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Not music but music, so strange but pop

バッハの「ゴルトベルク変奏曲」には、カイザーリンク伯爵が自らの不眠を解消するために作曲を依頼し、それを受けて作られた作品だと言う逸話がある。すなわち、眠るためまたは眠れなさをやり過ごすための音楽である。これを覚醒の音楽に変えたのがグールドの演奏だ。グールドはシートミュージックでは解釈できない演奏のニュアンスを含めて録音芸術として作り上げてそれを提示した。結果、彼は眠るための音楽に潜んだ眠れぬ要素に光を当てたのみならず、多くの人を覚醒させた。

睡眠欲求と覚醒欲求というのは知られるところでは各々の動きが異なるという。睡眠欲求は入眠直前に一番高く、起床時に一番低いが両者の間を波のように行き来するという。一方、覚醒欲求は起床時間中、必ずしも波のようにはならず例えば夜に向けて徐々に高くなり入眠前に急激に下がるといった動きをするようだ。グールドが意識的に覚醒を目指したかは分からない。しかし仮にそうであったとするなら、睡眠欲求が低くかつ覚醒度が高い、その上で眠った状態というのは起床直前の状態であり、不眠解消というより起床の音楽に近いイメージが浮かぶ。

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それはある種のオートマティスムに近いイメージだ。残念ながらグールドとオートマティスムを結びつけるものを私は知らない。しかし彼が紡ぐゴルトベルク変奏曲には覚醒と睡眠が入り混じる、すなわち多くの場合は文学や絵画において作用するるオートマティスムがそこにはあるような気がする。ブーレーズが一過性の表現形態と見做したシュールレアリスムが意外な形で音楽に活かされている。そのように感じざるを得ない。

"To me, the ideal artist-to-audience relationship is a one-to-zero relationship. The artist should be granted anonymity" - Glenn Gould