ディストピア2-13

修学旅行の最終日は紫芋タルトがある場所で昼食を食べたり、首里城に行ったり、美ら海水族館に行ったりした。天気は晴れていた。快晴とまではいかないが、雲がほとんどなかったことは記憶している。二月の沖縄は寒くも暑くもない、ちょうどいい気温であった。私は祖父母へのお土産として紫芋タルトを買った後、富岡と共に学校が貸切っているバスに乗り込んだ。中には既に、お土産を買い終えた中岡や吉岡の姿があり、彼らは談笑していた。私も、服田が来るまでの間、横に並んでいたバスの窓から見える他クラスの生徒に手を降ったり、変顔をしたりして暇を潰していると、担任教師が入ってきて点呼が始まった。
「1班いるか?」
「全員います。」
「2班は?」
「います」
班長が教師の質問に手際よく応答し、点呼は直ぐに終わった。点呼をしているとき、私は物寂しい気持になった。
今日は修学旅行の四日目だ。最終日である。楽しかったな。学校での毎日も楽しいが、やはり、修学旅行は、いつもは味わえない、楽しさがあるなぁ
楽しいときはすぐに終わる。そんな普遍の真理を体感した瞬間であった。
クラスの全員がバスに乗り込んだことが確認されると、我々は首里城へと距離を縮めていった。車窓からは、キレイな空の青、その空と同じくらいきれいな青色をした海や、海岸沿いで遊んでいる人間や釣りをしている人間、街中をペットと共に歩き、老後の生活を楽しんでいる老婆の姿なども見えた。当時の私には、それら全てがきれいに見えた。いや、今思い返してみても、あの時見た光景はこの世界の汚い部分を全く知らいな、純粋無垢な場所であるかのように感じる。しかし、そうかと思えば、時々アメリカ軍の飛行機や軍事基地がみえ、その瞬間に現実に戻されたような感覚になるのであった。
首里城は綺麗だった。赤を基調とした建築物は人々が「日本」と聞いて想起する建築物とは一線を画したものであった。首里城の中には琉球の文化を伝える資料や物品がたくさん保存されていた。当時の私は琉球王国という文字は知っていても、琉球の文化については造詣がなかったため、あまり面白く感じなかった。クラス全体ではなく、班ごとに行動していたため、私は富岡と共に、同じ班の人間を無視して、原島たちを探すことにした。
「富岡、原島のとこに行こう」
「いいよ」
彼が二つ返事で私の提案を呑むと、班長の新島に見つからないように人ごみを利用して首里城を抜けた。首里城は琉球王国の資料館と併設されていて、私が使った出口は資料館側であった。横をみると、琉球大学が広がっており、バスのある駐車場までいくには長い下り坂を下らなければいけなかった。私は原島とまだ出会っておらず、特にやることもなかったため、隣にある琉球大学を呆然と眺めていた。すると、原島たちが来た。
「おお。竹下たちや、お前らはもうバスに戻るん?」
「そうやね」
原島たちもバスに戻っている途中であった。我々が長い坂道を下っている時、その場にいた原島がとんでもない提案をしてきた。
「この長い下り坂、転がって降りた方がはやくね?」
確かにその通りだな、と私は思った。普段、我々は足を動かして坂道を下っている。しかし、この地球には重力があるではないか。転がって下れば足を使わないから疲れない。それに、みなさんも経験が知っているはずだ。坂道を“転がる”ボールの速度は人間が坂道を下るそれよりも圧倒的に速いのだということを。
原島はすぐさま、地面に寝転んで、転がり落ちていった。富岡もそれに続くようにして地面に寝そべると、まるで丸太にでもなったかのように坂道を転がっていった。
生き物は円柱形。そんな題材の評論を小学五年生のときに読んだことを私は思い出した。当時は人間を円柱形と仮定している論の進め方に納得いかなかったが、彼らの体が坂道を転がっているのをみたとき、私は「生き物が円柱形なのではないか」と錯覚してしまった。
私も、転がろう。
そう思って、地面に手をつき、転がる準備をしていると、服田が登場した。横には班長の新島がおり、両者、険しい顔つきでこちらを凝視していた。
「竹下―――っ!」
教師の怒号がかつて、琉球王国のあった大地に響き渡った。
「はい。」
私は富岡を呼び戻し、服田の許へとすたすたと向かった。
「お前らこれで何回目や?」
「・・・」
「俺、何回も班で行動しろって言ったよな?」
「言いました。」
「お前のせいで他の班の新島たちは迷惑になるんだぞ?」
「はい。」
怒られているとき、同じ学校の女子や男子から見られていた。
「ほんっとに、しょうもない…」
私と富岡は服田の説教が終わると、彼と共にバスに向かうこととなった。その道中、とくに会話もなく、冗談も言えるような空気ではなかったため、せっかくの修学旅行が台無しになったように思えきた。
私は、口を噤んだまま、空をみた。朝、ホテルを出発したときよりも雲の数は多くなっていた。

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