コロナ罹患防備録

2002.8.12に陽性判定。
直近5日間、職場以外にはスーパーコンビニにもたまたま行かず、曝露2日前に接骨院に行ったのみ。
誰かのお役にたてればと思い防備録を残します。


コロナ忘備録1
2002.8.10 Day ‐1; 夜8時頃、喉のかゆみ、耳の奥のかゆみ。軽い花粉アレルギーの感覚が一番近い。平熱。葛根湯飲む。

2002.8.11 Day0;喉のかゆみ、耳の奥のかゆみ。夕方に36.8度。これもほぼ平熱だけど、このご時世なので心配で、抗原検査キット使用。陰性。葛根湯飲む。

2022.8.12 Day1;午前5時。喉のかゆみが気管支に降りてきた。ここまでも、アレルギーから炎症起こすことは自分ではよくある話だったが、このマスク&消毒徹底の2年間以上、この症状にまで進むことはなかった。これはおかしい。体温は37度。発熱外来に行くしかない。

午前6時、東京都の発熱センター(24時間)に相談。お盆期間なので、かかりつけ医が開いていないことを伝え、住所地から近いクリニックを3つ教えてもらう。
恐らく当直明けであろう、それでも丁寧な看護師(か保健師)さんが、丁寧に対応してくれた。最後に「お忙しい中、ご丁寧に対応して下さってありがとうございました」というと、電話の向こうで「へっ!?」という声ののち「いえいえ!とんでもありません!どうぞお大事にされてくださいね」との声。電話かける人みんな、そんなに横柄なのかと余計なことを考える。

スマホで教えてもらった3件の情報を調べる。どこもお盆休み期間。
診療開始時間まで待って、電話。Aはコール音のみ。BはBusyで切れてしまう。30分待って、Aにコール。変わらずコール音のみ。Bは繋がるも「本日の検査の受け入れ数は終了しました」。…なに、チケットぴあ?最後の砦、Cへ電話。11時に予約が取れた。

11時にCクリニックへ。恐らく15分間隔でわたしのような患者を受け入れているのであろう。待合には誰もおらず、個室へ順次案内されている。わたしも個室へ通されると、問診を書き待つこと数分。その間、隔離カーテンの向こう側で、検査結果陽性だった人への説明が行われているのが小さく聞こえる。
そして、医師の問診の後に検査。抗原検査だったけど、数分で陽性の結果を持って医師が来た。昨日を0日として、10日の待機。
この医師が、本当に1から10丁寧で穏やかな方。このお盆のお休みのあいだ、発熱外来専門で開けてくれているのだと思う。保健所の健康観察の登録、療養機関、症状の注意、薬の説明まで、本当に丁寧。かかりつけ医でもないのに、通りすがりのコロナ患者に最後「これ、わたしの番号です。何か変化があったり心配があったらいつでも電話ください」と、療養についてのお知らせが書いてある紙に携帯番号を書いてくれた。他の人にも言っているのが聞こえた。

お医者さんだ……(涙)。
先日受けた試験の対策で、「医の倫理綱領」をやっていたのですが(範囲だったんですよ本当に)、もう、まさにそれ。
”医学及び医療は、病める人の治療はもとより、人びとの健康の維持もしくは増進を図るもので、医師は責任の重大性を認識し、人類愛を基にすべての人に奉仕するものである”

わたしもこんな人格者になりたいな…困ってる人にただ手を差し伸べる人に。
まぁ全てはコロナ治ってからだけどさ。

そして、10日間の療養先に選んだのは、わが弟の事務所。
お風呂がないだけで、あとは全部ある。ベッドもある。あまり使われていないことも知っている。同じビルの一階には、弟が所属するメインオフィスがあるから、来週以降、頼めばお使いにも行ってくれる。多分。

とりあえず、予定されていた午後1時の職場の感染症会議にはリモートで出席し、会議終了後の2時半から支度開始。
二人の妹(実妹と義妹)たちがスーパーに買い出しに行ってくれたり、食糧を先に事務所に届けてくれたりといろいろ支度をしてくれ、荷物と共に自力で事務所へ移動。午後4時半。この時点で、恐らく熱が上がりだしていたため、かなりしんどくなっていた。咳も出始めた。
熱があがってきていてぐらぐら、寝る場所の準備他をこなす。37.5度。息が上がる。

午後6時半、厚生労働省からSMSで通知が来ていたハーシス(健康観察報告書)にようやく登録。健康記録の為に検温。38.1度。わぁ、こんな数字、10年来見たことない!どおりでしんどいわけだ!酸素飽和濃度は問題なく98。
この後、ハーシスへの入力は毎日朝夕の2回行っています。

喉は痛くないし、気管支がちょっと苦しいのと、咳が出てきたのと、頭が痛いのと、熱がある。
コロナの1日目は、こんな感じでした。

つづく

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