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[マグカップのよみがえり#3] 完結編
作業に取りかかったのは今年の6月初旬だったと思います。当時のわたしにはSNSへの投稿自体が未知の世界だったので記録もなければ写真もありません。威張っているのではありませんが。幸い、細かな手順はあらゆる媒体で紹介されているので興味のある方はそちらを参照していただけるとありがたいです。
結論を先にいいます。「割れ、欠け、ヒビ」の三重苦のマグカップはよみがえりました。仕上がり具合は別としてですが。
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さんざんな出来です。金粉0.1gはあっという間に使いきったので内側は弁柄漆の仕上げとなりました。しかし、珈琲は飲めるのです。繕われたマグカップを持つだけで特別な時間が訪れるみたいなのです。
何度眺めてもきれいだと思います。それくらい好きだから壊れたのに手放せなかったのですね。そう考えると、今回の金継ぎは無謀ではなく必然だった、かもしれません。
金継ぎというものを知らなかったので、やってみることになり、マグカップはよみがえってくれました。「知らない」ということは戦いのツールにもなり得るのですね。
壊れたけれど修復してみると以前より一層良くなるって、もしかすると人間関係も? 壊れたままになっているあの人、この人の顔が思い出されてきました…
修復できるともっと良くなるのか…
ここまで読んでくださってありがとうございます。
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