新潟という地方都市におけるインディペンデントとマイルドヤンキー その1
前回花粉症の話題に触れたらお客様から「頑張ってください」と言われる様に。頑張ります。
そしていつも美味しいクラフトビールを届けてくれる新潟市の清水酒店さん、ウチに配達に寄ってくれた時の姿が普段していないマスクとメガネ。
一緒に頑張りましょう!
超入荷月間となった3月も最終日。本当にオススメだらけなので毎週毎週必死でした。常連さん達や私の財布も瀕死状態。トドメの1発いかがでしょうか。
「オンラインサイトあるんですか!」と時々言われますがありまーす!
正直なところ最初は店舗を持たずオンラインとポップアップだけでやっていこうと思っていたくらい。
気づいたら店舗出来てたよ。
今月はオンラインの売り上げが大幅に伸びた月でした。なぜだろう。どこかでバズってるのか分かりませんが、日頃の努力の賜物だと思いたい。FUJIWARAの原西を超える3兆個のギャグを所有しているのもお客様に楽しんで頂くためです。
新潟の方もぜひお待ちしてます!
商品オーダーもレコード紹介もnoteの様なテキスト仕事も全部ネット。私は1988年生まれで本格的にネットに触れ出したのは多分高校生くらい。
インターネットが普及し、当時My Spaceという音楽SNSの走りみたいなサービスが誕生しました。
その頃から新潟で活動するバンドやアーティスト達がこぞって「新潟から世界へ」という様な事を言い出した記憶があります。
そして私はこの「新潟から世界へ」という言葉が大嫌いです。
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