろうか?

上弦の弍 童磨https://www.google.com/search?q=%E7%8C%97%E7%AA%A9%E5%BA%A7%E6%AE%BF%E3%81%AF%E6%88%91%E3%82%89&tbm=isch&ved=2ahUKEwjk19OSptv7AhWPPJQKHfzKBC8Q2-cCegQIABAC&oq=%E7%8C%97%E7%AA%A9%E5%BA%A7%E6%AE%BF%E3%81%AF%E6%88%91%E3%82%89&gs_lcp=ChJtb2JpbGUtZ3dzLXdpei1pbWcQAzIFCAAQogRQ3AtYxxxguB9oAXAAeAGAAZIBiAGAB5IBAzEuN5gBAKABAcABAQ&sclient=mobile-gws-wiz-img&ei=OyCKY6TOIo_50AT8lZP4Ag&bih=622&biw=414&prmd=ivsn&rlz=1CDGOYI_enJP898JP898&hl=ja#imgrc=mXo1vfrUJ71wrMより

本作は、鬼となる事にとって徹底的に否定された
見方がなされている。それは、人間でない者に
なってまで長く意味のない人生(鬼生?)を送るより、
弱い身体でも、太く短く人として生き
人として死ぬという事が強調されている点も
この説に関係しているのではないだろうか。

[全集中の呼吸について]
原作やアニメでの全集中の呼吸による剣術は、
まるで本当に水や炎が出ているように見えるが
それらはあくまで演出、そのように見えるだけで
実際に水や炎を出しているわけではない。
しかし、炎の呼吸の斬られ心地は熱く、
雷の呼吸は本当に落雷が起こった様な音がする
というのが公式の見解だ。

この場面などから私は他の作品との共通点を感じ、
呼吸には思い込みも大事という説を思いついた。

人気格闘技漫画「刃牙」シリーズにおいて

https://www.google.com/search?q=%E5%88%83%E7%89%99+%E3%82%A4%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%B3%E3%82%B0&tbm=isch&ved=2ahUKEwizsdHzsdr7AhVrS_UHHSHZBtwQ2-cCegQIABAC&oq=%E5%88%83%E7%89%99+%E3%82%A4%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%82%B8&gs_lcp=ChJtb2JpbGUtZ3dzLXdpei1pbWcQARgBMgUIABCABDIFCAAQgAQyBQgAEKIEUABYAGDSB2gAcAB4AIABogGIAaIBkgEDMC4xmAEAwAEB&sclient=mobile-gws-wiz-img&ei=WKaJY7Ml65bV7w-hspvgDQ&bih=622&biw=414&prmd=ivsn&rlz=1CDGOYI_enJP898JP898&hl=ja#imgrc=7E7TjdJ5JrnKAMより


主人公の刃牙は、
出来るはずのない事を思い込みによって
ある程度実現させる事が出来た。(例えば
殴られた事を強烈にイメージして実際に鼻血を出す)

人気ライトノベル「とある魔術の禁書目録」でも
人間が超能力を身に付けるには、
「自分だけの現実」といった要素が必要で、
できるはずの無い事をできると自分を信じる事で
超能力の覚醒に繋がるといった説明がある。
(それだけではなく、幼少期からの薬物投与や
勉強による演算能力の開発も不可欠だが)
つまり、思い込みの力が重要なのだ。

刃牙で述べられた様に、現実でも火箸が熱いと思い込んでいる幼児に
実際には冷めている火箸を触れさせると、
火傷ができてしまう事例がある。
人間のイメージの力は、現実にもある程度影響を
与える事ができるのだ。

この事から、全集中の呼吸は
水や炎などを強烈にイメージする事によって
実際には出していないが、出しているのと
さほど変わらない現象を引き起こす事ができる
要素が大きいのではないだろうか。

「とある」シリーズの能力者は
「自分だけの現実」つまり自分の世界が強い為、
性格に一癖も二癖もあるキャラクターが多い。
鬼滅の刃でも、柱のキャラクターは
癖が強い人達ばかりであった。
呼吸にイメージの力が大事なのであれば、
呼吸を極めた柱達のキャラの癖が強いのも
納得である。

より参考

[余談]
新上弦の陸に「獪岳」という鬼が登場する。

新上弦の陸 獪岳https://www.google.com/search?q=%E7%8D%AA%E5%B2%B3&tbm=isch&ved=2ahUKEwjc5-zBodv7AhWKBYgKHbFLCKIQ2-cCegQIABAC&oq=%E7%8D%AA%E5%B2%B3&gs_lcp=ChJtb2JpbGUtZ3dzLXdpei1pbWcQAzIFCAAQgAQyBQgAEIAEMgUIABCABDIFCAAQgAQyBQgAEIAEOgYIABAEEAM6BwgAEAQQgAQ6CggAEAQQgAQQsQNQugRYlQ1gpRNoA3AAeAGAAXeIAcoEkgEDMy4zmAEAoAEBsAEAwAEB&sclient=mobile-gws-wiz-img&ei=YBuKY9y3FoqLoASxl6GQCg&bih=622&biw=414&prmd=ivsn&rlz=1CDGOYI_enJP898JP898&hl=ja#imgrc=hK2Jl1dlre72sMより

彼は仮にも上弦の鬼でありながら、
柱ですら無い善逸一人に首を斬られ敗北している。
その呆気なさから、上弦の陸の片割れであり、
(上弦にしては)弱すぎると評された。
堕姫」という鬼との強さ比較がしばしば議論
されている。

上弦の陸 堕姫https://www.google.com/search?q=%E5%A0%95%E5%A7%AB%E3%80%80%E6%BC%AB%E7%94%BB&tbm=isch&ved=2ahUKEwiU8v6uo9v7AhUSzmEKHX0BBWAQ2-cCegQIABAC&oq=%E5%A0%95%E5%A7%AB%E3%80%80%E6%BC%AB%E7%94%BB&gs_lcp=ChJtb2JpbGUtZ3dzLXdpei1pbWcQAzoFCAAQgARQkAVY5Qxg9Q9oAXAAeAGAAdABiAGXBpIBBTEuNC4xmAEAoAEBwAEB&sclient=mobile-gws-wiz-img&ei=UR2KY9SFKpKchwP9gpSABg&bih=622&biw=414&prmd=ivsn&rlz=1CDGOYI_enJP898JP898&hl=ja#imgrc=8roI7A8RcGeEIMより



個人的には、獪岳の方が強いと言いたい。
何故かというと、遊郭編において、
一人でもある程度堕姫と戦えていた善逸だが
獪岳戦では一人で首を斬るまではいったものの、
実質的には相討ち同然だった。
もし獪岳が堕姫と同等かそれ以下の強さだとしたら
善逸は遊郭編から無限城編まで、
殆ど成長していない事になってしまうからだ。

見出し画像 https://www.google.com/search?q=%E9%BB%92%E6%AD%BB%E7%89%9F+%E7%AB%A5%E7%A3%A8+%E7%8C%97%E7%AA%A9%E5%BA%A7&tbm=isch&ved=2ahUKEwir4YaJpdv7AhUPTPUHHf9gBkMQ2-cCegQIABAC&oq=%E9%BB%92%E6%AD%BB%E7%89%9F+%E7%AB%A5%E7%A3%A8+%E7%8C%97%E7%AA%A9%E5%BA%A7&gs_lcp=ChJtb2JpbGUtZ3dzLXdpei1pbWcQAzIFCAAQgAQyBAgAEB4yBggAEAUQHjoGCAAQBxAeUOADWKkIYLEOaABwAHgAgAGoAYgBvwWSAQMxLjWYAQCgAQHAAQE&sclient=mobile-gws-wiz-img&ei=Gh-KY6vsPI-Y1e8P_8GZmAQ&bih=622&biw=414&prmd=ivsn&rlz=1CDGOYI_enJP898JP898&hl=ja#imgrc=5cGxFEP13qXIhM より

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?