証明

父は歴史家だった。
この大陸に刻まれた人類の歴史を調べることを生業としていた。
私は幼い頃から様々な古代遺跡に連れていかれてはそこで父に歴史を教えられた。
父が話す人類史が好きだった。
千何百年と続く人類の歩みを語る父はとても楽しそうで私も父のような歴史家になりたいと思っていた。

しかし、それも遠い昔のこと。
父は事故で亡くなり、程なくして私は激動の時代に巻き込まれることになる。

魔王と勇者。

御伽話ではなく現実のものとして我々の大陸で巻き起こる争い、人魔戦争。
魔族には魔王が、人類には勇者がそれぞれ生まれては、どちらかが大陸の覇者になるべく戦争が起きた。
人類史とはすなわち魔族の歴史でもあった。

先に誕生したのは魔王であると言われていて、魔族側に誕生した魔王の名前はメフィストという。
智慧と武勇に優れており、それまでの時代において大陸の覇者であった龍族を根こそぎ死滅させ魔族の黄金時代を築き上げた。

そしてその黄金時代において魔族は貴族であり、人類は彼らにとって平民以下の身分の労働力であり奴隷であり、雑草だった。

魔王メフィストの時代が始まって200年、メフィスト歴200年目にして虐げられ続けた人類の中についにそれは誕生した。

勇者。輝ける人類の剣。勝利する者。
彼の名前はウィル。
勇者ウィルは5人の勇敢な戦士を引き連れて魔王メフィストに挑み、数多の困難を乗り越えて打ち勝った。

メフィスト歴は201年目にして幕を閉じ、やがて次の幕が上がる。
人類の黄金時代。
人類史202年目ウィル歴が始まった。

魔族達は魔王メフィストを滅ぼされただけではない、生まれついての戦士達を多く失ったため復讐に駆られた人間たち相手に成すすべなく殺戮されていき、やがて大陸の北の北、1番端の辺境に追いやられた。

こうして人類は大陸の覇者となった。
ウィル歴は現代においても再現できないような魔法道具や高度な医療学術が発展していたことが、その時代の遺跡や発掘品などから分かっている。
そんな現代よりもずっと文明的に発展し、栄えていたこのウィル歴は300年目で幕を閉じることになる。

ウィル歴150年目に3代目の魔王ダイダロスが誕生した。

3代目の前、つまり2代目の魔王は名前がどの文献にも記されていない。
分かっているのはウィル歴60年目に2代目の魔王は誕生して、1年も経たずに魔王は推定年齢75歳だったはずの当時の勇者ウィルと相討ちになって亡くなった。

2代目の魔王が弱かったのか?勇者ウィルが75歳に老いてもなお強かったのか?
分かることは勇者ウィルは魔王を二度倒してその生涯を終えた事だけ。

3代目の魔王が誕生してから20年。
その時代の人類はこれまでの間に発展した文明の力を発揮し魔王相手に苦戦しつつも接戦を続けていたようだった。

そしてウィル歴170年目、2代目勇者が誕生した。
名前をアランという。
勇者アランは巨大な戦斧を豪快に振るい、3代目の魔王ダイダロスを相手に戦った。
長い間、勇者と魔王は戦い続けたがウィル歴190年目にようやく魔王ダイダロスは勇者アランの戦斧の前に倒れた。

人類はまたしても魔王を討ち破り、繁栄の時代への切符を手にした。

だが、繁栄の時代は長くは続かなかった。

4代目の魔王、六腕の魔王レギュラス。


現代に残っている文献にはウィル歴300年目を迎えた時に新たな勇者と魔王が同時に誕生したと記されている。
新たな勇者は15歳を迎えた少年がその額に勇者の刻印を宿すことによって判明する。
勇者が誕生した人類は魔族にも魔王が誕生していると考えて人類の総力をかけて対魔王討伐軍を編成し、それを訓練に訓練を重ねた勇者が先導したとある。

結果、対魔王討伐軍は3日と経たずに全滅した。
当然勇者は首だけになって玉座の間に砲弾の如く投げ入れられて帰ってきたそうだ。


ウィル歴300年目から303年に至るまでに人類は魔族に敗走に敗走を重ねた。

たった3年で大陸のほぼ全てを支配域として繁栄していた人類は人口も土地も新たな魔王が率いる魔族に奪われた。
魔王の六つの剛腕は山をも持ち上げて放り投げ、人類の小国を幾つも山の下敷きにしたという。
人類史にして504年目、魔族は大陸の覇者に返り咲いたのだ、レギュラス歴の始まりである。

歴史家である私の父は魔王の強さには一定の法則があるのではないか?と推測していた。
勇者や魔王が誕生すれば人類と魔族の世代交代が起きる。
しかし勇者ウィルは魔王を二度倒し、それに続くように勇者アランも魔王を倒した。
300年もの間、魔王を三度討ち倒して人類の時代を作った。作ってしまった。

父は仮説を立てた。
魔王が倒されれば倒されるほど、人類の時代が長く続けば続くほど、次に誕生する魔王はより強大になるのではないか?と。
それはまるでどちらか一方の時代が長く続かないようにするための舞台装置にも思えた。
父がそんな仮説を立ててしまうほどに六腕の魔王レギュラスは強すぎたのだ。

レギュラス歴40年目、必死になって抗戦し続ける人類の人口は最盛期の半分にまで減少していたとされている。
そんな中で誕生した4代目の勇者エステルは勇者の刻印が宿って1週間もせずに魔族を率いた魔王レギュラスの襲撃を受けて死亡する。

レギュラス歴90年目、人類の人口は45%にまで減少し、生存圏も大陸の20%ほどにまで範囲を狭めていた。
5代目勇者テスタロッサの誕生。
レギュラス歴95年目、勇者テスタロッサの戦死。

5代目勇者がどのような勇者であったか記されている文献は見つかっていない。
現代まで伝わっている文献から分かるのはその時代の人類が魔族との戦争に対してどれだけ絶望していたかだけだった

レギュラス歴195年目。
人類の人口は5%まで減少し生存圏は大陸の1%もない。
大陸の端の端にまで攻め立てられた人類は国家という形を保てず、散り散りになって幾つかの集落を形成していたと言われている。
もはや絶滅寸前だった人類はしかし絶滅することはなかった。
5代目勇者テスタロッサが死亡してから100年を経て、ついに次の勇者が誕生したからだ。

6代目勇者ナギ。
今までの勇者と同じように15歳の時に刻印を宿したナギは次の週には大陸中に作られた魔族の7つの巨大要塞を全て陥落させた。
その時代の勇者ナギの活躍を讃えた詩や壁絵に油絵など、現代に至るまで何千点と残されている。
どの絵からも分かるのは勇者ナギが黒髪長身の女性であり、光を放つ祝福の剣を携えていること。

六腕の魔王レギュラスと6代目勇者ナギが相対した絵は数多くあり、まるで神話のごとく神々しく描かれている。
実際に現代では勇者ウィルとナギだけは別格の存在として扱われ、中には聖者であると祭り上げている聖者信仰の宗教が各地に根強くあるほどだ。

7つの巨大要塞が全て陥落し、魔族の斥候基地や軍事基地、生産工場を軒並み破壊し尽くして1ヶ月。

400万人の魔族戦士とそれを率いて現れた魔王レギュラス。
相対した人類側の戦士は勇者ナギただ一人。

魔族を追い詰めた結果生まれた歴代最強の魔王レギュラスと魔族が人類を絶滅せんとした結果生まれた勇者ナギ。

その闘いの詳細は目で見ていない以上具体的には分からない。
しかし、現代まで伝わる詩から抜粋するならば。
『太陽から降り落ちる極光が勇者ナギの剣になった』
『ただ一振りで400万の魔族戦士たちは灰となった』
『レギュラスの投げた大山が真っ二つに叩き斬られ、双子の小山になった』
『魔王レギュラスの6本あった剛腕は最期には1本も残っていなかった』
『陽光の様な優しさは魔族に向けられることはなく、その闘う様は烈火鬼神の如く』

勇者ナギが戦った決戦の場所は現代でも伝わっている。
いや正確にはその地に残された闘いの跡が大きすぎた、伝える以前に誰が見てもそこが決戦の地だと気づいただろう。
ナギが斬り裂いたとされる双子の山を境に、抉り抜かれた大地の溝は大河となって流れている。
そして消えることのない灰の大地。
極光によって灼かれた400万人の魔族の灰は消えることなく今なお積もったままだ。

こうして人類史700年目、ナギ歴が始まった。

これまでの歴史の流れを考えるならこのあと人類が黄金の時代を迎えるのだと思うだろうがそんな事はなかった。
それからは大体100年周期で魔王と勇者が誕生しては大陸の覇権を魔族と人間が交互に奪い合って来た。
大陸の支配地域もお互いに50:50だった。
勇者が倒されても次の勇者が倒し、その次は魔王が勇者を倒す。
人類と魔族の生存戦争は根深いが、如何なる時代も争い続けては小競り合いを繰り返しながらもお互いに少しずつ文明の発展を遂げていた。


歴史家である父は私に言った。

「人族と魔族はどちらも絶滅することはあり得ず、この大陸をバランス良く二分しながら発展していくだろう。
そう誰かに仕組まれている様に私は感じるのだ。
我々とは次元の違う……運命や神といった存在がそう仕組んでいるように思う。
学術会の老人どもは私を狂人だと罵っているがそれは奴らが私の『人族と魔族の相互生存論』を信じたくないだけだ。
私の言うことを信じるという事はすなわち人類は今後永遠に魔族を滅ぼして大陸を支配する日が来ないことを意味するからだ。
いいか? 人族と魔族は決して今のバランスを崩してはならない。
今が1番良い状態なのだ、決して魔族を追い詰めて滅ぼそうとしてはならない。
そんなことをすれば必ず人類が追い詰められて滅ぼされそうになる日が来る。」

父はその後本当になんの陰謀もないただの不幸な事故に遭って亡くなった。
そして残念ながら、今は亡き父の言うバランスの取れた時代は終わってしまう事になった。

人類史1600年ライザ歴100年目
誕生した勇者フィレンツは魔王を討伐した。
人類は二世代に渡って魔王を連続して討伐したのだ。

何がダメだったか?
人族と魔族のバランスを考えるなら勇者ライザが魔王を討ったのだから100年経った次は魔王が勇者を倒す番だった。
勇者フィレンツは『先見』というある程度先の見たい未来を見る事ができる力を持っていて、非常に強力な勇者ではあったが、それ故か傲慢だった。
更には人類社会は致命的なダメージを受ける事なく800〜900年近く発展し続けて来たために腐敗した権力が生まれてしまってもいた。
学術会と呼ばれる人類の頭脳と呼ばれていた組織は各国の国王よりも権力を持っていたがために簡単に腐敗したのだ。

フィレンツは魔族の支配域に攻め込んで侵略することを提案し、歴史から何も学んでいない愚かな学術会はそれを承認してしまう。

人類史1605年ライザ歴105年目
人類は魔族に対して侵略を開始した。
魔王のいない魔族達は必死に抵抗するも勇者の強大な力の前に散っていく。
その侵略戦争の最中で学術会は今こそ人類の総力を集結させ、最強の対魔王討伐軍を作るべきだと唱え、勇者が闘う裏であらゆる資源を使って対魔王討伐軍を育てることに注力した。

そして誕生した対魔王討伐軍『銀聖騎士団ペガサス』
総騎士団員二千名。
彼らは一人一人が超一流の戦士であった。
その身に着ける武具は大陸中の数万人の魔術師達が十年の月日を重ねながらほんの少しの隙間もない程に魔術刻印を刻んだものだ。

銀聖騎士のロングソードは岩や鋼、魔力や霊体を豆腐のように両断でき、カイトシールドはありとあらゆる魔術を無効化し、どんな物理的攻撃を受けても傷一つ付かない頑強さを持ち合わせた。
フルフェイスの兜には強力な矢避けの魔術刻印が込められており、飛来する矢と魔術は勝手に逸れていく。
全身鎧には装備した者の心身を回復させ続ける効果に加えて、その背中から光り輝く半透明の翼を生やす事ができた。飛行能力を得て空を飛び回る姿そのままに銀聖騎士団はペガサスの名前を冠した。

人類史1650年ライザ歴150年
フィレンツは『先見』を使って魔王が誕生する未来を見た。
魔王が誕生する時間と場所を予見し、銀聖騎士団ペガサスはその場所に急行した。
そして予見通りに誕生した魔王は銀聖騎士団ペガサスの強襲にあって産まれてすぐ討伐される事になった。人類はついに勇者ではない者の手で初めて魔王を討伐した。

人類は湧き立った。今こそ魔族を根絶やしにしてしまおう、と。
この時から異変は既に起きていた。魔王が銀聖騎士団に討伐されてから20年後にまた新たな魔王が誕生したのだ。学術会は魔王誕生のスパンが早まっている事に対して何も疑問に思わなかった。
フィレンツは魔王誕生を『先見』でまたも言い当て、銀聖騎士団は魔王を再び討伐した。
人類史1500年目に一人目の魔王を勇者ライザが討伐、1600年に二人目の魔王を勇者フィレンツが討伐した。
1650年に三人目、1670年に四人目の魔王が誕生し、どちらも銀聖騎士団が討伐した。

人類は史上最高の快進撃を繰り広げ、どんどんと魔族の支配域を侵略していった。
大陸はもはや人類のものになったのだと誰もが考えていた。
生存圏が10%以下になった魔族の国から新たな魔王が誕生すると勇者フィレンツが『先見』で予言し、結成当初よりも更に強大になった銀聖騎士団が魔王討伐に向かった。

学術会の総本部には煌びやかで広大なダンスホールが存在している。
現在そのダンスホールはパーティー会場のように飾り付けられていた。
対魔王作戦司令室と名付けて学術会は各国の首脳陣を招待しているが、実際のところはこの机に広がった豪華な食事と高級なワインを見れば分かる通り、今回もまた銀聖騎士団が何事もなく魔王を討伐するのだと考えていて、作戦司令室とは名ばかりの早すぎる祝勝会のための宴会場のようなものだった。

つい先ほどまでは。

ワインを片手にこの学術会の傲慢と腐敗をこれでもかと表したような愚かなパーティーに出席していた私は、いつの間にかダンスホールの真ん中に一人の女性が一糸纏わぬ裸姿で立っている事に気がついた。
一瞬、それが学術会の下品な催しか何かだと考えもしたがすぐにその考えを捨てた。

その女性の裸姿がまるで彫刻芸術のような人外の美しさをしていたから?
女性の肌が紫色で額に小さな紅いツノを生やした魔族の特徴と合致していたから?

そのどちらでもなく、我々人間を見るその眼があまりにも無機質だったからだ。
人間が外を出歩いたとして足元に居る蟻を気にするだろうか?
まるで彼女にとって我々は蟻だと言わんばかりに感情も興味もない眼で我々を見ているのだと気づいた時には私は行動を起こしていた。

「聖剣ッ!」

彼女が周囲を一瞥した。
このダンスホールに集まっていた全ての人間が、学術会員が、各国の首脳陣たちが、風船のように膨らんで弾け飛んだ。
先ほどまで人の形を成していた血と肉がダンスホールを赤黒く染め上げた。

私を覆っていた聖剣の障壁は彼女の攻撃と降り注いだ血と肉から正確に守ってくれた。
唯一生き残った私を見る彼女の眼は先ほどより幾分か色のある眼だった。

「そうか、君が勇者フィレンツ?」

鈴のような声色だけを聞くなら少し幼さを残した少女の印象を受けた。

「ふっふっふ、貴女にとってはそこらの人間と勇者は同じと言うことかね? 新たなる魔王殿。
いかにも、私こそが勇者フィレンツだ」

ここに突如として魔王が現れて人類の首脳陣を抹殺した所を見るに銀聖騎士団は全滅したようだった。
『先見』を使うべきだろうか?未来を見ても恐らく私が魔王を倒せる未来は見えない。
あの銀聖騎士団を半日も掛けずに全滅させた魔王には手も足も出ないだろうから未来を見たところで無駄なだけだ。

「100歳を超えてなおも生き続ける勇者フィレンツ、純粋な疑問なのだけど、君の『先見』ではこの未来は見えていなかったの?」

『先見』を知っている? 何故だ? 銀聖騎士団は『先見』を知らない。
勇者の権能を知っているのは極一部と私だけ。
その極一部も既にダンスホールのカーペットの染みになっているというのに。

「100歳を超えると痴呆が激しくてのう。どんな未来を見ようとすれば良いかよく分からなくなるのだよ。」

『先見』というのはなんでも都合よく見たい未来を見れるわけではなかった。

近い未来なら戦闘ではコンマ数秒先を見ることができ、遠い未来においても魔王が誕生する日時を見れた。
それでも生まれた魔王がどれだけ強大か、それからどんな行動を起こすかによって未来は無数に枝分かれしていく。
未来は一本道ではないのだ。

「いいや、君は知っていたんだろう? 次の魔王はより強大になって生まれるって。
あんな銀聖騎士団なんて虫けらじゃ敵わないってさ。なのに君は周囲に知らせなかった。どうして? 君の行動はまるで

「まるで人類を窮地に追い込もうとしている、と?今、人類は絶望的な状況だ。銀聖騎士団は全滅した上に、この私、勇者フィレンツも死ぬだろう。魔族の生存圏が10%未満? そんなもの魔王が人間の国家を4つ、5つ破壊すれば、すぐにでも50%以上になりうる。
人類を窮地に追い込む事が目的ではない、今この時は過程でしかない。
私が真に望んでいたのは証明することだった。
父は偉大だった。偉大な歴史家になるはずだ。
偉人は死後に評価されることがよくある。生きている時にはその考えを認められないことがある。

父の死後、歴史家である父の学説を誰が正しいと証明する?
私か? お前か? 

それは歴史が証明する。

人類は魔族を追い詰めた、そしてこれから人類は魔族に追い詰められるだろう。
貴女のような強大な魔王が誕生したとしても人類が絶滅することは決して有り得ない。

何故なら『人族と魔族の相互生存論』という偉大な歴史家が紐解いた世界の仕組みがあるからだ。

これが証明され万人の賞賛を受ける時代に居合わせる事ができないのは残念だが、貴女という魔王の誕生を見送れただけで良しとしようと思う。

満足だよ、私を殺したまえ、魔王」

私の企みの種明かしを聞いて魔王は少し考え込んだ。

「何故『先見』でその時代を観測しようとしない?
私が生まれた時点で大筋の未来は確定しているはずで、私の破滅を『先見』で観測できるはずなのに、気づいていないの? 死ぬ前に君の人生を賭けた壮大な歴史の証明とやらを観測してみたくはないの?」

私はこの魔王が我々人間を羽虫程度に考えているのだろうと確信した。
私を、勇者フィレンツをどこまでも気狂いの知恵遅れな生き物だと心の底から思っているのだろう。

「魔王殿は強大な力を持ってはいるが、私のことを頭から足の爪先まで操れる訳ではないようだ。
質問に答えよう、簡単な話だよ。
何故、人間の脳内を覗き見れる怪物を前にして未来を教えるような真似をせねばならない?
今、私が『先見』で未来を見れば、脳内を覗き見れる貴女も未来を知ってしまう。
そうなると観測した未来が不確定になってしまう、私が観測した未来は訪れない。
見る意味が無い、これが答えだが?」

「……へぇ、どうして脳内を覗き見れるって思うのかな。」

「これも簡単な質問だ。
貴女は一貫して勇者である私とその他の人間を区別できていない。
貴女からすれば勇者と一般人は誤差ですら無い、同一の羽虫だ。
それなのに何故私を勇者であると認識できたのか? 何故『先見』を知っているのか?
脳内を、人の内側を覗き見れるのだろう?
人類の頭脳とやらを一網打尽に来た貴女は『先見』の力を今ここで知った。
だから興味本位で私に『先見』を使ってみて欲しい、魔王である己が破滅する一つの可能性を知りたい、と考えている。
これでどうだ、正解かね?」

「うん、正解。
勇者だから賢いのかな? それとも君だから?
興味が湧いたよ『先見』ではなくて、君に。」

「ははは、光栄だよ、何か褒美でも頂けるのですかな?」

戯けて言う私に魔王は妖しく笑った。

「我が名は魔王エキゾエフ。
フィレンツよ、魔族に変異して我が臣下になれ。
さすれば永き時と歴史の転換期の観測をお前は得られるだろう。
その眼で見てみたくはないか?
魔王エキゾエフの破滅を、お前の父の学説が証明される瞬間を。」

「……あぁ、なんてことだ、貴女は歴史上で最も恐ろしい魔王になるでしょう」

私は彼女に恭しく膝をついた。

人類史1700年目、エキゾエフ歴が幕を上げた。

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