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アルゼンチン サンタフェ

2011年にキューバ・ハバナを旅した。ドラマチックな出会いと思い出に満ちた、一生忘れない最高の旅だった。
ある日ハバナの街を一周する観光客向けのバスに乗った。屋根なしの二階建てバスで名所を回る、世界中の観光都市で走っているお馴染みのやつだ。発着地である公園で待っていたら観光客のおじさんに話しかけられる。聞くとヴェネズエラのTV局に勤務するアルゼンチン人、アルゼンチンのサンタフェ出身でコロン・デ・サンタフェのファンだという。私も日本の赤黒のサッカークラブを応援していますと伝えると、彼は笑顔になって隣にいた奥さんにそれを報告。アルゼンチンには2回訪れて、去年はティグレやバンフィエルドの試合も見ましたと伝えると、さらに驚いた表情で奥さんに伝える。
奥さん曰くおじさんは観光バスでTシャツを脱ぎ、それを振り回しながらハバナの海岸の眺めを楽しんだとのこと。さすがアルゼンチン人、サッカーはいつでも見知らぬ人と簡単にコミュニケーションできる。

それから7年経った2018年、人生3度目のアルゼンチンへ旅することを決めた。日程が直前まで確定しないアルゼンチンリーグの日程と向き合いながら旅程を決定する。アルゼンチンリーグは一節で金、土、日、月の4日間にわたって試合が行われることが多い。航空券、自分の都合、試合日程の兼ね合いから5泊6日の滞在とした。勿論滞在のメインは週末、木曜に到着して現地で情報収集を重ね、金曜から毎日試合観戦だ。試合チケットも現地への行き帰りも全て自分一人でアレンジする。金曜はラシン、土曜はサンロレンソ、日曜はリーベルと迷ったが趣向を変えて二部のフェロカリル・オエステ。

これまでアルゼンチンリーグは全て首都ブエノスアイレスとその近郊での試合を観戦してきたが、そろそろ別の街でも見てみたい。本当は熱狂的なロサリオ・セントラルかニューウェルスの試合が良かったが、ロサリオの街の治安は悪く、日本人による旅行情報もほとんど皆無なため不安である。

そんな中で今回タイミングが合ったのはコロン・デ・サンタフェ。ロサリオより北へ180km、ロサリオと同じサンタフェ州の州都であるサンタフェを本拠地とするサッカーチームの一つ、7年前にキューバで出会ったおじさんが応援しているサッカーチームだ。カラーは赤と黒、札幌ファンである私にはこの上ない巡り合わせである。月曜はブエノスアイレスを離れて遠くサンタフェの街へ移動、コロンのホームゲームを観戦することに決めた。

ブエノスアイレスからおよそ470km、高速バスで7時間半かけてサンタフェに到着。1時間のバス出発遅れと発車ホーム変更、途中のバス襲撃騒動、到着大幅遅れというトラブルに見舞われながらの長旅だった。試合は21時15分キックオフ、バスターミナル到着時点で17時30分。余裕はないが何とか間に合った。スタジアムまでの行き方は全く不明である。

予約していたホテル「HOSTAL SANTA FE DE LA VERACRUZ」は街のメインストリートに面したビジネスホテルだった。思いのほか便利な立地だ。荷物を置いてすぐに買い物へ出掛ける。スポーツショップをいくつか回ってコロンの赤黒のユニフォームを手に入れることができた。街行く人はアジア系は勿論インディオ系の人も見当たらず白人しかいないが、だからといって自分が奇異の目で見られている感じはしない。思ったより穏やかな街かもしれない。あとはスタジアムへのアクセスを何とかしなければならない。

ホテルに戻りフロントで今夜の試合に行きたい旨を伝える。スタッフの一人がコロンのファンらしく、マジか日本人!最高だな!という様子で一気にボルテージが上がってスタジアムまで連れて行ってくれることになった。スペイン語しか通じない為細かい意思疎通は取れておらず、一緒に試合を見るのか送迎だけなのかは分からないがこれで一安心だ。

約束の20時にホテルのロビーに降りる。この旅で初めてサッカーシャツを着て観戦することにした。やはり赤黒は特別だ。だいぶ遅れてフロントマンのおじさんがやってきて車に乗せてくれる。もう仕事が終わったのか仕事中なのかは分からないが、とにかく親切な人であることだけは間違いない。フロントマンは今度の休暇でメキシコに行くと言うので、私も去年メキシコシティに行ったばかりですと伝える。自然とエスタディオ・アステカ、1986年W杯、マラドーナの話になる。彼もスタジアムを見に行くらしい。メキシコシティといえばアステカ、サッカーが好きならば地球の裏側に住む人間同士でもあうんの呼吸で会話ができる。

街の中心から車で15分くらい、薄暗い住宅街の中を歩くファンが増えてきた。着いたとのことで車を降りる。本当はチケット売り場の目の前に行きたかったが車では入れないとのこと。フロントマンが道行く家族に声を掛けて説明している。ほどなくして、この人たちが連れて行ってくれるからと教えてくれた。なんと私と一緒に観戦してくれる人を探してくれたらしい。それじゃ仕事に戻るよと帰るフロントマンに心からのお礼を伝え、ガッチリ握手して別れた。本当にありがとう。

フロントマンが話をつけてくれたのはお母さん、高校生くらいの息子、娘の3人家族である。お母さんが英語の先生らしくコミュニケーションが取りやすい。私はスペイン語も英語も片言しか話せないが、なんだかんだで英語の方が知っている語彙が多いので情報量が多い会話ができる。まずはチケット売り場でチケットを購入する。おそらくJリーグの当日券売り場も同じだと思うが、外国人にとってサッカーチケット購入は売り場の分かりづらさと買い方の難しさによりハードルが高い。

家族の助けで難なくチケット購入、彼らの勧めもあってPLATEA(一般席)を買う。息子と一緒に記念撮影する。一人で観戦するはずが思いもよらぬ展開に夢見心地だ。早速入場、通路は薄暗くて趣きがある。階段を登りスタンドへ。狭い通路から広大なスタンドとピッチが視界にいきなり登場する瞬間はいつでも最高の瞬間だ。

やってきたのは二階の角の席、ゴール裏の応援席とピッチが同時に視界に入る贅沢な席である。4万7千人収容のスタジアムはメインスタンドのみ屋根が付き、メインとゴール裏の間には高層ビルのようなテラス席が並ぶ。ゴール裏とバックスタンドは2階建て、屋根がないスタンドは開放感がある。ゴール裏とピッチの間には観客の侵入を防ぐ川が流れているが、のちに一部昇格時の過去映像を見ると、大勢のファンが川を泳いでピッチにインしている最高の光景が映っていた。

アルゼンチンでは試合開始直前に観客が入場してくる。日本のように試合開始2時間以上前から並ぶような馬鹿馬鹿しいことは誰もやらない。選手入場直前、底抜けに明るい歌と共に応援団がスタンドに入ってくる。どのチームもアッパーな歌と共に選手を迎える。例えば札幌では選手を迎える時は荘厳な儀式のような歌を歌うのが定番だが、私はアルゼンチンのスタイルの方が好きだ。トンネルから選手が登場した瞬間、ゴールが入ったかのような大歓声と共に、バックスタンドからは一斉に紙吹雪とトイレットペーパーが投げ込まれる。私は今アルゼンチンでサッカーを見ているのだと全身で実感して鳥肌が立つ。応援席を見ると発煙筒が炊かれている。

21:15、コロン・デ・サンタフェーヒムナシア・イ・エスグリマ・ラ・プラタのキックオフ。試合は両チームファイトしまくる情熱に満ちた展開。スタンドと相乗効果で巨大な生き物が鼓動しているようだ。常に歌い続ける応援席、バックスタンドは盛り上がったり誰も反応しなかったり、メリハリが効いている。ふと瞬間に全員が立ち上がり歌い始め、スタンド全体が一つになる瞬間は感動で心が震える。

2階席最前列では老若男女が立ち上がったままであったり、座ったりスマホを見たり立ち上がったり。孫を連れた60~70代と思われるおばあさんも時折手を振って歌う。隣にいる英語の先生のおばさんも、私に歌の意味を教えてくれたと思ったら大声で叫んだり歌を歌い始めたりと忙しい。バックスタンド1階席に目を移すと、最前列の柵に跨って若い女の子3人組が集まって応援している。一人はインチャハットを被り両手にはデカい旗を持って歌っていてめちゃくちゃ格好良い。よくJリーグは老若男女がスタジアムを訪れることができる、世界でも稀にみるリーグだという話を耳にするが、私が知る限りアルゼンチンでも多種多様な人達がスタジアムを訪れサッカーを楽しんでいる。カップルで応援席にやってきて応援する若者はそこら中にいるし、父親と娘がマリファナを吸いほっこりしながらバックスタンドでゆっくり観戦している様子も見かけた。小さな子供がサッカーそっちのけでスタンドを走り回る姿も日本同様だ。

コロンが後半先制点を挙げ、ハイテンションのまま試合は終盤へ。札幌でも歌われる歌、日本では歌われていないが大好きな歌が連発される。スタンドが揺れ、鼓動し、選手に勇気を与えている。この雰囲気を感じる為にアルゼンチンにサッカーを見に来ている。ここで感じたことを日本に帰ったら札幌の応援で生かしたい。幸せだなと思いながらタイムアップを迎えた。

友人と別の場所で見ていた息子や娘と合流し、勝利を祝いみんなで記念撮影して、紙吹雪に足を滑らせそうになりながらあっという間にスタンドを後にした。みんなでタクシーが停まる場所まで見送ってくれるとのことだったが見つからず、結局家族の車でホテルまで送ってくれることになった。どこまでも親切な人達に涙が出そうになる。23時半に試合が終わってここからタクシーかバスに乗って帰るのは至難の業だったことだろう。感謝の気持ちで一杯だ。

薄暗い道を歩いていると、アルゼンチン名物の騎馬警官隊の馬が走り去っていった。深夜の住宅街を警察を乗せた馬の群れが走り去っていくのはあまりに現実離れした光景だった。アルゼンチンのサッカー観戦は毎回が驚きの連続だ。

車でバスターミナルの前を通る。6時間前にここに降り立った時にはこんな温かい人達と出会えるとは夢にも思っていなかった。バスに乗っているコロンファンに対して、この街のもう一つのサッカークラブであるウニオンのファンが挑発してお互い罵りあっている。それをみんなで笑顔で眺めながら通り過ぎる。

深夜0時前、ホテルの近くで車を降ろしてもらう。拙いスペイン語で楽しい時間と沢山の親切への感謝の気持ちを伝え、ずっと肩に掛けていた札幌のシャツをお礼にプレゼントした。地球の裏側に住みながら同じ赤黒のチームを応援する者同士、私は今後コロンを陰ながら応援するし、彼らも赤黒のシャツを見て札幌のことを少しでも気にしてくれたら嬉しい。サンタフェの街が大好きになった、あまりに濃密で幸せな半日の滞在だった。

◆私が観戦した試合のハイライト

◆その日の選手入場時の光景



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