勇者とは
焚き火がぱちぱちと火の粉をはぜながら、俺たちを照らしていた。火の音は深い森の中で木の葉の擦れる音を遮っていた、まるで俺たちを闇から守護するように。
「そろそろ夜が明ける。魔王城はもう目の前だ。」
俺たちは魔王を倒しに来ていた。
5人組の少数精鋭パーティーで、魔族の防衛線を掻い潜ってここまで来た。
魔王の寝首をぶった斬りに行く前の最後の休憩をしてるわけなんだが、やっぱり俺たちの空気は少し重たかった。
「分かりきったこと言い出してどうした?ビビってんのか勇者様?」
「バルド、君の方が不安なんじゃないのか?微かに声が震えているよ」
俺は思わず口を噤んで、なんとなく仲間達を観察した。
とんがり帽子を被り、何が書いてあるのかさっぱり読めねえ分厚い魔導書を抱えたロン毛の痩身痩躯の男。魔法使いのチェスター。
いくつもの暗器を目の前に広げて手入ればっかりしている、全身黒装束で口数の少ない陰険な男。
盗賊のグレム。
この薄暗い森の中でも輝いているような艶やかな金髪を靡かせ、穏やかな表情を浮かべる絶世の美貌。
教会の最高位の証である聖女のローブを纏う女性。
聖女ルーイ。
一騎当千の戦士と呼ばれている上に天才剣士としても名高く、人類最強の名を欲しいままにしている超絶無敵のイケイケ大男、大戦士バルド。皆まで言うな、俺のことである。
そして最後に、僕はとっても甘くてセクシーですよみたいな顔をして腰に聖剣を携えた優男、勇者の刻印を額に宿すクソオブクソ野郎だ。
「勇者・クソ間抜け・バカ太郎様は勇敢でいらっしゃるようで流石だな!」
「僕にはレイナードって名前があるんだけど……たった5文字でも育ちの悪い君には難しい名前だったかな? ごめんね?」
「はあ!?テメェやんのか!」
握り拳を作って立ち上がった俺の頭を、魔法使いのチェスターが分厚い魔導書で叩いた。
「魔王城を前にしてるって言うのに……君らは相変わらずだな、ほら行くぞ」
俺は納得がいかなかった。
勇者・ネチネチ・嫌味太郎の嫌味ったらしい言葉や、魔法使いのチェスターに叩かれた事にではない。
焚き火を挟んだ真向かいで同じように立ち上がっていた勇者を宥めているのが、我らが聖女様だったからだ。
「体調はいかがですか?レイナードさん。」
「うん、問題ないよルーイさん、ありがとう。」
聖女様の御手で肩を摩られながら宥められている勇者・デレデレ・三下様は甘ったるい顔を浮かべていた。
「なあ?おかしくねぇか?この待遇差どうなってるわけ?」
俺の言葉にチェスターはため息を一つ吐いただけだった。
うーん、魔法使いはダメだな。俗世から離れて研究室に篭ってるような奴に常識なんて求めるべきじゃなかった。
盗賊のグレムにも声をかけようとして、そのグレムがいなくなっている事に気がついた。
「? グレムはどうした?」
「ここから魔王城までのルートに魔族はいない。チェスターの預言は正しい。このまま最短で魔王に会いに行ける。」
背後からグレムの声がした。
「おい、俺の背後を取るんじゃねえよ!」
「悪い、癖なんだ。」
暗殺者紛いの盗賊に、自分の影を踏まれてるって怖すぎるだろ。
「正確には俺の預言ではなく、師が残した預言なのだが……細かいことはもういいだろう。【火消し】」
魔法使いのチェスターが焚き火に手を翳して呪文を唱えると、火は煙ひとつ残さずに消えた。
それを横目に、俺は身の丈程の大盾と大剣を背負って歩き出した。
その後ろを仲間達が隊列を組みながら歩いている。
別に警戒を怠っている訳じゃないが、魔王城を前にすると今までの旅の思い出が湧いてくるってもんだ。
最初は俺と勇者と魔法使いだけだった。
次に聖女が仲間になって、最後に盗賊が加わった。
それから5人でいろんな事をやってきた、赤い竜をぶっ飛ばしたり、魔族達の施設を破壊して回ったり、魔族の八大魔将を全員ぶっ飛ばしてやった。
ここまで本当に長かった、あとは悪の親玉である魔王を倒すだけ。
俺たちは森を抜けて魔王城の側面にたどり着き、盗賊が壁を登って窓から侵入し、梯子をかけた。
ハンドサインを確認してから一人ずつ登っていき、最後に俺が登った。
魔王城ってのはもっと禍々しい内装をしてるもんだと思っていたが、割と普通の城内って感じだった。
一つ違和感があるとすれば、全く魔族や魔物の気配を感じないってところか。
盗賊のグレムが頻繁に音や気配を探っている事もあって、俺たちの歩みは慎重だった。
一時間ほどかけて魔王城の中心、大広間の扉の前に到着した。
俺たちの間に緊張感はあっても不安はなかった。
今日、俺たちは必ず魔王を倒せる。その自信があったからだ。
何の根拠もなく倒せると妄信している訳じゃない、何百年と生きていたらしいチェスターの師匠が残した預言が俺たちの自信になっていた。
預言は俺や勇者が産まれた時から、魔王を倒す今日この日までを正確に記しているらしい。
預言の全貌を知っているのは、その預言を師匠から受け継いだチェスターだけだったが、旅の道中で何度も預言のおかげで命を拾った事があった。
魔族の幹部である八大魔将を倒した順番も、倒し方も、今日この日に至るまで預言通りだったと、チェスターは言っていた。
俺は今までの旅で突発的な魔族の強襲を受けたり、訳のわからない状況に遭遇した時には、必ずチェスターの顔をチラ見する癖がついていた。
どんな状況でもチェスターは冷静沈着で、その表情に翳りがあったことなんてなかった。
そう、チェスターの顔を見れば今起きている事が預言通りかが分かったからだ。
物語の結末を知っていれば、当然不安もないし、万事上手く行くと冷静で居られるんだろう。
「バルドが扉を大楯で破壊しながら広間に入る。
その勢いのまま突撃して、その後ろをレイナードが追従。
魔王にバルドの突進と、レイナードの聖剣、俺の攻撃魔法を三方向から当てる。
あとは魔王の対応次第だ、行くぞ!」
この勇者一行の司令塔でもあるチェスターが指示を出した。
俺は大楯を真正面に構えて、助走をつけながら走り出し、やがて最高速になった瞬間に扉をぶち破った。
「オラァァァァァァァァッ!」
「魔王、覚悟ッ!」
俺と勇者が裂帛の雄叫びを上げながら広間を走り抜ける。
広間に立っていたのは一人の魔族だけだった、奇妙な仮面で顔全体を隠した、ヒョロい体躯の男。預言の通りならこの場にいるコイツが魔王に違いない。
俺は勢いそのままにシールドバッシュを仕掛けた。
同時に俺の背後から、魔王の右手に躍り出た勇者の聖剣が炎を纏って迫り、左からは大砲のような魔力弾が迫っていた。計画通りの三方向からの同時攻撃。
「我が先を見せろ、ラプ・スラス」
魔王が胸の前で両手を合わせ、唱えた。
両の手の間から稲光と共に一振りの剣が現れ、魔王はそれを握った。
稲光と共に発生した衝撃波によって俺は弾き飛ばされ、魔力弾は消失し、勇者は衝撃波を斬り裂いてはいたが、その聖剣は魔王の剣と鍔競り合う形になって届いてはいなかった。
「クソッ!そんな上手くは行かねえか!?」
勇者と魔王の剣がぶつかり合う。
しかし、数度と打ち合った後、魔王の蹴りが勇者の腹に直撃し、勇者は俺の元まで下がってきた。
勇者の剣筋が鈍い。俺の知る勇者の剣はもっと鋭く、速かった。
少なくとも魔王の蹴りを簡単に受けるような、気の抜けた闘い方はしないはずだったのに。
「気が抜けてんじゃねえのか!ポンコツ勇者!」
声をかけてから気づいた、勇者の顔色が真っ青だったのだ。
「あ、ありえない。どうして…?」
「おいどうした!ハッキリしやがれ!」
動揺を露わにする勇者がポツリとこぼした。
「あれは……聖剣だ」
「……は?」
俺は勇者の視線の先を、魔王が握っている剣を見た。
まるで水底から見上げた月明かりのような、儚くて今にも消えてしまいそうな光を纏うその剣は、確かに勇者の持つ聖剣と似た意匠をしていた。
俺がチェスターの顔を見るのと、チェスターが声を上げるのは同時だった。
「"これ"は預言に無いッ!ルーイ!」
「おいマジかよ…!」
チェスターの顔には焦燥が滲み出ていた。
しかし、俺たちだって何度も修羅場を潜り抜けた勇者パーティーだ。
預言に無い初めてのイレギュラーだと分かっても動きを止めたりはしなかった。
「聖者ルーイの名の下にこの地を聖域と定めます」
ルーイが膝をついて祈りを捧げるとたちまち城内が、空間が、聖域に塗り替えられていく。
聖域とは魔族の侵入を拒む、魔族にとって毒とも言える聖属性の白亜の宮殿を模した結界だ。
大広間が白亜の宮殿に変化する中で俺とグレムが魔王に迫った。
「ルーイを守れレイナード!『イグナイト・スタブ』」
俺が真正面から大剣を振りかぶり、盗賊グレムが魔法を唱えた。
イグナイト・スタブは標的の背後に瞬間移動し、莫大なエネルギーを秘めた紅い閃光を至近距離で叩きつける技だ。
俺とグレムの連携技であり、これを初見で破いた奴は居なかった。
魔王は俺の大剣を紙一重で避け、正面にいる俺に見向きもせず背後に振り返り、その手に握っている聖剣でグレムの右腕を半ばから切断した。
「ッ!グレムッ!」
グレムの姿が掻き消える、チェスターの空間移動魔法による移動で聖女の側に移動させられたのだろう。
『獅子の咆哮』
俺はグレムの姿が消えたのを確認してから、大音量の咆哮をその場で上げた。
自身の鼓舞、相手への威圧、身体能力の一時的な向上。
避けられるだろうと予測した上で大盾を投げつけて、俺の姿が大盾の陰に隠れたタイミングで力強く一歩踏み込んだ。
大剣を両手で握り、大盾ごと魔王を両断するつもりで横薙ぎの一撃を放つ。
どうやら、この魔王は俺の大剣の間合いを初見で見切っているようだったが、俺にはまだ隠しネタがある。
この大剣は風属性の魔大剣で、任意で無色透明の風の刃を纏えるのだ。単純に大剣のリーチが伸びるってわけで、大剣の間合いを見切れるような猛者ほど引っかかる。はずだった。
魔王はまたしても、俺の大剣を、大盾ごと迫った風の刃を紙一重で避けた。
俺は姿勢を崩したまま魔王の持つ聖剣を受け、横腹に深くはないが浅くもない斬り傷を受けてしまった。
全身を包むようなチェスターの魔力の波動を感じて俺は叫んだ。
「俺が時間を稼ぐ!その間に最善の策を考えろチェスター!」
『獅子の咆哮』
2度目の咆哮。
魔王は微風のようにしか感じていないようだった。
両手で大剣を握りしめ、低い姿勢で獣のように、獅子のように疾駆して魔王に迫る。
勢いそのままに大剣を魔王に向かって振りかぶるが、俺はあえて魔王に当たらないように、その眼前を通るように振るった。
「どういう仕掛けだ、それは……テメェは"眼"がいいのか?」
魔王は俺の大剣を前にして身じろぎの一つもしなかった。
俺が大剣をわざと当てないように振るうと分かっていた。
疑惑は確信に変わった、何か仕掛けがあるのだと。
大剣の間合いを初見で見切れるような剣術の達人な訳ではないらしい、例えそうだとしても風の大剣や、グレムの暗殺術を"知っていたように"避けた事に説明がつかない。
こんな分かりやすい時間稼ぎに乗ってくれるらしく、魔王が口を開いた。
「ふむ、もしかすれば脳を覗き見られていると考えたりはしないのかね」
「思考が読めますよってか?そりゃ壁越しにも分かるもんなのかよ。
奇襲で襲いかかった俺と魔力弾を稲光で弾いて、勇者の剣を見切って腹を蹴り飛ばせますって?」
「思考が分かるならできると思うがね?」
「じゃあグレムの腕を斬ったのはどういう理屈だ、俺はグレムの動きなんて知らねえからな。
思考が読めるだけであんな簡単に捌けるわけがねえ!
魔王ってのがそんなにすごいなら、グレムは腕を斬られるだけじゃ済んでねえだろうよ」
「………ふむ、魔王?私がか?
聖剣には強い聖属性が付与されていて、魔性を持つ魔族に対して非常に強力だ。何故、聖剣を持っている魔族が魔王だと思うのか、聖剣は人間相手には普遍的な剣でしかないというのに。」
俺は、俺たちは間違っていた。
「……テメェは!?」
その場から離れようとした俺の首に、男の手から放たれた黒色の鎖が巻きつき、俺は鎖に引き摺られ、引っ張られて宙に放り投げられた。
首に巻きついた鎖のせいで呼吸が苦しい、声が出せない。
いやそんなことはどうでもいい!やばい、やばいやばい!
脳内で警鐘が鳴り響いている。
俺が鎖で縛られた挙句、宙に放り投げられたからか、真下で勇者が魔族の男に向かって駆けていくのが見えた。
だが違う!違うんだ、そいつは、クソ勇者、お前が、今すべきなのは
「ッ、ルーイを守れェェェェッッッ!!」
聖女ルーイの背後に、泥のような暗闇が人の形を作り出していた。
俺は喉が千切れんばかりに叫び、直後に視界が暗転した。
チェスターの魔法が俺を瞬間移動させたのだ。
俺の身体は地面に横たわっていて、最初に視界に映ったのは真っ赤な血だった。
「ぁ、」
首から上が消し飛んで、噴水のように血を吹き出しながら倒れるルーイの姿があった。
『浄妙天元雷砲』
チェスターの両手から放たれた魔法が轟音を鳴らしながらソレに迫るも、魔力障壁に相殺されて届かなかった。
「聖域なんて大して障害にはなり得ないけど、私の居城が塗り替えられているというのは気分が良くないからね。」
「お前が……」
展開されていた白亜の宮殿を模した空間が、聖域が崩れていく。
泥のような暗闇は一人の女性の魔族になった。
否、コイツこそが魔王なのだろう。
彫刻芸術のような美貌と紅い角。
その姿を目にしただけで全身の毛が逆立ち、湧き出した不安と恐怖に身体の内側から掻きむしられているような感覚を覚えた。
魂が覚えている、数千年の間、刻みつけられた魔王への根源的な恐怖を。
俺とチェスターが動けずにいる中で、最初に動いたのはグレムだった。
「ルーイ……いま、仇をとってやるッ!」
『顕現・髃理武修羅』
グレムの全身が紅く明滅し、両手両足に膨大な魔力が宿っていくのがわかった。
感じる力の奔流は、魔王に決して劣らない。
紅く明滅し続けるグレムが高速で移動して魔王に迫る。グレムが暗殺拳で殴りかかるも魔王の創り出した障壁に防がれて届かない。
しかし、拳に宿った紅い魔力が爆発し、その爆発は障壁を貫通して魔王を吹き飛ばした。
「マジか!そんなん使えるなら最初から使えよ!」
吹き飛んでいった魔王に向かって、グレムが追撃のために追いかけていく。
一拍遅れてチェスターが俺を見た。
「バルド、まずは傷の手当てに専念しろ。俺はグレムと魔王を抑える!」
「抑える?なんならぶっ殺せそうな勢いじゃねえか」
俺の軽口が届く前にチェスターは瞬間移動でグレムの元に飛んだらしく、その姿が掻き消えた。
「分かってるさ、そんな簡単じゃないってことくらい……」
俺は傷を手当てしようと、兜と全身鎧を脱いだ。
思っていたよりも脇腹に受けた斬り傷は深かったようで出血が多い。
死んだルーイの鞄を開き、治療薬の小瓶を取り出して傷口に振り掛けた。
「ルーイ……クソッ!」
聖女ルーイが死んだ。絶世の美貌はもうどこにも無い。頭ごと消し飛んだのだ。
もう二度と、あの分け隔てない優しさが、穏やかな微笑みが帰ってくることはない。
割り切っているつもりだったのに、非情な現実が重く心にのし掛かるようで、しかしそんな俺の視界に光が映った。
その光は聖剣の光だった、聖剣と聖剣がぶつかり合ってお互いの光を乱反射していた。
魔族の男と勇者レイナードの戦いの残光が俺の元にまで届いたのだ。
悲観に暮れている場合じゃない、俺は鎧もヘルメットも着けずに、大剣を拾って駆け出した。
あの魔族の男は剣筋を見切るだけじゃなく、知らないはずの技を知っているかのように避けてくる。
そんなやつ相手に一対一は分が悪いに決まってる。
事実、レイナードは劣勢であり、小さい傷をいくつも作っていた。
『獅子の咆哮』
三度目の咆哮。
先ほどまでジワジワと己の心を蝕んでいた絶望が遠のいていく。
身体能力の向上と同時に、傷口が開いて出血が悪化しているようだったが、そんなことを気にしている場合じゃない。
「勇者!!!」
「バルドか!?気をつけろ、コイツは未来が見える!」
俺の振り抜いた大剣は魔族の男に避けられたが、勇者が聖剣で牽制してくれたおかげで、相手は反撃できずに距離を取った。
「未来が分かるのは、チェスターだけの特権じゃなかったって訳か……!」
「預言にない状況の説明がついたね、それでどう攻略する?」
「未来が見えるってんならテメェの死ぬ未来を見せてやるまでよ!」
俺が不敵に笑って大剣を構えると、隣で勇者も笑みを浮かべて聖剣を構えた。
「殺す前に一つだけ聞きたい。
僕の名前はレイナード、聖炎の勇者レイナードだ!
お前の名前を教えろ、"元"勇者!」
「は?元……勇者!?」
勇者の言葉に、魔族の男が顔につけていた仮面を外して応えた。
その額にはレイナードと同じ、勇者にだけ現れる勇者の刻印が刻まれていた。
「いいだろう、私はフィレンツ、先見の勇者フィレンツだ。」
「おい、なんで魔族が勇者になってんだよ!?」
「違う、勇者が魔族になった、魔王の臣下になったんだろ?」
未来が見えるらしい魔族の男は元勇者で、だから聖剣を持っていたのか。
「ご明察と言っておこう。
星空を湖面に映して未来を知る術、預言術。
預言を辿ってここまで来た、類稀な才能を持つ者たちよ。」
そう話すフィレンツの眼は遠くを、恐らく未来を見ていた。
勇者だったやつが魔族になって魔王の臣下にいるなんて……。
先見の勇者フィレンツ、未来を見れる男か。
「オーケー、攻略法を思いついたぜ!合わせろよ勇者!」
「不思議だ、バルドが何を考えているのか手に取るように分かるよ、これが分かりやすいバカってことなんだろうね。」
「ハァ!?」
クソオブクソ勇者のボケカスがァ……魔王ぶっ倒した後はお前をぶっ倒してやるぞコラ。
いや、これって名案じゃないか?魔王と勇者、どっちも倒せば名実共に俺が世界最強って事だ!
「行くぞ!!チェスター達には後で謝ればいい!」
【獅子の咆哮】
四度目の咆哮。
全身が軋むような音を立てる。治癒薬をかけた傷が治る気配が全くしない。
構わない、今この一撃に賭けてやる。
身体能力が飛躍していくのが分かる、俺は力強く一歩踏み込んだ。
踏み抜かれた床がバキバキと音を立てて破裂しながら浮き上がる。
構えた大剣がその身に宿す魔風を解放した、轟々と音を立てながら魔風を纏う大剣をフィレンツに向かって振り下ろす。
同時に、勇者も聖剣の力を解放していた。
【風王烈撃】【大聖炎】
俺と勇者の剣から放たれた暴風と猛火が一つになって、大広間の中で巨大な炎の嵐を巻き起こす。超広範囲の技の組み合わせは未来が見れても避けれないはずだ。
すまん、チェスター、グレム、魔王城をぶっ壊すつもりで撃ってるから上手いこと防御してくれ!
そうして炎の渦は大広間のあらゆるものを燃やし尽くした。余波によって魔王城の壁が一部崩壊し、外から日光が差し込んできている。
「やったか!?」
「……いや、」
炎の渦が収まり、煙の消えた先にフィレンツは立っていた。しかし、もう戦える様子ではない。
毛の一本も残らず全身が酷く焼け爛れており、立っているのが奇跡のような状態だった。それでもフィレンツは聖剣を手に立ち、譫言のように何かを呟いていた。
「もう戦える状態じゃねえな、終わりだろ。」
「? なんだ、何か喋っているのか?」
「………ぅ……そうか……。」
勇者が油断なく近づき、声をかけた。
その間、俺は周囲を見渡してチェスター達を探したがどうやら大広間から離れたところで戦っているようで、魔王も含めてその姿がどこにも見当たらなかった。
「おい勇者、魔王とチェスター達はどっか行ったみたいだ、そいつはもう放っといて急いで加勢しに行こう。」
フィレンツが一歩歩いた。
勇者が聖剣を構えて後ろに下がる。
「魔王は……エキゾエフは居ないのか、そうか、『居ないんだな』」
そう呟いてからフィレンツの眼がほんの数瞬だけ青白く光った。それはその手に持っている聖剣と同じ、月明かりのような光だった。
「『先見』は観測した……、魔王エキゾエフの破滅を、観測した……そうか、そうか、父は正しかったのだ……」
万感の想いが感じられるような声だった。
焼死体のような風貌だというのに、その眼にだけは強い光が宿っていた。
「なんだ……?」
フィレンツがゆっくりと聖剣を構える。
「……元々は人間だった私には数千年もの時は猛毒だった、人格も記憶も磨耗してしまっていた。
魔王への忠義心が生まれるのには十分すぎる時間だったのだ。
だが……聖炎は私の魔族としての魔性を、魂に根付いた邪悪を焼き払ってくれた。
……いや、もしかすれば……もう何処かで終わりたかったのかもしれないな……。
これが私の最期なんだ。有終の美を飾らせてくれないか、勇者」
「……フィレンツ、貴方がどんな道を歩んで魔族になったのかは分からない。
それでも、貴方のその覚悟にだけは敬意を表します。」
ここからどんでん返しなんて事が起きることもなく、勇者とフィレンツはお互いに聖剣を構えて、決着をつけた。
未来が見えるにしては、その最期は呆気なかった。
「行こう、バルド。……バルド……?」
俺は、口から血を吐き出した。
視界がボヤけている、血を流しすぎた訳じゃない。
俺の胸から魔族特有の紫色の肌をした腕が突き出ていた。
やがて腕が引き抜かれ、俺は地面に崩れ落ちた。
「バルドッ!!!!!!!」
何が起きたんだ? 視界が暗くなっていく。
何も考えられない、俺は……殺されたのか?
『バルド、勇者って知ってるか?』
『勇者?知らねえな。それよりもチェスター、お前また"霧の森"に入っただろ!大人達が怒ってたぜ?』
『大人達は何も知らない。霧の森には魔女がいるんだ、未来が視える魔女が!そんな魔女に俺は魔法を教えて貰ってるのさ、大人達に一人でも魔法を使える奴がいるか?』
『魔法かあ、そりゃすげえな!俺の大剣と比べたらどんだけすげえもんなんだ?』
『はは、そのうち分かるさ、楽しみにしててくれよ。』
なんで。
勇者?レイナードが?あの顔だけが取り柄の、剣も槍も下手くそなアイツが……
勇者になった途端、急に強くなって……俺が、この俺が剣で負けた。
なんでレイナードなんだ?俺が勇者の力を手に入れてたらもっと強い勇者になれた。
『バルド、俺たちは旅に出なくちゃならない。』
『は?急に何言ってんだよ、俺はこの街の戦士だぞ。
ベテラン戦士が二人死んだんだ、魔族と戦わなくちゃならない。』
『魔王を倒す旅だ。魔王を倒せば、もう誰も魔族に怯えなくて済むようになる。』
『へえ、そりゃ……すげえな』
『レイナードも一緒だ。』
『……魔王と戦うのが勇者だからか?』
『あぁ、預言にはそうある。』
なんでだよ。
俺だって勇者に劣らないくらい強い。魔族に負けたことなんてないから、魔王だって倒せる自信がある。
なんでアイツなんだ。
『聖女ルーイ?』
『そうだ、預言では俺たちの仲間になる予定だ。』
『盗賊グレム?』
『そうだ、預言では俺たちの仲間になる予定だ。』
預言ってなんだ。教えてくれよ。未来が変わってしまうからダメだって?チェスターが知ってるのは良いのかよ。
『魔王を倒せば、もう人々が魔族に苦しむ日は消えるのです。
飢えることも、恐怖に怯えることも。
私は聖女として、人の世の安寧の為に、この身を捧げる想いでいますよ。』
『………。』
『グレムさん?私は何か、おかしな事を言ったでしょうか?』
『……いや、魔王を倒した後の平和な世に、俺の居場所はあるのか、と考えていた。
俺は親に捨てられた。親の顔も、愛情も知らない。
産まれついての怪物だった。強盗、殺人、放火、あらゆる悪事が俺の生きる手段だった。
盗賊団を作って、お前達勇者パーティーを襲った日を忘れた訳じゃないだろ。』
『それなら、一緒に診療所を作りませんか?医学と治癒術を教えてあげます!』
『俺に、俺の手でもできるだろうか』
『できます!あ、でもレイナードさん達には内緒ですよ、私たち二人だけの秘密です。
魔王を倒したら、二人でこっそりどこか遠い街に行きましょう?私たちは聖女と盗賊ではなくて、全く違う二人になって、診療所を開いて、それから……………………』
ルーイとグレムのやつ、良い感じになりやがってどういうことだよ……。
『これも預言にあるのか?なあ?』
『ハァ……バルドお前、そんな盗み聞きをしていたのか?良くないぞ。』
これも預言で知ってたとしたら、チェスターの方がタチが悪いと思うけどな。
『うーん、なあ!ちょっとだけ預言を教えてくれよ!ちょっとだけなら良いんじゃないか?な!』
『ハァ……まあ、そうだな、ちょっとだけなら良いかもしれないな。』
『お!なんだなんだ?』
『魔王を倒すのは……バルド、お前だ。』
「……っ…ぁ」
「起きたか?バルド、まだ動くな、傷が治りきってない。
まだ魔王との戦いは終わってない。」
「……グレム?俺は…いや、今はどういう状況なんだ?」
「……チェスターが死んだ。俺ももう長くない、レイナードが向こうで魔王と戦ってる。」
「…は?」
俺は亀のような遅さで、地面に倒れたまま首だけを動かして、ゆっくりと周囲を見渡した。
周囲は瓦礫の山だった、魔王城はもう跡形も残っていない。
遠くから小さくない破砕音が響き続けている。
「グレム、おまえ、どうした、それ」
そしてグレムには右腕が無かった、否、正確に言うなら身体の右上半身が無かった。
断面が黒く焦げ付いているからか、血が流れてはないが、死んでいないのが不思議なくらいだった。
「……あぁ、ちょっと、魔王にやられた。」
グレムは少し困ったように言った。
「おい、何から聞いたらいいんだ? 魔王城が瓦礫の山になってる事か?
いや、ほぼ死んでるようなヤツに治癒術を掛けられてる事?
そもそも治癒術が使えるなんて初めて知ったぞ」
グレムは俺に治癒術を掛け続けている、その甲斐あってか俺の胸を貫通した穴は見た限りでは元通りになっていた。
「チェスターが大魔法とやらで隕石を落として魔王城を爆破させた結果が、この瓦礫の山だ。
俺はまあ、魂削ってるんだ、少なくともバルドを完治させるまで動けるさ。
治癒術は……ルーイに教わってたんだ。」
「……二人で診療所を開いた時のためにか?」
グレムは少し目を見開いた後、力無く笑った。
「なんだよ、知ってたのか?
……まあいい、治癒術ってのは凄いよな。
こんなに汚れた俺の手でも人を治せるんだから……本当に……ルーイに…感謝しなくちゃ…」
「グレム?……おい、まだ聞きたいことがあるんだぞ!」
俺の身体に添えられていた、グレムの左手から出ていた治癒術の光は消えていた、その瞳にも、もう光はなかった。
一際大きな轟音が鳴り響いた。瓦礫の山がパラパラと音を立てていて、今にも崩れそうな空気を醸し出していた。
「……」
俺は、側に置いてあった大剣を拾って立ち上がった。
音のする方に目掛けて歩きだす。
ルーイが死んだ。チェスターが死んだ。グレムが死んだ。
傷が治ったとしても俺の身体は絶不調だ、治癒術はケガを治しても体力までは回復してくれない。
残ってるのは勇者だけ、俺は戦えたとしてもほんの数分が良いところだろう。
魔王から逃げてしまおうか、勝ち目がないような気がする。
『魔王を倒すのはお前だ、バルド』
預言は人に教えたら未来がズレるんだろ?
だから、そんなの嘘だって分かってる。
俺がここで逃げたら全部無駄になるんだろうな、今までの旅が、過ごしてきた日々が。
逃げたいなんて思いながら俺は瓦礫の山を越えて、魔王と対峙した。
魔王の足元には頭のつぶれた勇者の姿があった。
「は、はははは……何が勇者だよ、なあ!?負けんなよ!!俺が……」
魔王が俺を見た。
「あれ、生きてたの?残念、勇者はもう死んだよ。君はどうする?」
魔王もそれなりに疲弊はしているんだろう、身体にいくつか傷があったが、その立ち姿から感じる魔力と魔王としてのオーラのようなものに翳りは一切感じられなかった。
「どうする?どうするって?ああ、そりゃあなあ。」
俺は大剣を構えた。大剣にはもうこれっぽっちも魔力も魔風も宿ってはいなかった。ただの鉄の大剣だ。
「人間って愚かだよねえ」
「黙れよ、お前に人間の何が分かるんだ」
「分かる、分かるさ!君は何年生きてる?私はもう何千年と生きているんだよ?何千年と人間を見てきた、何十人と勇者を殺してきた!人間ってものをよーく知ってるのさ」
「ああ、そうかよ。でも俺のことは知らねえよな?
俺は人類の戦士、バルドだ!」
『獅子の咆哮』
五度目の咆哮。
精神の鼓舞も、身体能力の向上も、どちらも全く感じられない。スキルですらない、ただの雄叫びだった。
「ははは、人間はいつもそうだ!
私は魔族の王!魔王エキゾエフだ!」
俺は低姿勢で駆け走り、魔王の首に目掛け、渾身の力で大剣を振り抜いた。
魔王はまるで羽虫を払うように手を振っただけ。
ただそれだけで俺の大剣は粉々に砕け散った。
首を掴まれて地面に叩きつけられ、放り投げられた。
「ゴホッ、ゲホッ…」
「くくく、あはははは!今回はそこそこだったね。フィレンツ?あれ、フィレンツはどこ?」
魔王はキョロキョロと辺りを見渡してから、声を大きくした。
「ハッ、元勇者?俺が殺したよ。」
俺の言葉を聞いた魔王は、ぽかんとした顔をした後にケラケラと笑いだした。
「ええ〜、フィレンツのやつは死んだの?使えないな〜……。あ!そうだ、君さあ、魔族にならない?」
……。
「……。」
「そしたら、戦士としてもっと強くなれるんじゃないかな?長い時を得られるんだよ、いつか私を倒せるかも!どう?」
ならねえよ。
「ならねえよ。」
俺は!
「さっき言っただろ!俺は!人類の戦士バルド様だぞ!!!なる訳ねえだろ!」
俺の怒声を微風のように流した魔王は、至極つまらなそうにしていた。
「ふーん、じゃあ死ねば?」
魔王の手から放たれた魔力の塊は、膨大な質量を抱えながら俺に飛んできた。
当たれば間違いなく死ぬ。俺の身体はミンチ肉みたいになるだろう。
『なんで俺が勇者じゃなかったんだ。』
そんなクソみたいな事を思いながら目を瞑った。
轟音が響き、俺は爆風を体に感じていた。
俺は死んでいなかった、何が起きたのかと目を開くと、そこには見慣れた魔導服の男が立っていた。
「チ、チェスター?」
「らしくないな、バルド。死ぬ瞬間まで汚く足掻くと思ってたんだが、案外大人しい死に方をしようとするんだな。」
煙が突風で吹き飛んだ。
空から七つの宝玉が飛んできて、それはチェスターの周りを周回し始めた。
「今が預言の時だ!!!!!!」
魔王が驚いている様子を見るに、チェスターが死んだと思っていたのは俺だけではなかったようだ。
「魔法使い君って死んだよね?殺したと思ったのに生きてたのが二人もいるの?しぶといな〜、これ勇者も死んでなかったりしないよね?」
魔王は勇者の身体に炎を吹きかけて、その遺体を灰にした。
一つ目の宝玉が砕けた。
チェスターの身体が光に包まれ、魔力の急激な高まりを感じた。
チェスターの瞬間移動。魔王は拳で背後の空間を殴りつけた。
その衝撃と振動が大地と空間を揺らしている。
俺は吹き飛ばされないように近くの大岩にしがみついた。
魔王の拳が木っ端微塵になって、そこにチェスターが現れた。
二つ目の宝玉が砕け散っていた。
チェスターが両の手で魔王の頭を掴んで唱えた。
『明星』
紅い魔力が解き放たれ、それは極大の爆発を起こして魔王を飲み込んだ。
三つ目の宝玉が砕け散る。
チェスターの周囲に、己を世界の理から隔絶せんとする障壁が発生し、ほどなくして爆発から飛び出てきた魔王の蹴りを防いだ。
四つ目の宝玉が砕け散る。
何もない空間から無数の光る鎖が飛び出して魔王を雁字搦めに縛り上げた。
五つ目の宝玉が砕け散る。
縛られて拘束されている魔王に、数十の光の槍が突き刺さり、地面に縫いつけた。
六つ目の宝玉が砕け散る。
曇り空が夜空に塗り替えられていく。ギラギラと輝いている星々が、そのすべてが魔王目掛けて降り落ちる。
直撃する寸前で魔王の目が怪しく光った。
降り落ちてきていた星々はすべて光の粒になって消えてなくなった。
鎖が弾け飛び、光の槍を手で握り潰して立ち上がった。
魔王の身体は即座に再生し、元通りになっていた。
「それ、七世の宝玉でしょ。千年前くらいかな?居たよ、それ使ってるやつ。」
「魔女ヴィ・ヴィエ。俺の師匠だ。」
「ふーん、あの女ってそんな長生きしてたんだ、人間のくせに。それで……もう一つしかないよ?」
「チェスター!」
俺は思わず叫んでしまった。何か言いたかった訳じゃない、身体は動かないし、それでも気づけば俺の口から飛び出ていた。
俺の呼びかけにチェスターは振り向いた。
「バルド、覚えてるか?昔、一つだけ預言を教えたよな。あれは、嘘なんかじゃない。」
チェスターの周囲を回っていた最後の宝玉が砕け散った。
空間がビリビリと破れるような音を立てている。
大地から無数の光が蔓のように生えてチェスターに向かっていく。
「これは七星の宝玉。七つの誓約。七柱の英魂。
魔女ヴィ・ヴィエの預言は今ここに成就される!
我が名はチェスター、魔導の極地に立つ者。
相反する魔導の星版に預言を刻む者なり。」
夜空が爛々と輝いている。
月が存在しないこの夜空は作り物だ、魔法によって生み出されたものだ。
今この瞬間、世界は確かにチェスターの手中で塗り替えられていた。
「勇者レイナード、聖女ルーイ、盗賊グレム、魔法使いチェスター、我らの魂をもって人類繁栄の礎とならん!
望むは勇者、望むは極光、魔族を抹消する全なる光!
夜空の者よ、陽光の天威、星海の王よ!
我が願いを聞き届けよ!」
やがて、チェスターは巨大な光の柱になった。
魔王ですら息を呑むほどの、圧倒的なエネルギーがそこにはあった。
大地が鳴動し、時空が音を立てて震えていた。
夜空が祝福している。天がその願いを聞き届けた。
七つの代償と、魔導の極地に至った男の魂を以って、極大なエネルギーを人に収めんとした。
突如として光の柱がバルドに流れ込み、バルドは光に飲み込まれた。
『魔王を討て、バルド。
これよりお前は、極光の勇者バルドになる。
これこそが預言の全て。太古に存在した絶大な力を持った勇者ナギの権能、その再現。』
やがて光が消えると、そこには額に勇者の刻印を宿したバルドが立っていた。
バルドが静かに空に手を上げれば、空から差し込んできた陽光が剣となって降り落ちた。
「……俺が勇者だったらって、考えたことはいくらでもある。
でもまさか、本当に勇者になるなんて……」
「凄まじい……それが極光?六代目勇者ナギの極光だというの?」
魔王が怯えたように後ずさり、バルドが合わせるように一歩進んだ。
「は、はは、バルド君、少し聞いてくれるかい?
私は人と魔族を統べてきた!
実は、この魔王城の後ろには人間の楽園が広がっているんだ。
私は魔族の人口を20万人、人間の人口を100万人になるように管理してきた!
この魔王城の後ろには90万人の人間の住む領地がある、魔族を神の使いとして崇めるように思想教育して、魔族と人間が争うことのないようにしたんだ。
君たちが生まれた国は10万人の人口の街で、魔族と人間の小競り合いを続けさせるために、あえて放置している場所なんだ。何故、そうしているか分かる?」
「…‥急になんだ?何を言ってる?」
「あのね、魔族と人間はずっと殺し合ってきた。文明の発展なんてできないほどに殺したり殺されたりを千何百年と続けてきていたんだ。
原因は魔王と勇者の関係だ!どちらも百年置きに産まれて、私たちは争うようにできてるんだ!この世界の舞台装置なんだよ!
魔族と人間の人口の差によって勇者や魔王の強さは決まる。
弱い勇者しか生まれないように、私は魔族と人間の人口を増えすぎないようにコントロールしているし、今現在も90万人の人間は争いなんて知らずに、ずっと平和に暮らしてきた。
10万人の人間が魔族と小競り合いを続けて、百年毎に生まれる勇者が死ぬだけで、この平和を維持できるんだ。
私はこの大陸の人間と魔族の平和を維持しているんだ、分かってくれる?」
「で?」
「………そう、だから!魔族にならない?勇者といえど人間の寿命からは逃れられないんだ!魔族になれば永遠に近い時間を生きられる!
良き王として、この大陸の王になろう?魔王と勇者、二人で大陸の平和を作ろうじゃないか!」
バルドは歩みを続け、魔王の目の前にまできた。
「つまりさ、人間を家畜のように管理してますってことだろ?魔族にとって都合の良い世界でしかない。
それに俺にはもう先約が入ってんだよ。」
「君は分かってない、私を殺しても、また新しい魔王が誕生するだけだ!
私ほど、この世界の仕組みを理解し、人間の生存を許してくれる魔王なんて……
二度と生まれないかもしれないんだよ!?」
必死に説得しようとする魔王を他所に、バルドは剣を振り上げた。
「チェスターに、いや、皆んなに託されてんだよ。
例え、また新たな魔王が生まれるとして、今お前を殺すのが無意味だとして、それでも俺は……
俺は勇者だ」
極光は振り下ろされ、魔王は灰となった。
世界には必ず夜が明け、日の出があるように、人類に束の間の平和が訪れようとしていた。
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