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灼鋼の蒼海 ~異説・海底軍艦~

死闘の大洋編【1】

■祖国への帰還


 空母「A・リンカーン」率いる叛乱艦隊との戦いに勝利はしたものの、轟天号も無傷ではなかった。ドリル突撃はむろんのこと、なにより島で受けた空襲による傷が思った以上に大きく、ドックに入渠しての修理と調整が必要だった。
 報告を国防総省経由で知った大統領は米海軍のドックと資材、必要とされる人員の提供を申し出るが神宮司はこれを固辞する。
 深海帝国の本格的侵攻が始まった今は、とにかく“組織”からの指示を受けるためにも日本へ帰還しなければならない、と答えた。
「全艦に告ぐ。本艦はこれより日本へ向かう」
 かつては敵国だったアメリカ有数の港街を救った轟天号は、日本本土へと針路を向けて進発した。が、そこに待ったがかかった。

 本来の計画では光国海運の所有する桟橋あるいはドックを目指すところなのだが、出発前に在桑港日本領事を通し「今回の紛争に関して、日本国政府は平和憲法の精神に基づき行動するため、深海帝国と交戦中の轟天号への協力は海上自衛隊基地への入港および、その乗組員の上陸も含め、これを一切拒否すると通告してきたなのだ。
 もし日本の港へ入港すれば、即座に警察を差し向け乗組員を逮捕するという。
「なに考えてやがるんだ!? 轟天号は核攻撃を阻止したんだぞ。日本はおかしいんじゃないのか?」
「日本はまだ攻撃を受けていないらしい。日本は深海帝国と戦争状態にないというのが“組織”が政府の公式見解だと秘匿通信で知らせてきた」
「だって奴ら、世界中に宣戦布告したんですよ!? 日本だけ例外ってわけじゃないでしょうに!」
「日本が攻撃を受けていないのは、相手にされていないからなんじゃないか?」
 楠見の自嘲的言葉に、神宮司が軽く笑った。
「戦後日本は建前上、戦力を放棄したのだろう? 専守防衛と言ったか。保有している兵器のほとんどは米軍のお下がりでは連中の敵ではないな」
 フォトジャーナリストとして陸海空の三自衛隊を取材した経験を持つ旗中は、神宮司の言い様に言葉を失った。
「それにしても専守防衛とは大した平和思想だな」
「そういう意味です?」
「敵国から攻撃を受けない限り反撃できないのだろう? なら敵軍が領海を犯し上陸を始めなければ、政府は攻撃命令を下さないんじゃないか? とするならば、専守防衛など煎じ詰めれば本土決戦思想と変わらんよ」
 本土決戦・・・・・・。その言葉が意味するところに旗中はゾッとした。
「まあとにかく戦争を放棄した平和国家としては、交戦中の勢力のどちらかに肩入れし、戦争の当事者になることは避けたいのだろう」
 嫌な未来予想ばかり出てくる議論を、楠見が纏め上げた。
 面白いことに、現実を見ようとしない政府の姿勢に怒ったのは旗中たちで、神宮司をはじめとする建武隊の面々は「予想通りの反応だ」と冷静に受け止めていた。
「腹は立たないんですか!?」
「立てたところでどうするね? 敗戦から18年、日本人はとにかく戦争にまつわる物一切を忌み嫌ってきた。一朝一夕では変わらんよ」
「それは、占領時代のGHQの政策が…・・・」
「他人のせいにするのは感心できんな、旗中くん。独立を回復したとき、方針を転換することも可能だったはずだ。
 しかし野党や新聞などの言論機関は政治的目的から、こぞって反戦を唱えた。戦争を不可触の絶対悪だと断じ、なぜ戦争が起きてしまうのか、いったい戦争とはどのような物なのかを知ることさえも許さなかった。
 そして国民もそれを受け入れた。あれだけ酷い戦争だったのだ、感情的には無理もないことだ。
 しかしだからこそ、政治家は惑わされることなく国民を善導しなくてはならなかったのに、選挙に落選することを恐れてなんら手を打とうとしなかった。国防問題を掲げても、誰も票を投じはしないからな。
 誰かひとりが悪いのではない。いまの日本の社会がおかしいというなら、その責任は日本国民すべてにあると私は思う」
「日本人全部に? どうしてですか」
「いまの日本は民主主義国家なのだろう? だったら政治や社会の在り様は国民の精神が具現化したものだ。それを正そうというなら、まず自らを正すべきだ。自分の尻は自分で拭く、それが民主主義社会の在り方なんじゃないのかね?」
 神宮司たちが日本の世情に詳しいことに旗中は驚いた。
「“組織”の配慮で、内地で発行されている新聞や雑誌は、月遅れだがほぼすべて読むことが出来たからな。ニュース映画も週に一回、上映したぞ」
 なるほど必要に迫られて隠遁生活を送ってきてはいたが、だからといって情報的に孤立していてはいざというとき様々な問題が生じてしまうことは想像に難くない。

 轟天号拒否という日本政府の意向を知った駐日合衆国大使は本国に轟天号への協力許可を要請、大統領はこれを認め、太平洋軍司令官を通して横須賀基地司令へ、サンフランシスコを救ってくれた恩人に最大限の便宜を図るように、との訓令を発した。
 横須賀米軍基地は日本の国内法が届かない治外法権であるし、合衆国が轟天号に協力するというなら、日本政府もある程度のことは黙認せざるを得ないだろう。
 上記の事情を知らされた神宮司は、合衆国の好意を受け入れ横須賀基地に寄港することを決意した。

 轟天号は音速巡航飛行が可能だが、起動して馴らしもなしでいきなりフル回転させたので、大事を取るため水上航行で太平洋を横断していった。

 桑港大海戦の詳細は全地上世界は当然、横須賀を母港とする第7艦隊の全将兵どころか平和団体と名乗る政治勢力群にも知れ渡っていた。
「戦争反対!」
「海底軍艦は日本に来るな!!」
 平和団体の抗議船が接近してきたが、そこは旧帝国海軍魂を持つ轟天号である。海上自衛隊の艦艇なら抗議船の安全に配慮した行動を採っただろうが、轟天号はお構いなしに横須賀湾内を航行した。
 すると抗議船は転覆を怖れ、自分たちの方から離れていった。
 その様子に驚きを隠せない旗中たちに副長は「弱腰になるから付け入られるのさ」と、ニンマリと笑いながら言った。

 湾内の基地に轟天号が接近すると、待ち受けていた米海軍のタグボートがこれ先導、無事に海自ではなく米海軍基地側に入港した。
 その際、寄港中の艦艇は汽笛を鳴らし、水兵は帽子を振って歓迎の意を示した。
 轟天号は原子力空母の修理に使用される大ドックに入渠、ここで改装を施され、より完璧な海底軍艦へと生まれ変わる予定である。
 すでにその手筈は“組織”によって整えられており、轟天号の建造に関わった技術者の生き残りが全国から横須賀基地へ集結していた。
 に囲まれながらも轟天号は無事に横須賀へ入港、神宮司大佐以下の建武隊隊員たちは18年ぶりに祖国への帰還を果たす。むろん、敷地内は法的には“合衆国”だが、日本の大地であることに変わりはない。
 原子力空母用の巨大ドックに身を横たえた轟天号に、“組織”が解析した超技術をベースに開発された機材や兵装を加える計画が発動される。だが、轟天号の基本設計は旧帝国海軍の規格に沿ったものであり、戦後に職工教育を受けた工員や米海軍の工員の手に余るものだった。
 どうするのかと旗中が考えていると、大戦中に海軍工廠で働いていた熟練工たちが自発的に集まってきた。ニュースによって轟天号の存在を知った彼らは、居ても立っても居られずに、手弁当で全国各地から横須賀へやって来たのだ。
 もちろん彼らだけでなく“組織”によって養成された若い世代の職工たちも数多くいた。
 深海帝国の叛乱艦隊の主力はいまだ健在で、大勢を立て直し次第、轟天号を狙って横須賀を襲撃することは目に見えている。それまでになんとか轟天号の改装を終えなければならない。昼夜を問わない、突貫作業が開始された。

■深海帝国

 轟天号の改装が進められる傍ら、戦中から深海帝国の研究を進めてきた“組織”のメンバーである考古学の泰斗、白石亮一博士を加えて、神宮司たち轟天号幹部に対する聴聞会が全世界注目の中で開かれた。
 合衆国および国連の強い希望で、聴聞会の内容はその一切が始まったばかりの衛星放送で世界中に配信されていた。
 また、与野党の代議士に限らず、各国大使あるいは特使が特に陪席を許され、聴聞会は戦後日本史上前代未聞のイベントとなった。
 会がはじまると数多くの質問がなされたが、自然、轟天号についてよりも深海帝国とはいったい何者なのか? という一点に収斂されていった。
 国会議事堂の大会議室に、理知的な顔立ちの青年学者の透き通った声が響いた。
「そもそも深海帝国は、我々人類が文明を手にするより遥か以前に地上を支配していた、先史文明の末裔であるとされております」
 気の遠くなる超古代、太平洋上に人工大陸を築きあげた彼らはそこを首都として、世界中に植民都市を持つ大帝国を建設、現代文明など及びもつかない空前の繁栄を謳歌していた。
 しかし、やがて世界中に作った植民都市の間で戦争が勃発、それは全世界を巻き込む大戦争に発展してしまう。
 そして確証を得るまでには至ってないが、残された記録や捕虜から得た情報によると、おそらくは細菌兵器が原因で古代文明世界は崩壊。
 わずかに生き残った者たちは海底に逃れて深海帝国を築き、そしてなんらかの必要性から地上との交流を断絶、30年ほど前まで帝国は冬眠していたのだという。情報が不正確なのは、その後も色々な問題や災害が生じ記録が断絶してしまったためだった。
「先史文明や深海帝国に関する研究はじゅうぶんに進んでいるとは言い難い状況であり、轟天建武隊が基地としていた島に遺されていた遺跡も、叛乱艦隊の攻撃によって貴重な史料とともにすべて消し飛んでしまったことは、誠に残念であるとしか言い様がありません」
 敵の正体のおおよそは分かったが、ただ奇妙なのは、古代人たちがいきなり歴史に現れたということだった。
 超科学を得るまでに至る文明の進化の過程が、全くと言っていいほど分からないのだ。それはまるで、突如として超科学を持った文明が地上に現れたかのような印象を与えた。
 ともあれ、彼らは世界征服と現人類の隷属を求めており、そこに妥協点は見出せない。
 となれば、この世界を守るためには戦うしか術はなかった。
 だが「なにがなんでも戦争はダメ」と言う野党は、まず建武隊隊員を物資隠匿の罪で糾弾すべきだと筋論を主張した。
 さらにこれが容れられないとなると、次は政府の許可も得ずに外国で武力を行使したことを挙げ、建武隊は旧軍と同じく文民統制を軽視する危険な好戦主義者の集団であり、政府に厳罰を求めると主張しはじめた。
 同日、野党に呼応するように日本弁護士会は、無許可で戦闘を行い「A・リンカーン」および随伴駆逐艦の乗組員をフネもろとも葬ったことを、殺人行為として訴訟するとの発表を行った。

 野党の動きに対し与党からは、深海帝国の侵略に備えて自衛隊に防衛出動の許可を与えるべきだとの主張が唱えられたが、野党連は話し合いによる和平と、平和憲法の護持を主張した。
 それどころか武装した建武隊隊員たちは違法な存在なので即刻逮捕、轟天号は即時解体処分とすべきだとまで叫び出した。

「轟天号を解体だって!? 野党はナニ考えてやがるんだ!?」
 改装中の轟天号を写真に収めていた旗中は、なんとか帰国した西部から政界の動きを知らされ、政治家たちの見識のなさに憤りを感じた。
「あいつらにとっちゃ、深海帝国なんてどうでもいいんですよ。ほら、衆議院解散が近いってウワサがあるデショ? 政局の道具に使おうってンですよ」
「なんだおまえ、変に頭が回るじゃね-か?」
「へへへへ。ほら、ウチのオヤジはN県議員連でお偉いさんやってるから、いろいろ聞こえてくるンすヨ♪」
「さすがはおれの弟子だな。……それにしても、な~~んかイヤな臭いがするぜい」
 旗中の脳裏に、なんとはなしにあの溝呂木という怪人の貌が浮かんだ。


■皇帝の剣

 太平洋の海底に潜む深海帝国から補給用潜水艦が発進、洋上に待機中の叛乱艦隊へ、次々と武器弾薬などの物資を補充していた。
 さらに帝国本土のドックでは轟天号に匹敵する新型艦の整備が進んでいた。戦力が充実していく様を見ながら、ハルバドスは今度こそ轟天号を倒してみせると、帝国の守護龍とされている「マンダ」に戦勝を祈願する。
 そんな彼を遠目に、古代ローマ帝国の軍人を思わせる鎧に身を包んだ若き戦闘指揮官は、「轟天号を倒すのはあのような老人ではない。この俺だ」とうそぶく。
 彼の名はヘル。ルクレティア二世の皇女時代、武官として講義したこともある名家出身の提督である。ヘルはその高い能力と部下を大切にする人柄から、同じ貴族出身が多い少壮将校たちはむろんのこと、平民である下士卒たちからの信望も篤かった。
 鋭気溢れるヘルは、帝国軍の中枢を老人たちが占めていることに、強い反感を抱いていた。
(あの連中は陛下を奉っているように振る舞ってはいるが、その実、腹の中では血筋だけの小娘よ、と侮っておる。どいつもこいつも帝国に寄生するしか能がない馬鹿者どもよ。このような連中に帝国の、そして陛下の未来は任せられん……)

 突然、海底地震が帝国を襲来、海底都市のあちこちで落盤事故が発生した。急ぎ救助活動が行われたがそれにも限界があり、少なくない数の臣民が犠牲となった。
 人々はマンダを祀る神殿に集まり、祈りを捧げる。
「我が神、我が神。この苦しみから我が民族を解き放ち給え。地上の奴隷どもに正義の鉄槌を下させ給え!」
 人工都市が限界を迎えていることは、誰の目にも明らかだった。急ぎ地上再支配を果たし移民を行わなくては、伝統ある帝国は滅亡の穴へ落ちてしまうだろう。
「セグソタァ、マンダ!! セグソタァ、マンダ!!」
 帝国中に、守護龍へ援けを求める祈りの声が響き渡った。
 
 寝所で休んでいるルクレティア二世は、不慮の事故で崩御した父の跡を継ぎ戴冠したときに知った、帝国の苦難の歴史を夢で見ていた。
 細菌から逃れた帝国人は、長い深海生活を続けるうちに環境に適応し、地上帰還の意欲を失っていった。
 軌を一にするかのごとく、かつて眩いばかりの繁栄を誇った文明は退行をはじめ、度重なる冷凍睡眠の弊害なのか、出生率も大幅に低下し人口は減少の一途を辿った。
 このままでは遠からず、帝国は滅んでしまうに違いない。これに危機感を覚えた時の皇帝は、地表から呪われた細菌が消滅する日まで生き延びるために、地上時代の遺産であるステイシス・フィールド……停滞力場装置を用いて帝国の時間を停止させた。

 時間停止から幾星霜の時が経ち、地表に満ちていた細菌はほぼ死滅しようとしていた。長い年月を経ていたにも関わらず、停滞力場装置の機能は損なわれていなかったが、比類無き海底地震が予想外の事態を生じさせた。
 深海帝国の約半分が、地底に呑みこまれてしまったのだ。むろん帝国の機能にも大きな障害が発生、管理を行っていた制御中枢は、修理が済むまで停滞力場を維持することを、独自に判断せざるを得なかった。

 気が遠くなりそうなほど長い長い時間が過ぎていき、帝国の機能が完全に復旧したのは第一次世界大戦の最中だった。災厄を免れた人々は無事に意識を取り戻したが、彼らを待っていたのは古びた帝国と半分近くまで減った人口という、過酷な現実だった。
 人口の減少は危機的レベルにまで進んでいた。彼ら生存者たちは、かつて恐るべき災厄をもたらした細菌がいないことを確認すると、まず地上世界の情報の収集を開始した。
 その結果、地上人類が容易に駆逐できないレベルにまで繁殖していること知ると、皇帝は浸透工作と破壊工作の二段構えで地上侵攻を行うことを決定、来るべき侵攻に備えて、さらなる情報の収集を開始する。
 だが、時間は無限ではなかった。なんとしてでも帝国が限界点に達する前に、この閉塞した情況をなんかしなければならない。
 そんな情況の中、皇帝が不慮の事故により崩御、皇女アヴトゥーが即位しルクレティア二世となった。
 父の跡を継いだ彼女は地上との戦いを望まず、重臣たちには話し合いでなんとかできないものか、再度検討する様に命令した。
 だが皇帝とはいえども、老いた重臣たちがローティーンの少女に心服するわけもなく、タカ派が大勢を占める政権の運営は困難を極めた。
 いったい、いくど民族の生存を賭けた戦いという、恐るべき重圧に押し潰されそうになったことだろう。心が折れそうになったルクレティアを支えたのは、愛する祖国と臣民を助けたい、ふたたび陽の光を浴びさせたい、その赤誠だけだった。
 そんな労苦が続いたある日、彼女は皇帝しか入ることの許されないアーカイヴで、最も古い「書」を発見する。
 それは今となっては知る者もいない、地上時代の初期の歴史を記したものだった。
 興味を抱いたルクレティア二世はこの「書」を解読していくが、すべて読み終わったとき、彼女は地上を武力によって征服すると、方針を180度転換させハト派の重臣たちを次々と更迭していった。
 ハルバドスたち武闘派重臣たちは、この幼く頼り甲斐のない皇帝が翻意したことに安堵したが、かつて近衛隊長として側仕えしたことのあるヘルは、その変心ぶりにいったいなにがあったのか? と訝しんだ。
(まあ良い。陛下が征服をお望みなら、おれはそれに従うだけだ)
 一方、ルクレティア二世は秘かな決意を胸に抱き、誰にも真意を打ち明けることなく、地上侵攻の準備を進めていった。
(誰にも話せぬ。これは、妾ひとりの胸の裡に収めておかねばならぬ)
 午睡から目覚めたルクレティア二世はひとり「書」にアクセスし、彼女たちの祖先である古代文明が生まれるきっかけとなった「箱舟」の姿を見る。
 巨大な箱舟の外殻には「United Naitions of Pacific、Outer Space Ship」と書かれていた。
(つづく)


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