漫画読書感想文①「MONSTER」

 ※一部ネタバレがあります。ご注意ください。

 この漫画に出会ったのは何時だっただろうか。確か小学生の頃に実家の本棚に置いてあったのをふと手に取った時だったと思う。勿論子どもの時分だったので内容もよく分からないし、なんかよく分からないと本棚に戻していたと思う。にもかかわらず、中学生くらいになる時にまた手に取ってしまった。やはり内容は小難しくてよく分からなかった。しかし、作品の中で生き生きと生きているキャラクターの表情や声からは不思議と目を離すことができなかった。残念なことは、実家では全巻揃って無く中途半端に読んでいたくらいか。わざわざお小遣いで買って読もうとはしなかったが、記憶の端に何かが残った。そして、高校生になった時アルバイトして稼いだお金で全巻揃え、最終巻まで読み終えることができた。生まれて初めて、漫画を読んでボロボロと涙を流したかもしれない。最終巻を読んでいるとき、しゃくり声で呼吸は乱れて、ページをめくる手が震える、それでも場面場面で描かれる人間模様から目を離すことが出来なかった。それだけ、この漫画が僕の人生に与えた影響は大きかったと今でも思っている。

 MONSTERは浦沢直樹の描くサスペンス作品だ。ドイツに日本からやってきた天才外科医・Drテンマは、勤務先の病院でその腕を遺憾なく発揮し確かな地位を築こうとしていた。しかし、ある日彼が院長の命令に背いて一人の少年の命を助けたことから日常が大きく変わり、ドイツ史上最悪の事件が幕を開ける。そして、ある殺人事件の無実の罪を着せられたDrテンマは、冤罪を晴らすために逃亡生活を送りながら、ドイツの裏社会が生み出した怪物の謎に迫る。
 
 この作品の魅力は何だろうかと思うと、緻密な心情描写を丁寧に描き、場面に引き込んでくるところだと思う。Drテンマが逃亡生活を送る中で、魅了して止まない素敵なキャラクターが敵味方問わず沢山現れる。一人一人が自分の過去や現在に何かしらの問題を抱えながらも、ぶつかったり、助け合ったり、追い詰められたりしていく中で自身の心と向き合い受け入れていく。これだけの細かな人間模様を緻密に描写してのけているのは芸術の域だと思う。この漫画の凄いと思うところは、言葉に表さない微妙な表情の変化で心情を察せさせたり、間を作ることが出来る。読んでいるこっちも空間に引き込まれてしまう。漫画なのに目の前でドラマが繰り広げられているような不思議な感覚になる。

 特に僕の好きなキャラクターは「グリマー・ノイマイヤー」という人物だ。フリーのジャーナリストをしながら各地を巡り、かつて行われていたという人体実験の闇に迫ろうとしていた。彼はいつもニコニコしていてユーモアがあり、Drテンマの心強い協力者であるのだが、実は感情というものを知らず感情のあるふりをしている人物だった。彼について印象的なシーンがある。自分の親を知らない孤児が「自分は望まれて生まれてこなかったんだ」と悟り自殺しようとするときに助ける場面だ。グリマーは努めて好意的な雰囲気で優しく諭そうとするが、少年の目の絶望から事態の深刻さに気付く。このとき、「お前には母親はいない。それでも、お前が生まれてきたことには意味がある。お前は誰かに望まれて生まれてきたはずなんだから」と泣きながら声を上げ抱きしめる。このシーンの前ではグリマーは「自分の子供が死んでも涙一つ流さなかった」と言っていた。つまりグリマーにとってはどれだけ感情が分からないと言っても、目の前にいる少年の絶望に強く共感せずにはいられなかったということだと思った。読んでいた当時の自分も自分の存在の意味だとか、感情だとかというものに悩んでいる時期でもあったので、この場面に励まされたと思うことはあった。

 正直、社会人になって「大人」になった今でも、いや今だからこそより一層「感情って何だろう」「人生って何だろう」という堂々巡りの思いに囚われてしまう時があるが、この作品をもう一度読み直すと見落としていたことに気づくことがある。そういうのを抜きにしても、サスペンス作品として手に汗を握るような、キャラクターの息遣いが迫ってくるような場面も多くあって面白いし、人と人とが繋がっていくことで、事件の真相が段々と明らかになっていく構図は見ていて気持ちがよい。そういう多くの魅力が多分に詰まった作品だと思いました。

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