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灼鋼の蒼海~異・海底軍艦~

前書き

 本作は小説とプロットの中間層に位置する、喩えるならばゴジラのような作品であり、かつてMixiで公開し好評を得た過去を持つ。
 当時交友関係のあった大艦巨砲漫画家飯島祐輔氏が気に入り「僕がイラストを描くから絵物語風にしよう」とまで言ってくれた。
 家が近いこともあり打ち合わせを重ねたが、氏の急逝により絵物語化は頓挫してしまった。
 その後、仮想戦記を出していた版元の編集氏が飲み会で「変わった企画が欲しい」と零していたので、本企画を売り込もうとしたが古典小説&有名な特撮映画の二次創作の上に私が鬱を再発させてしまい、これも果たせずに終わった。
 以来十数年、そのうちまた人目に触れる様にしたいと思っていたところ、朋友あべとおる氏の勧めでこのnoteが発表の場としては最適ではないかとの考えに至り、今回の仕儀に至った次第である。
 記事公開当初は固有名詞をオリジナルから私独自のモノに変更していたが、思うところあって元に戻した。
 兎に角、本シリーズはすでに書き終えているので、週に二回ぐらいのペースで更新していこうと思っている。よろしければ、私の妄想にお付き合いください。そして楽しんで頂けたら望外の悦びであります。では開幕。


謀叛海域編【1】


■忍び寄る影

 ポラリス型核ミサイルを搭載したアメリカ海軍のジョージ・ワシントン級原潜の最新鋭艦「エイブラハム・リンカーン」が、突如として太平洋上で消息を絶つという事件が起きた。
 米海軍の必死の捜索にかかわらずその行方は杳として知れず、事故説や東側への亡命説も唱えられたが、真相が明らかになることはなかった。
 ここ最近、無許可離隊者が数多いことから、世間の非難が小さくないであろうことを思うと、海軍当局の頭はひどく痛んだ。そう、実はここ一年近くの間、やたらに無許可離隊事件が起きていた。しかも兵卒ばかりでなく尉官、いや、佐官までもがそうした事件を引き起こしていた。
 ただ妙なのは、全員が一定期間を経るとかならず帰隊するのだ。離隊中の記憶が曖昧なことから、なにか事件に巻きこまれたのでは? との見方もあったが、なにかしらの結論を得るには至っていなかった。
「いったい、合衆国海軍の規律はどうなっているんだ!? だいたい、こんな手の込んだコトをやらかすのは、共産主義者に決まっておる!」
 共産主義嫌いで知られたある提督は、呆れ半分怒り半分で副官に怒鳴り散らしたが、実はその共産主義者の海軍でも同様のことが起きていたのだった。

 そして「エイブラハム・リンカーン」失踪から一年後の昭和38年。
 日本各地の工場で原因不明の爆発事故や、世界人口調節審議会を名乗るテログループによる爆破事件が続発していた。
 いったい世界人口調節審議会とはなんなのか? 原因不明の爆発事故も彼奴らの仕業なのなのだろうか……。
 60年安保での猪突猛進な取材っぷりから、「鉄砲玉」の徒名を奉じられた新進気鋭のフォトジャーナリスト、旗中進とその助手を務める西部善人は、新たに狙うヤマを世界人口調節審議会に絞り、爆破テロ事件を追っていた。
 そんな中、彼らはふとしたことからテロにあった企業と、爆破事故を起こした鉄工所や船舶部品会社との妙な繋がりに気がついた。
 そのどれもが直接でないにしろ、日本政財界の黒幕と言われる黒澤健吾を総帥とする黒澤グループと、なんらかの形で関わりを持っていたのである。

 黒澤健吾。彼は戦前、知米派だったがゆえに反戦思想の持ち主と疑われ、特別高等警察――特高に逮捕された過去を持ち、東條英機首相暗殺計画にも関係していたと噂されていた。ヨハンセン――吉田反戦グループにも名を連ねていたのは事実らしく、戦後、総理となった吉田茂の特命を受けて秘かに渡米、米政府と接触を持っている(詳細不明)。
 こうした経歴を持つがゆえなのだろう、敗戦後にGHQが断行した改革によってほとんどの財閥が解体され、資産家が財産を失っていたにも拘わらず、彼は経済力を維持し続けることに成功した。

 戦前に培っていたアメリカとのパイプのおかげなのか、占領時代は進駐軍相手に商売を展開、独立回復後は旧財閥を追い越す勢いで政界に食い込んでいき、現在では財界どころか政界の重鎮さえも一目置く「目黒の天皇」あるいは「最後の政商」の徒名で知られる大物に成り上がっている。それだけになにかと噂が絶えない人物で、児玉善夫や笹川良一と言った右翼あるいは国粋主義者との関係も噂されていた。
 旗中は爆破事件の裏に、なにやら大きな陰謀を感じとり、黒澤に取材の焦点を絞る。
 ある夜、黒澤は赤坂の料亭で、光国海運の楠見専務と秘かに会食を持った。光国海運と言えば、戦後真っ先に欧米への航路を再開した業界の雄であり、その一方で南方の旧植民地への航路をいくつも有していた。
 黒澤と上原の間に、なにやらキナ臭いものを感じとった旗中は、会食を終えてハイヤーに乗った楠見とその秘書、神宮司真琴の後を追いかける。だが奇妙なことに、なぜかハイヤーは都心から離れていく。
「葉山の別荘にでも行くのかな?」
 しかして旗中の推察は外れた。

「おい、きみ。どこに行くつもりだ!?」
 自動車が自宅とは見当違いの方向を進んでいることを楠見が質すと、運転手は不快な笑い声で応えた。
 運転手が別人だと気づいた楠見が「貴様何者か!」と問うと、運転手に化けていた痩せぎすの男は「世界人口調節審議会から参りました、溝呂木と申します」と不敵な笑みを浮かべ、ふたりを神奈川県の外れに位置する某海岸へ連れて行く。いったい溝呂木という男はなにをしようというのか? 彼は言う。
「楠見少将閣下。あなた方の“組織”が進めているX計画は、人類にとって甚だよろしくない未来を招来する可能性を秘めております。人類の永遠の存続と繁栄を望む我が審議会としましては、その様な悪魔の計画を見過ごすわけには行きません。そこで審議会はあなたを虜にし“組織”と取引を行おうと考えました」
 旗中と西部が身を潜めながら様子を伺っていると、沖合に国籍不明の潜水艦が浮上する。
 ただならぬものを感じ取った旗中たちは、取材対象には不干渉というジャーナリズムの原則を破って割って入る。喧嘩には少々自信があった旗中だが、溝呂木はある種の格闘術の訓練を受けているのだろう、簡単にあしらわれてしまう。
 さらに懐から拳銃を取り出すと、溝呂木は不快そうに顔を歪め旗中へ銃口を向けた。
「邪魔者め」
 トリガーが引かれそうになったそのとき、いずこからともなく現れた黒ずくめの背の高い男が、溝呂木を砂地へ叩き伏せた。
 形勢不利と見た溝呂木は上原に「閣下、またお会いしましょう」との言葉を残し、海中へ遁走してしまう。旗中は楠見に事情を問うが、彼は知らぬ存ぜぬを通しなにも喋ろうとはしなかった。
 そして危地を救ってくれた男も、いつの間にやらかき消すようにいなくなっていた。なんとも奇妙な夜の出来事であった。


■許されざる者

 楠見と真琴を東京に送った旗中は、自宅には帰らずそのまま戦史に詳しい友人宅を急襲した。
「なんだい、こんな朝早くから」
「おまえの知識を借りに来たんだよ」
 有無を言わせず上がり込み、友人の書斎へ押し入っていく。
「朝飯くらい食べさせろよ。おれ、徹夜仕事で寝てないんだぜ?」
「おれも同じだよ。ほら、パッシンやるから」
 そう言うと旗中は懐から、パシフィック製薬の精力剤を取り出して友人に手渡した。友人は用件の内容を聞くと、書棚から軍人名鑑を取り出して楠見の名を探した。彼の前身は容易に知れた。

 楠見雄蔵、旧帝国海軍軍人で最終階級は少将。艦政本部勤務が長く、実戦タイプではなく行政型の軍人だった。昭和20年、急病で待命となった大林末雄少将に代わって第一特攻戦隊司令を拝命、横須賀鎮守府勤務となり敗戦を迎えた。その後第二復員省に出仕して在外軍人の帰国に尽力、翌年六月に同省が解散すると知人からの引きで光国海運に入社した。

「ああ、おまえが言っていたのは楠見少将か」
「知っているのか?」
「一部では有名だな。神宮司事件に関係している、って噂がある」
「神宮司事件?」
「八月十四日の夜、終戦の勅諭を巡って近衛や厚木の叛乱でゴタついてたときに起きた事件のことさ。首謀者の名を取って神宮司事件って呼ばれてる」
「首謀者?」
「神宮司八郎海軍大佐」
「………どっか聞いたような?」
「先生、あのお嬢さん、秘書さんの名字ですよ!」
 西部の指摘に旗中は「あっ!」と声をあげた。

 旧帝国海軍大佐、神宮司八郎。言い訳を好まず、信じるところあれば、たとえ家族や家名を犠牲にしてでも大儀に尽くそうとする、戦前においても古いタイプの軍人だった。

 古武士のような性格は、かつて会津松平家の重役として官軍と戦った祖父から、維新後は恵まれない境遇であっても愚痴を漏らさず、忠君と大儀に生きることこそ男の在り方だと教えられてきたために形成されたらしい。
 人当たりの良い父と異なり武遍な彼だったが、海兵学校の成績では常に首位をキープ、卒業後は恩賜の短剣組として将来を嘱望されていた。
 様々な部署を経た後、太平洋開戦時には軍令部作戦課に勤務。
 造船技官だった父の影響か建艦技術にも詳しく、それゆえ空母「赤城」の戦没原因が実は爆撃によるものではなく、舵を破壊されたからだと気づく。
 彼は原因を徹底追及し改善策を打ち出すべきだと唱えるが、これが軍中央の逆鱗に触れることになり、潜水艦隊へ転属させられてしまう原因になった。

 出世コースから外れたものの、ここで彼は潜水艦の将来性に開眼、「次の戦い」に備えての潜水艦戦研究をはじめる。
 当時の潜水艦は低速な上に潜航時間が短く、補助艦艇の域を脱することが出来なかった。戦術環境さえ整えば、水上艦艇にとっては恐るべき脅威になったが、超音波探信儀が実用段階に入ったいま、ドイツ海軍の例を見るまでもなく、その優位性も失われてしまった。
 だがそれはすべて技術の未発達に起因するもので、技術が進化すれば解決可能であるに違いない。
 じゅうぶんな技術力の元で建造される新時代の潜水艦は、水上戦闘艦にとって恐るべき脅威となるに違いない、と神宮司は結論し、それを実現するに必要な機関その他の研究を、悪化の一途を辿る戦局を横目に進めていった。
 敗戦が動かし難い事実として迫る中、神宮司は次世代型潜水艦を生み出そうと研究に没頭していた。
 そして本来なら多くの軍人がそうであったように、淡々と玉音放送の元にそのキャリアを終えるはずだった。
 しかし彼は終戦の直前、誰もが想像もしなかった行動に出た。部下を煽動して叛乱を引き起こしたのだ。

 神宮司大佐の起こした叛乱事件は、海軍厚木基地や近衛師団の叛乱の陰に隠れた、いわば昭和の秘史とでもいうべきものだった。
 政府がポツダム宣言受諾を決定したことを知った神宮司は部下を扇動、就役したばかりの伊号403号潜水艦を強奪していずこともなく姿を消したのである。

 当初は敗戦を良しとせずアメリカ艦隊へ特攻したのだろうと思われていたが、その後、大量の金塊と貴金属を403潜に積んでいたことが発覚、それまで隠匿していた物資を持ち逃げしたのだと見なされた。

 敗戦後に海軍は解体されたため、神宮司の罪を問うべき組織は存在しなくなった。
 が、それでも国を憂いての叛乱ならともかく、物資隠匿というなによりも恥ずべき汚名は残り、戦後になっても妻や子どもたちに肩身の狭い思いをさせたであろうことは、想像に難くない。
 叛乱当時、同じく横須賀鎮守府に勤務し、かねてから親交が深かった楠見に疑惑の目が向けられた。
 事実敗戦後には数度に亘り、GHQの取調べを受けている。GHQは神宮司が隠匿した物資を使い占領軍に対してゲリラ活動を行うのではないか? と疑ったのである。
 しかし楠見は神宮司の行方について、自分は何も知らないと強硬に主張した。その強情さに呆れたGHQは彼を釈放、やがて占領は終わり事件を知る者は時とともに少なくなっていった。

 叛乱の顛末を知った旗中は、神宮司の隠匿した資産が光国海運の設立に、いや、戦後成長著しい黒澤グループになんらかの形で用いられたのではないのかと考えた。
 どういう経緯かは分からないが、昨晩の男と潜水艦は神宮司絡みであることは間違いない。
 もしかすると隠匿物資はいまだに噂の絶えないM資金のようなものであり、そして謎の男はそれを狙う某国の工作員なのではないのか?
 もしそうならば、ジャーナリストとして放ってはおけない。
「徹底的に追いかけて、かならずお天道様のもとにさらしてやるぜ」
「先生、やめましょうよ。ヤバイよ、このヤマは」
「旗中の推測が当たっているとしたら、こりゃあ下手したらとんでもない大事になるな」
「そうでしょ? ねぇ先生、やめましょうって」
「なんだよ西部。おまえ、それでもフォトジャーナリスト志望か?」
「そりゃそうですけど、命あっての物種ですもん」
「なに言ってやがる。危険なヤマだからこそ、当てたらデケェんじゃねえか。おまえもこの<鉄砲玉>の弟子なら、ネタのためならたとえ火の中水の中って気概を見せろよな」
「拳銃で撃たれそうになったの、もう忘れたんですか!?」
「なーに、外国のスパイなんか一捻りよ。なにしろパシフィック製薬のパッシンを飲んでるからな」
「……あんたメーカーの宣伝員か」
 ニヤっと笑う旗中に、西部と友人は呆れた表情を浮かべた。
(つづく)

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