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幼稚園は組織のリーダーを見て選べ!

「みなさん、卒園おめでとうございます」
市の総合福祉センターで開催されている幼稚園の卒園式で、園長先生が祝辞を述べると一斉に拍手がおきる。
卒園式の祝辞への拍手とは、少々おかしい気がするが、私も含めた保護者の率直な気持ちが自然と表れたのだろう。
なぜなら、この幼稚園は本日をもって解散し消滅してしまう。
その拍手は子供の卒園を祝うものではなく、卒園式の開催までこぎ着けた職員の奮闘を労う拍手である。

2010年4月
北関東の山あいにある、市内でも歴史ある名門として名前が知られている幼稚園。
自然とのふれあいを教育方針として、野菜そのものの味を生かした給食も評判が高い。
定員70名に対して入園倍率も高く、例年なら抽選が行われて、入園できない子供も多数いる。
その割には、入園式が行われているホールにいる園児の数が少ない気がする。
そんなことよりも、今日は長女の入園式だ。
人数が少ないほうが、良い撮影スポットをおさえられる。

子供にとっても初めての幼稚園1年目だが、同時に親にとっても同様で、あっという間に時間が過ぎ、2年目も半ばを迎える。
夏休みも終わり、残暑が残るなか園児も保護者も楽しみにしているのが運動会だ。
「なんだか、半年前の授業参観の時より、先生の人数が減っているような気がするが……」
「どうやら、設置者である学校法人Hの経営状況がよくないらしいよ」
「そういえば、学校法人Hが運営していたJFLに所属するサッカーチームも解散したよね」
園児の定員割れ、サッカーチームの解散、補充されない退職した先生の欠員。
それに、遊具も壊れたまま補修されず使用禁止のままだ。
何かがおかしい。
先生の人数が少ないながらも、事故もなく運動会は無事に終了したが、自宅に戻り、学校法人Hのことをインターネットで調べてみることにした。

調べた結果出てきた情報はひどいものばかりだった。
現理事長は、前理事長の没後、血縁関係もないにも関わらず、勝手にその性を名乗り、半ば乗っ取りのような形で理事長に就任し、学校法人Hの拡大路線に舵を切る。
しかし、その過程で黒い噂が絶えず、新設した学校も全てうまくいかず、借金だけが膨らんでいる。
その過程で教員への給料支払い遅延も起こり、次々と先生方が辞めているようだ。

運動会も終わり、幼稚園のある山が紅葉のピークを迎える頃、突然給食が停止する。
給料の支払い遅延に業を煮やした給食室の職員が出社を拒否し、給食が作られず、幼稚園に届かない事態となる。
その時は、先生が買ってきたコストコのバターロールで、園児は何とか食事をとることができたが、野菜そのものの味を生かした給食とは、ほど遠いものとなった。
食材の納入業者への支払いも滞っていたようで、その供給も止まり、給食が作られることは二度となかった。
そして、様々不祥事に事態を重く見た文部科学省は、学校法人Hへの補助金をストップする。

先生への給与も止まり、幼稚園運営に必要な予算も入ってこないという。
幼稚園の月謝と給食費は学校法人Hからの引き落としだったが、そのお金が、どこかに消えてしまっている。
学校法人Hから保護者への説明がないだけでなく、幼稚園職員にも全く情報が入らないらしい。

2012年3月
このような状況に、園長を筆頭とした幼稚園の職員が、ある決断を下す。
保護者からの支払いを、学校法人H側ではなく、幼稚園が新たに設けた銀行口座へ入金し、独自に運営を行うというのだ。
国からの補助金が入らないうえ、幼稚園に回らず別のことに使われてしまう以上、学校法人Hへ支払いを行う意味はない。
幼稚園の説明会で多少の紛糾はあったものの、次回から全保護者が幼稚園の口座へ支払いを行うことが決定した。

幼稚園に直接収入が入るようになったとはいえ、補助金が入らない以上、厳しいことに変わりはない。
ヒトもカネもない中で取るべき対応は、手間とコストの削減だ。
まずは、給食停止。
給食費を集金しない代わりに、幼稚園で用意せず、お弁当の持参に変更となる。
次に送迎バスの運行。
送迎バスのガソリン代を支払うことができない。
本来であれば給油は専用カードの後払いなのだが、学校法人Hが支払を行っていないため、現金での給油しか受け付けてもらえない。
また、ドライバーも退職してしまい、運転する人もいない。
もはや、送迎バスの運行は不可能である。
残り1年の登園は保護者が自家用車で行うことになった。
とはいえ、これらの削減を行っても、まだまだお金が足りない。
普段は意識していないが、日本の教育機関が、いかに税金で助けられていたのか痛感させられた。

通常であれば、保護者からのクレームが多発するはずだが、誰もそれを言わない。
いや、言うことができないのだ。
なぜなら、幼稚園職員の人たちは、ほとんど給料をもらっていない。
入ってくるお金のほとんどを子供たちの教材費に充てている。
収入が無いばかりでなく、通勤するだけで車のガソリン代がかかるので、身銭を切って子供たちに尽くしてくれているのだ。

2012年10月
ついに来る時が来た。
文部科学省から学校法人Hへ解散命令の諮問が出たのだ。
これから審議に入り、まもなく解散命令が出されることだろう。
解散命令が出るであろうことは、わかっていたとはいえ、実際に出されるとショックはあり、保護者の間にも動揺が広がる。

このような最中に、もう一つのニュースが流れる。
黒い噂が絶えなかった理事長が横領で逮捕されたのだ。
「やはり」という印象だが、横領された金を出していた当事者としては怒り以外の感情はない。
身銭を切ってまで園児を卒園させようと奮闘する幼稚園職員たちの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。

2013年3月
ついに園児たちの卒園シーズンを迎える。
例年であれば学校法人Hの系列大学にあるホールで卒園式を行うのだが、そこはすでに差し押さえられ入ることができない。
それを予想していた幼稚園の職員が、格安で使用できる市の総合福祉センターを抑えてくれていたため、卒園式が開催できないという最悪の事態は避けることができた。
幼稚園で行うこともできるが、少しでもいい場所で園児を送りだしてあげようとする配慮には感謝しかない。

時は過ぎ、現在は長女も高校に入学し、今となっては「あやうく幼稚園中退の学歴が付きそうになった」と笑い話にできるが、振り返ると毎日が綱渡りで、いつ幼稚園が運営不能になってもおかしくない状況だった。
こんな状況にしたのは、紛れもなく逮捕された元理事長だ。
組織はリーダーで良くも悪くもなる。
この学校法人Hは、初代が長い時間をかけて積み上げた名門という信頼だけでなく、学校自体を消滅させてしまった。
幼稚園の教育内容や、かつての名声ばかり気にして、組織のリーダーである元理事長のことは全く考えないまま子供を入園させてしまった。
自身や家族が携わる組織は表面的な部分ではなく、それを運営するリーダーも見るべきだった。
私たちがリーダーとして組織を率いる場合、大きな組織であっても、小さなグループであっても、この事例を反面教師として生かしていかなければならない。
園児たちを卒園させるために力を尽くしてくれた、幼稚園職員の人たちの奮闘に報いるためにも。


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