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はらわたが煮えくりかえるとは、このこと。〜障害者差別。

今日、姉から

『この障害者』
『障害者だからなにもできないんでしょ』
『障害者施設、探したら?』

と言われた。

表向きは、障害者でも関係ないよ、
と言っておいて、
ついに、本性を現した形だ。

障害者差別の上、
遠回しに、家から出て行けと言われ、
私は、怒り心頭。

それは、朝のことだったが、
夕方の今になっても、怒りが収まらない。

今までも、姉から暴言を、
嫌というほど、吐かれてきた。

しかし、今回は、意味が違う。

あからさまな障害者差別に、
私は怒っているのだ。

姉は、この1年、家から出ていない。

つまり、引きこもりだ。

子供の学校のこと、習い事の送迎、
育成会のこと、洗濯物を干すこと、
すべて旦那さんがやっている。

その洗濯物の取り込みは、
私がやっている。

なにもできないはずの、私が。

私は病院、買い物、自分で全て行く。

どちらが異常か。

姉は、やってもらって当たり前、
という態度だ。

しかも、入れる時間が早いだの、
入れたら部屋のカーテンは閉めるな、
臨機応変に、など、注文をつけてくる。

勿論、冒頭に『入れてくれてありがとう』
の文字はない。

そこで、私は、自分の命のリミットを
決めた。

下の姪の誕生日。

そこまでは、生きる。

無視されるだろうが、
バースデーメッセージを送ったら、
終わりだ。

この先、何十年と、
障害者差別にさらされて生きるより、
多少の我慢はしても、
あと数ヶ月で終わらせる。

遺書も書き終えたし、少しずつ、
身辺整理もしている。

どのように終えるか、考えているが、
やはり餓死だろうか。

もう、重い荷物を載せて、
フラフラと自転車を漕がなくていい。

リミットを決めたら、多少はスッキリした。

しかし、姉の暴言を、許すつもりはない。

表向きは、障害に理解のある姉を演じ、
本心は、この障害者が、と見下していた。

私は本当の意味で

はらわたが煮えくりかえる

という気持ちを知った。

これほど激しい怒りを覚えたのは、
生まれて初めてだ。

リミットまでの数ヶ月、
行きたかったカフェや、本屋さん、
などに行くつもりだ。

死ぬのは、負けるようで悔しいが、
死をもって抗議するしか、
もう方法はない。

他の家族は、姉の味方だ。
姉が私に言った、数々の暴言も知らない。

私は、ひとり孤独に死んでいく。
あと数ヶ月の命だ。

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