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『龍の遺産』   No.6

第一章 『龍を探せ!!』


ホテルに無理を言って、各自の部屋とは別に小さな部屋を借りた。夕食前に一回整理の意味で集まった。
神宮寺からの一言で始まった。
「お疲れ様でした。まずは私から、今日はいろいろ発見があったし、資料も集まりました。これに関しては事務所に戻って整理してから、もう一度、皆さんにお話しします。私たちが当初は半信半疑で初めた今回の件の調査、信ぴょう性が高まってきました。それは推理や証拠が固まった訳ではなく、私たちの調査に関心をもつ人たちが現れたからです。風人くんの想像ではすでに二つのグループだそうです。悪意のあるグループとただ監視しているグループだそうです。まだどこの誰だか分かりませんが、私たちの方が2~3歩先に行ってることは確かなようです。その人たちは私たちが持っている情報が欲しいのでしょう。青木さんの所へ電話をかけたり、今日は一日中、付きまとったりしています」
青木が「と言うことは少しづつ私たちが本丸に近づいていると言う事かも知れませんね」
「先ほど少し話しましたように、この古(いにしえ)から繋がっている言い伝え?秘密を解く鍵が少し分かりかけて来ようとしています。これから皆さんで今後の話をしたいと思っています」
「これからは色々な意味で今後、皆さんに危なくなる可能性があります。まだお話をしておりませんが、今回の調査も含め、私たちの調査がお金が絡むかもしれません。青木さんの会社の対応も今後に左右してきます」
「まだ相手が何者なのか分かっていませんが、暴力に訴えるかもかも知れません。これからなるべく一人にならないようにしてください。風人くん、望月さんを頼む。私と青木さんは、常に一緒に行動しましょう。地元に戻るまで」
「今後の調査ですが、現在分かっている龍の条件ですが、(名工の龍がある)(龍が宝珠の珠を持っている)(社殿、本堂内の天井に龍が描かれている)、まだ多分他に条件有ると思います。これではあまりにも簡単ですので、これだけならもっと早く見つかっています。まだ検討の余地がありそうです」
「龍の眼に、砂金を埋め、宝珠にその在りか標した紙を入れ、天井の龍には、隠した場所の風景を指している。こんな憶測程度の事しか、今はわかりません」
「初代伊八と葛飾北斎が何処かで出会っていたことは、多分、本当だと思います。明日調査する後藤利兵衛と北斎との関係は、まだ本当の事は分かっていませんが、いろいろな史実から二人が出会ってたことの可能性があることを示唆しています。しかしそれがここ千葉だとはまだ、はっきりしたことは分かっていませんので、これからの調査次第です。利兵衛が千葉に戻って来て、作品を残したのは晩年で、明治が始まっています。
北斎が協力者の力を借り、幕府の御用金・軍備品を運び、重要拠点に準備したとしますと、その目印として、多くの標(目印)を残したはずです。
他の条件とはなんでしょうね?」
望月さんが、思い出したように・・・・・・、
「先生、龍が見ている方角はどうでしょう? あまりにも漠然としていますが、東西南北程度は分かると思います」
「それと龍の背景に意味が有るかも知れません」
「良い発想です。それも考慮に入れなくてはいけませんね」
風人が何となく思ったことを口に出した。
「隠した幕府の御用金?軍用金?がどのくらいかとか、軍備品の量とかが分かるような記述があってもいいですね?」
「それがあの和紙に書いてあるのかもしれないですね。それと・・・・・・」
「先ほど先生が話しましたが、二つの組織?グループがいるとして、私が感じたのは一つのグループには、敵意とか悪意が感じられませんでした。ただ単に見守っているような雰囲気と我々を探るような感じでした。もう一つのグループは、監視する目ですね。隙あらばどうにかしようとする悪意が強く感じられました。その意味で今後は、皆さんに注意して欲しいです」
ホテル側に食事は7時でお願いしてあったので、先生が〆の言葉として、
「とにかく、この続きは後日と言うことで、皆さん、今日一日御疲れでしたでしょうから、部屋に戻ってシャワーでも浴びて、7時にレストランで会いましょう」
中途半端な終わり方だが、宿題を与えられた子供のように、各自、部屋へ戻って行った。
              ≪龍≫
 
龍一たち三人は、車の中で、コンビニの弁当を拡げていた。
龍一が「ここら辺りは、夜になると人気がなくなるな。夜中まで待ってから動こう。龍二と龍三は、あの新聞記者のタブレットを、いつもむき出しで持っているので、多分机の上あたりにあるだろう」
「おれは爺さんのパソコン。ショルダーバックの中にあるだろう。龍三、まだ早い時間だからちょっとホテルの様子を見てこい。出来ればホテルの周りも」
まだ少しだけ人の往来があり、街灯や人通りが多少目につく、まだほんのりと明るく、灯り無しでも問題なく歩ける。龍三は、車を降り、ホテルの方へ散歩をするかのように、のんびりと歩き出した。
 
ホテル内では、食事が終わり、明日のスケジュールの話を皆でした。青木さんは、今日の報告を会社にするため、部屋に早めに戻って原稿を書くらしい。
望月さんは、運転の疲れがあるようで、早めに就寝すると言っていた。
神宮寺は、今日の調査資料をパソコンへ入力するため、すぐに部屋に戻った。
風人は部屋に戻らず、フロントに立ち寄り、海辺までの散歩コースを教えてもらい、一人で外へ出かけた。
気持ちのいい散歩道。夜の帳が降りるころ・・・・・・
前から人が歩いてきた。海辺を散歩するかのようにのんびりと歩いている。
すれ違う。
相手は、躰から緊張感が微かににじみ出ている。風人のように、緊張感を奥に仕舞いこみ、自然体にふるまう技が、まだ出来ていないようだ。軽く挨拶を交わしながらすれ違う。
 
神宮寺は「必ず他に目印があるはずだ。後藤利兵衛の龍の作品が多い鴨川で、明日、なにかとっかかりを見つけたい」
部屋のライティングデスクにPCを置いて、今日の調査資料をまとめている。
また神宮寺は、北斎の気持ちになって考えた。伊八も利兵衛もここ千葉では、多くの作品を残しているが、対岸の川崎・横浜・横須賀には利兵衛の作品が多く残っている。
利兵衛だけでなく、師匠の後藤三治朗恒俊の作もあり、弟子たちの「龍」も多くある。
自分が北斎だったら、土地勘のある対岸の強化を図るのではないかと。江都湾へ入る船舶の関所も浦賀にあり、港としての設備も整っている。
三浦半島と房総半島を結ぶ拠点としたら、江都湾の中(内海)の防衛は横須賀・浦賀と館山を結ぶ線、その外郭の防衛網は、三浦半島と内房半島あたりだ。二重の防衛線を考えていたのかもしれない
今回の千葉の調査が終わったら、三浦半島、それも横浜から横須賀・三崎まで調べようと考えた。北斎と伊八・利兵衛の接点は千葉だけでなく、横浜・横須賀・三崎にも必ずあるはず・・・・・・
その証を見つけなければ・・・・・・・
そしてまた、新しい名工の龍が見つかるかも知れない。
先ずは初代後藤利兵衛の龍を探そう。その後、弟子たちの龍、江戸で若い時修業をした利兵衛は、千葉方面ではなく、川崎、横浜。横須賀に作品を残している。
横浜の春日神社、禅林寺(ぜんりんじ)、洲崎(すざき)神社(じんじゃ)、横須賀浦賀の西叶神社、真福寺、鎌倉の山ノ内の八雲(やくも)神社(じんじゃ)などは、すでに一度は調査した。もう一度、視点を変えて、今回の謎の解明を目的として、再度、調べ直す必要があると感じた。
窓の外には、夜の海が広がっているのだろうが今は見えない。すでに夜の10時過ぎ、明日のためにと思いPCの電源を落とし、ベットへ入った。
 
風人は、部屋に戻り今日の出来事を思い返していた。私たちが今回のこの調査を開始したら、何か得体の知れないものが動き出したと感じた。純粋な「宮彫り」を研究・調査があらぬ方向に進みだした感がある。やはり江戸幕府の軍資金に惑わされた輩のせいかもしれない。
先ほど散歩の途中ですれ違った男、我々の動向を確かめに来たのかもしれない。
疑ったらきりがない。みんなに何かあったら心配だ。今日は望月さんに運転をお願いしたし、明日も運転もしないし、今晩は何か起きた時のために、本でも読んでしばらくは起きていようと考えた。
 
ホテルを一回りして、様子を確認して龍三は車に戻った。
「特別変わったことはなかった。連中は1階と2階に分けて部屋を取ってる。途中で、爺さんの助手の若い奴とすれ違った以外は動きはない。侵入もたやすそうだ」
「あの若いのは、数に入れる必要はなさそうだ。ひ弱そうで・・・・・・」
龍一が龍三を見ながら、呆れた顔で、
「龍三、お前は人を見る目が本当にないな。そう言う俺も昔、あいつに会った時、そう思ったが。だけどあいつだけは注意しろ。そうか顔を見られたのか・・・・・・」
龍一は今夜の計画を二人に話した。
「午前一時に出かけるぞ、龍二と龍三は新聞記者のタブレットを手に入れろ」
「俺は爺さんのノートパソコンを手に入れる。30分で済ませて、この車の前で集合。手早くやれ」
三人は、車を降り、闇に紛れた。ホテルはオフシーズンだが、玄関のドアは施錠されていない。目的の部屋までは、簡単に行けるが監視カメラを避けながらなので、少々時間がかかっている。人が誰も歩いていない非常灯だけの薄暗い廊下を進む。龍二と龍三は、青木の部屋に早くもたどり着き、中の様子をドアに耳を付けて聞いている。青木の軽いいびきが聞こえてくる。うなずきあって、シリンダー錠を開け始めた。このくらいの鍵は朝飯前の連中だ。
少し遅れて龍一は、静かに2階まであがり、その一番奥の神宮寺の部屋の前に立った。
無駄な動作もなく腰を下ろして、すぐに開錠にかかった時、廊下の中ほどの
ドアが静かに開いた。奴が出てきて、こちらに向かって歩いてきた。
「あなた方ですか、今朝から私たちを付けてきたのは?何が目的なのですか?」
風人、7mほど離れたところで立ち止まり、相手を見た。廊下は明るさを抑えてあるし、相手は全体を隠すニット帽子で顔が見えない。しかし、眼だけが以上に怒りを発している。
風人、相手が立ち姿でかなり鍛えられていることが分かる。無理に近づかない。
龍一、ここは一旦、引き上げと判断した。声は一切出さない。静かに後ずさりし、突然、風人に向かって何かを投げた。正確に風人に向かって飛んでくる・・・・・・
風人は慌てる様子もなく、躰を斜めにしただけで避けた。それを機に男は反転し廊下の突き当たりの開いている窓から飛び出した。風人は窓に駆け寄り下を覗いた。2階の窓から飛び降りた男は、下に着くなり前方に転がり、すばやく起き上がり立ち去って行った。
「猫のような人だな」
窓から離れ、廊下の方を見ると男が投げた金属の棒のような物が遠くの壁に刺さっていた。近づいて見てみると、シリンダー錠を開ける時、鍵穴に差し込む細い棒状の先のとがった道具のような物みたいだ。それを正確に投げてくる。致命傷にはならないがかなりの凶器となる。
「猫みたいに身軽で、正確にこれを投げて・・・・・・まるで忍者だな」
風人は、寝静まった各部屋を廻った。青木さんの部屋のまで来たとき、ドアが少し開いているのに気が付いた。静かに声をかけた。
「青木さん! 大丈夫ですか?」いびきが止まった。
「誰?」
「風人です。何にもなかったですか? ドアが開いていましたよ」
青木はまだ寝ぼけているが、状況が徐々に理解でき、ベットから躰を起こした。
「何か亡くなった物、ありますか? だれかが侵入したようです」
青木、周りを見渡し、デスクの上のタブレットが無くなっているのに気づいた。
「取材用のタブレットが無くなっている!盗まれた!」
「ちょっと心配なので起きていました。廊下で物音がしたのでドアを開けたら、
男が先生のドアの鍵を開けようとしてましたが、私を見て窓から飛び出しして
逃げて行きました」
青木はまだ半分寝ぼけていたが、少しびっくりしたようで、
「2階の窓から飛び降りたの?その男」
「ええ~・・・・・・」
「ほかの人は大丈夫かなと思い、青木さんのところへ来たところです」
「青木さん、タブレットが無くなっているんですよね。盗まれたようですね。
と言うことは賊たちは、最低でも二人いるようです」
風人は夕方、散歩の途中ですれ違った若い男のことが、頭に浮かんだ。
「明日以降の仕事に差し支えがありそうですか?」
青木さんはまだ半信半疑でまだ状況をしっかりとは理解できていない。
風人が「男が先生の部屋に入ろうとしていたところなので、多分、先生の部屋は、まだ鍵が開けられた形跡はありませんでしたので、大丈夫だと思います。」
「夜遅いので、先生には明日の朝、知らせしましょう。望月さんの部屋は私が施錠を確認します」
かれらはやはり情報を狙っていた。それで青木さんのタブレットと先生のパソコンを狙っていたようだ。
意識がはっきりしてきた青木さんが・・・・・・
「今日の調査の件は、すでに会社に送ってありますので、支障はないです。
それとバックアップはとってありますし」
「明日はスマホと昔のように手帳で対応出来ます。しかし現実味を帯びてきましたね」
先生と望月さんには、明日の朝、伝えることにし、二人は各自の部屋に戻った。
風人、眼だけ開いているニット帽子で顔を隠していたが、男の眼が印象に残った。
「どこかで見た眼だな」とふと思った。
 
朝になり、何も知らな神宮寺先生と望月さんに風人が、夜中の出来事を伝えた。二人はまだ半信半疑。青木さんが加わり、タブレットが盗まれたと伝えると、現実のことと理解し始めた。
念のため、先生にノートパソコンの有無を確認してもらい、望月さんには、盗まれたものがないか確認をお願いしたが、二人にはなにも無かった。
青木が他の人に了解をもらうように、話始めた。
「とりあえず、ホテル側に伝えて、警察にきてもらいましょう。少し出発が遅れるかもしれませんが、今日は鴨川、館山あたりでの調査ですので、そのあと、アクアラインに乗れば、時間的には大丈夫でしょう。夕方には戻れます」
結局、ホテルを出発したのは、10時近くなってしまった。
望月さんの運転の車でまずは館山に向かった。
車中では、今朝方の出来事の件は警察に任せたので、全員、気持ちを切り替えて、神宮寺がみんなに明るい声で、説明し始めた。
「今度は後藤利兵衛義光の龍を探しに行きましょう。ここ千葉県には多くの作品を残しています。龍は彼の代名詞となるくらいです。「波の伊八」「龍の利兵衛」と言われるくらいです。利兵衛は1815年に生まれ、87歳で亡くなっています。千葉の千倉で生まれて幼少期はそこで過ごしました。23歳の時、江戸京橋の彫り師:後藤三治朗恒俊に弟子入りしています。
千葉県にある利兵衛の作品は、40代後半から晩年にかけての作品が多いです。それ以前は、江戸で修業をしており、20代後半に浦賀の西叶神社の彫り物を任されています。その後、その周辺に作品がありますので、40代前半まで過ごしたと思います。
私としましたら、今回の件、明治に入ってからでは遅すぎますので、利兵衛が横須賀、浦賀に居た時に、北斎と出会った可能性があると思っております。それを踏まえて、それを確かめるために千葉まで来ました。館山市、鴨川市、南房総市あたりの作品は50代以降が多いです。まずは鶴谷(つるや)八幡宮(はちまんぐう)へ行きましょう。ここには(百態の龍)と呼ばれる後藤利兵衛の作品があります。実際は利兵衛とその弟子たちと合作になります。利兵衛も50歳を過ぎ、これだけの彫り物は大変だったと思います。」
風人が先生に向かって
「青木さんは、会社に電話を入れ、状況説明をしたそうです。会社は最初は驚いたようですが、今回の企画が的外れではないと確証したようで、青木さんに続けて取材を行えと言われたと言ってました。そうですよね 青木さん!」
「また、タブレットは会社で最新型を用意してくれるようです」
鶴谷八幡宮のあと、光明院(こうみょういん)、日枝(ひえ)神社(じんじゃ)など利兵衛が40代後半から80代までの利兵衛の龍を見て回った。
ホテルを出てから、後ろを気にしていた風人が、先生に向かって、
「もう監視していないようですね。車も見えない、今日は大丈夫なようです」
「あいつら僕のタブレットを持って、どこかへ行ってしまったみたいですね。
今頃、データを見ようとしてるけど、バスワードが分からないから当分は、
中身を見るのは、お預けですよ」
望月さんがアクアラインにもうすぐですと言ってから、夜中の出来事を詳しく聞きたがっていた。風人が男が2階の窓から飛び降りたと伝えたら、
「え~結構高いですよね。下が土ならまだいいですが、たしかコンクリートでしたよね。」
「ええ、窓から下を見た時、丁度下に着いて前方にころがって立ち上がるところでした。まるで猫」
風人は、その時の情景を思い出し、彼らはものすごく訓練されている仲間が、少なくとも二人以上いる。青木さんのタブレットを盗んだやつ、先生の部屋に忍び込もうとして、2階の窓から逃げたやつがいる。
 
             ≪龍≫
 
神奈川県伊勢原市の高部屋神社の龍の眼が無くなってから2ヶ月ほど経った。千葉の調査から1週間ほど経過した。今のところ何の動きも無い。
神宮寺は、依頼された別の講演会の資料作りで、この頃忙しく過ごしている。
望月さんは、いつものように週末以外は、会社勤め。青木さんは、日々の取材活動で動き回っている。
そして、風人もかけもちのバイトをこなしている。
しかし、みんなの頭の中は、宿題を与えられた生徒のように、各自銘々の推理を組み立てている。ちょうど良い1週間の休息になっているようだ。
             
またいつもの居酒屋で、3人が揃っている。菱◆がビールを自分のコップに注ぎながら圓●に向かって「圓●、爺ちゃんに奴らの写真見せたか?」
圓●も勝手に自分の目の前のビールを注ぎながら
「爺ちゃんも親父も知らないと言ってた。代が変わったから分からないそうだ。
おれが奴らの行動パターン、しぐさを話したら、爺ちゃんが、少し考え込んでから、つぶやいた。
「多分、(東の防人)の連中かも知れない」と言ってた。
「爺ちゃんが若いころ、2~3回繋ぎがあったそうだ。その連中は、その時の孫あたりかもと言ってた。そしていまだにかなり修行をしているそうだ。」
四■が「奴らは頭より体力で勝負する連中かも知れないな。身体能力は我々以上だぞ。
高部屋神社で見てただろう。ひょいと高欄に飛び乗り、向拝柱をなんなく登り、音もなく、撤退も素早い」
「それで高部屋神社の拝殿天井の龍の画については・・・・・・?」
「親父が言うには、家に受け継がれた書状には書かれていないが多分間違いないと言っていた。花押がこれにはないので、100%とそうだとは言いきけれないそうだ」
「そうなるとどうしても宝珠の中の紙に書かれていた内容が気になるな」
四■が、「あの連中が見つけた龍の眼の中の物は、砂金なのかな~」
と言いながら目の前にある枝豆を手に取り、強く押し出し空中に高く飛ばし、直接口の中へいれた。
次の枝豆を空中に飛ばした時、横から手が出てきて、口に入る前に圓●の手の中に消えた。
「遊ぶな。真面目に聞け。その情報が欲しいな。」横取りした枝豆を口に入れながら、圓●に叱られても、四■は枝豆を押し出しては空中に放っては、口に入れていた。
「これからは一人一人を、監視し、隙が出来たら情報を得よう。絶対、力ずくはだめだ。ひったくるとか盗むとか。彼らは敵ではないけど、秘密を暴かれることを阻止するだけでいい」
「そのためには、彼らより先に行かなければ、先回りして証拠を消してしまえば、あきらめる」
「監視対象は誰にする?俺たち三人しかいないから・・・・・・」と四■がつぶやいて・・・・・・
「圓●、女同士は話しやすいじゃないか。さりげなく近づいて、それとなく寺社に興味があるとこを匂わせれば、世間話のように話すかもしれないぞ」
「千葉の飯縄寺にいた女性だな。確か望月とか言ったな」
圓●「分かった、とにかくやってみる。考えても仕方がない、行動あるのみ」
「四■は、新聞記者の動向を注意してくれ。菱◆は、あの若いやつを調べろ。あいつ、同じ匂いがするが、「東の防人」の奴らとは違うような気がするが、油断できない」
圓●たちは、千葉の鴨川のホテルの出来事はまだ知らない。「東の防人」の彼らが強硬手段に出てきたことを・・・・・・

            ≪龍≫
 
青木の新聞社では、デスクを交えて社内会議が行われていた。
デスクが「一回目の掲載目処は、いつぐらいに設定しておけばいいかな」と
青木に問いかけた。青木は会議と言ってもそこにいるのは、デスクを含め3人に、二人に今までの推移をまとめた紙を残り二人に渡した。
「この話は我々の独占で進められます。あの小さな記事がこれだけ膨らむとは
思ってみなかったです。紙面に載せるタイミングですが、まだ千葉県しか取材してませんし、憶測ばかりで確実な証拠がまだありません。私としたら、神宮寺先生と話していますが、次の取材、横浜、浦賀、三浦半島が済めば、推測・憶測から進んである程度の確証が生まれると思います」
デスク「分かった。その取材はいつ頃の予定だ。うちにはそれほどスタッフはいないが、一人ここに張り付かせ、青木の連絡係としようと思う。田中さん、頼めるかな」。
田中さんは、普段から新聞の校正を担当して、社内にいることが多い。
「仕事を抱えていると思うけど、彼からの連絡、そして先生たちからの連絡を
受けてくれないか?先生たちのグループは本職がいないので、勤めていたり、バイトしてたりしているので、一人まとめての連絡役が必要なんだ。それと以前にどこからか電話がかかってきて、情報がもれた。今後そんなことがないようにしたい。また、先ほど話したように、危ないことも今後も起こるかも知れないから」
田中さんは青木から渡された資料を確認して、了解の返事をした。
「デスク、先生と打ち合わせをして、取材日を決めます。先生のスタッフのスケジュールも聞かないと」
デスクが顔を近づけて来て
「これは話題になるぞ。大事に育てよう。本当にこんなことがあるんだなあ~。本当に幕府の御用金・当時の軍備が出てきたらどうする?例の徳川の埋蔵金が・・・・・・」
青木が慌てて、「まだ憶測を出ていませんから、事実を積み上げて行きましょう」
「とにかく、先生たちには当分の間、頑張ってもらいましょう!!」、
「最後に、社内でも直接この件にかかわるのはこの三人、上にはそのように
伝えておきます。細心の注意をはらって取材してください」
次の日から、青木の取材に関しては、社内でかん口令がひかれた。
 
             ≪龍≫
 
龍一の事務所内

「まだパスワード分からないのか。もう4日も経ったぞ」
「知り合いに頼んでいるけど、時間がかかるそうです。指紋認証でなくて、
それだけでも、良かったと言ってたけど」
「龍三、タブレットが開けたら、情報だけ要約してくれ。時間がもったいない。
爺さんのPC、どうにかして中身が見たいな。その情報が必要だ」
「ところで奴らの動きはどうだ? 千葉のあと、どこへ行くかであいつらが目指していることが分かるかもしれない。新聞社から情報を取ろう」
その場で読者を装って龍三が電話をかける。
「もしもし、先日、龍の件で電話をかけた者ですが、そう、情報提供した者です。
そう、担当者はどなたですかね? え~私の名前ですか? 単なるお宅の新聞の読者ですよ。折り返し電話ですか? それは結構です。」電話を切った。
「なんだかガードが堅くなった。と言うことは、動きがあったことだ」
「龍二、新聞社を監視しろ。例の新聞記者を徹底的にマークしろ。夕方、交代するまで張り付いていろ。龍三は、それより早くタブレットを見れるようにしろ!」とどなった。
 
一週間が経ち、青木さんも加わって先生の事務所に集まった。狭い事務所なので、4人入ると一杯になるので、会議室を用意した。
口火を切ったのは、青木さんだった。
「また電話がかかってきました。多分、私のタブレットを盗んだ連中だと思います。まだパスワードが分からない様子で、対応したうちの田中さんが名前を問いただしたら、電話を切ったそうです。かなり慌てている様子ですね」
「お知らせるのが後になりましたが、うちの体制で、皆さんの連絡を一か所にするため、田中を配置しました。お互いの連絡もそうですが、情報共有と言う意味と秘密漏えい防止の意味です」
「皆さん、仕事を持っているのと、風人くんは携帯を持っていないので、ここ(田中)に電話をすれば、全員の動きが分かるようにしようと思います。いかがでしょうか」
「特に風人くんは、頻繁に連絡事項、その日のスケジュールなどを伝えてください」
風人、頭を掻いて・・・・・・
「青木さん、助かります」
「夜はどうしましょう?」
青木が「我々だけが、外からでも確認できるように、暗証番号で聞ける留守録機能を付けます」
先生の事務所の会議室は黒板があるので、学校スタイルで全員が席に着いた。先生が黒板の前の椅子に座り、話始めた。
「皆さん、あれから一週間、休んだというよりも、宿題を預けられたという感じですかね」
「私も資料を整理し、自分なりの推理を立てました。その裏付けを確実にするために、もう一度、調査へ行きたいと思っています。前回のことがありますので、心してかからなければと思っています。みなさんの意見は後ほどうかがうとして、私は次の取材でかなりのことが解明できると思っています。今回、青木さんにお願いして、神奈川県の地図を用意してもらいました。それも川崎、横浜、横須賀、三浦半島エリアの詳細地図です。この地図にいろいろな情報を落とし込みます。等高線もありますので・・・・・・
まずは葛飾北斎の話です。北斎の実家は江戸で御庭番の役で、母方の出身地が横須賀の浦賀です。
それで北斎はたびたび浦賀を訪ねています。また、諸事情があって、この諸事情は分かりませんが、浦賀に隠れていた時もあります。
名前を三浦屋八右衛門と変えて2年ほど暮らしていたとの話もあります。その折、周辺の人に絵を教えていたとも言われ、また、自らも作品を残しております。真福寺の観音堂の天井、格天井の数枚の絵が北斎の絵だと言われています。その他は北斎が教えていた地元の絵師だとも言われています。
その観音堂の向拝には、後藤利兵衛の龍があります。そして、本堂脇にありました庫裏(くり)はかなり昔に取り壊されましたが、その中の欄間だけは、運び出され、本堂に保存されました。その欄間こそ、初代伊八の作品です。北斎、利兵衛、伊八が一つのお寺、真福寺に同時に作品を残している。これが本当なら奇跡に近いことです。
次は後藤利兵衛ですが、1837年、浦賀の西叶神社が火災で拝殿、本殿が焼失しました。あたらしく社殿を作る際、利兵衛に彫り物を依頼し、彼が20代後半、約230以上の彫り物を完成させました。彼は数年間かけて彫っています。
その中でも龍の彫り物は圧巻です。向拝の龍、海老虹梁の昇降の龍、向拝の格天井の二十八態の龍、どれをとっても利兵衛が若い時、心血を注いだ傑作です。
また、その西叶神社の対岸にあります「東耀(とうよう)稲荷社(いなりしゃ)」の中の格天井には、後藤利兵衛作と言われています龍彫り物が十数枚あります。西叶神社の向拝天井の二十八態の龍の彫り物によく似ています。
最後に初代伊八ですが、真福寺の欄間もそうですが、伊八の龍が叶神社の隣りの東福寺の観音堂にあります。現在は龍のみ残っていますが、初代伊八の作品です。
このようになぜこの三人がこの土地に作品を残したのだろうか?と考えるといろいろな想像が膨らみます」
一息入れて、自分の言葉が浸透し始めたのを感じた。
風人が「先生、青木さんに頼んだ、等高線のある地図には、意味があるのですか?」
神宮寺がそれに応えた。
「私が浦賀を訪ねた時、感じたのは海が近く崖が多く、それも断崖でした。三浦半島も海岸線を除けば、丘と言うか小高い山が多いです。何かを隠す時、縦に穴を掘るより、崖に横穴を掘った方が楽ですし、出し入れがしやすいと考えたからです。そのためには、それなりの小山か崖がなければと思ったのです。ただ単に永久に埋めるのではなく、必要な時、取り出せなければ、意味がありません」
望月さんが、浦賀に行った時の情景を思い出しながら、
「山というより崖からすぐそばに浦賀湾がありますね。荷物の積み下ろしも手早く出来ますね」と賛同した。神宮寺が話を続けた。
「利兵衛が修業中に江戸で北斎に会ったかもしれませんね。なぜなら北斎は若いころ仕事として版木を彫っていた時期もあり、木彫りに興味もあったかもしれません。そして、浦賀で再会したということも考えられますね」
「今、分かっているのは龍、宝珠、人里離れた寺社・・・・・・もう一つ何か足りない気がします。望月さんの言った龍の顔の向きだとか、利兵衛の龍だけしかない何か?伊八の龍しかない何か?かも知れませんね」
「それが何かを探しに行くというか調査しに行くというか、そこに行かないことにはわかりませんね。その場の判断になると思います」
最終的に話は、そこに落ち着いた。青木さんが会社からの伝言、今後のバックアップ体制について伝えてくれた。
取材日は2週間後の土曜日と決まった。
 
神宮寺は、みんなが帰ったあと、一人思いにふけっていた。
北斎は我々の力量を試しているのかも知れない。時空を超えてまでも謎解きさせるのは・・・・・・
彼の感性と知性が今でも我々を超えているのかもしれない。幕府のために諸国を行脚し、協力者を探し、そして自分の役目はどのように全うできたのか? それを探れ!と云っている。
北斎の最後に遺した(※)「富士越龍図(ふじこしりゅうず)」は、龍が天に昇る図柄だ。昇る雲の中に龍が富士を眼下に見ながら、天に駆け上り、下界を見下ろししている。北斎自身が龍となって「この謎を解いてみろ」と言っているとしか思えない。
ならば北斎の挑戦を受けてみよう。純粋に北斎、伊八、利兵衛に対して尊敬の念が湧きあがる。
これからの調査で、この偉大なる名人たちの新しい発見が有るかも知れないからと心からそう思えてきた。

葛飾北斎:富士越龍図


               ≪龍≫
 
望月さんがいつもの通勤帰りの改札を出たところで声が聞こえた。
「ヨガの無料体験教室があります。お試しになりませんか?」
「スポーツジム内に新設されました~」
目があってチラシに配っている女性が近づいてきた。しなやかで余分な肉がなく、まるでネコ科の動物のよう。アスリートのようなスポーティな服装なので、千葉の飯縄寺で会った二人連れの一人だとは気付かない。
「いかがですか? 毎週、土曜日の午前中は初心者のための体験ヨガ教室があります。いい汗を流してみませんか?」
「無料体験教室が今週の土曜日にあります」
そう云えば、ちょっと運動不足だし、汗といっても冷や汗ばかりかいている。
望月さんは、チラシを受け取って気持ちが少し動いた。それの気持ちが伝わったのか
「準備運動を入れても2時間ほどです。気持ちのいい汗をかけますよ」
そして最後のきめセリフが・・・・・・
「私は運動の後のビールが最高です」チラシを配っている女性が、少しはにかんで言った。その一言でまた気持ちが傾いた。
「今週の土曜日はいかがですか?」
「今週の土曜日は今のところ大丈夫ね。来週土曜日は先生たちと調査に行くのでNG。再来週も大丈夫」独り言のように女性に話した。
「まだ今週の土曜日は空いてますので大丈夫ですよ。いい汗をかいて、そのあと一杯」、ジョッキで飲み干すしぐさをしてちょっと照れ笑いしている。
「後でこのチラシにあります電話番号に予約を入れてください。待ってます!」と言って、チラシ配りに戻って行った。
彼女がインストラクターなのかな?また、週末の楽しみが一つ増えそうだ。
チラシを見ながら歩き去っていく望月を見ながら、
「来週の土曜日か。とりあえず日にちは分かった。あとは来週末までに、もっと近づいて情報を引き出そう。」圓●は、スマホを取り出し、菱◆と四■にメールした。
圓●は独り言のように・・・・・・
まだまだピースが埋まらないな。彼らの次の調査の様子を見て、こちらの情報を少し与えて見ようか。こちらは守る側、彼らは御用金には興味が無さそう。ただ単に研究対象として捉えているだけようだ。今まであまり世間に認めてもらっていなかった寺社の彫物(宮彫り)に陽を当てようとしているだけかも知れない。特に「龍の彫り物」に注目して、伊八、利兵衛の龍の研究をしているようだ。それが今回の我々との接点になった。
東の防人の連中は金目当てだと分かった。先を越されるわけには行かない。メンツにかけて死守しなければ、今までこれを守ってきた親父、爺ちゃん、そのまた爺ちゃんらに顔向けできない。背に腹は代えられない。仲間と相談しよう。吹っ切れた顔で、またチラシ配りを再び始めた。
 
龍一の事務所に、龍三が入ってくるなり「タブレット、開きました」
椅子に座ると同時に龍一に話始めた。
「奴の取材メモを読むと、高部屋神社で龍の眼から、砂金のような物が見つかったそうです。また、龍の持っている宝珠から紙が出てきたそうです。やつらはそれ御用金の金額などを示しているんじゃないかと思ってます。高部屋神社の龍の彫り物が江戸の後藤家の彫り師、これ~~何て読むんだ。ごとうそうのすけ? にれのすけ? 読めないな・・・・・・
とにかく有名な彫り師なんだそうで、それを機に、千葉へその師匠筋の後藤利兵衛を調べに行ったみたいです」
「段々分かって来たな。なんで飯縄寺へ行ったんだ? あそこは後藤が彫った
んじゃないよな。初代伊八だよな」
「龍一兄さん、段々詳しくなってきましたね」
「ちゃかすんじゃね。その中に何か分かること載ってないか?」
「え~と 葛飾北斎の資料が沢山入ってます。それと堤等隋とかいう絵師の資料も入ってます。」
「なんだ、その堤なんとかと言うやつは?」
「これによると北斎の仕事仲間で師匠(堤等林)が一緒だそうです。その先はまだわからないみたいです」
龍一は、椅子から立ち上がって、窓際まで行き、たばこに火をつけた。
考えをまとめているようだ。
「ある特定の彫り師に目を付けたみたいだな。それを追って千葉まで行ったか。
やつら、今資料をまとめて整理して、次へ進む算段をしている所だろう。龍二から連絡が入ったか? 青木って記者の動きで、次のやつらの動きが分かるぞ」
「龍三、今の話を龍二に教えてやれ、それと監視を交代してやれ」
また、新たに次へ動き始めたのを感じた。
 
「かんぱ~い!! お疲れ様でした」
スポーツジムの近くのパブで、望月とインストラクターが昼間から飲んでいる。
「どうでした? 心地よい疲労感でしょう! これがたまらないんですよ」
そして、そのあとの昼間からの一杯。罪悪感なんで吹っ飛んでしまいますでしょう」
初心者対象の無料体験教室に初めて参加した望月、チラシを配っていた人が
ヨガのインストラクターも兼ねていたので、すんなりと溶け込んで躰を動かした。
「私はオフだから大丈夫ですが、あなたは昼間から飲んで、OKなの?」
「私は先ほどのレッスンで今日はあがり。大丈夫ですから」
二人はヨガの話をしながら、圓●が「続けていけるでしょう?」
「週に一回は最低でも躰を動かさなくては、デスクワークばっかりだから」
「躰を動かせば、いつもの一杯が格別の一杯になりますよ。CMのコピーみたい」
二人で顔を合わせて笑った。
「来週はいかがですか?」
「来週は、ちょっと用事があっていけませんが、再来週は必ず行けます」
望月、圓●(インストラクター)に来週末行くこと、自分の一つの趣味が宮彫りの(龍探し)だと話始める。
「ちょっとこのようなユニークな趣味をやっているんです。もう3年以上も。
お寺や神社を回って、その建物にある木彫りの彫刻、宮彫りと云うんですけれど、それを見たり、写真に撮ったりしているの。特に龍の彫り物を。ちょっと変わった趣味でしょ。誰もあまり興味を持たないし、やってもいないし、だけど本当に面白い。来週末はその関係の先生たちと調査へでかけるの」
「へえ~ ちょっと珍しい趣味ね。来週はどこら辺に行くんですか? その辺りに望月さんが興味を引く、龍の彫り物があるお寺か神社があるわけ?」
「説明すると長くなるので割愛しますが、とにかくその神社には、素晴らしい龍の彫物があるんです」
望月、自分のスマホを取り出し、今まで撮った龍の写真を見せる。
「この龍がいる西叶神社は以前に一回、行っているけれど、この度は先生たちと行くと、一般の人が観れない拝殿内に入れて、その中の彫り物を見れるの。その拝殿の格天井には70枚以上の花鳥が彫ってあって、それは一見の価値があります」
「コースはまだ聞いていないんだけど必ず行くのはその浦賀の叶神社。西岸と東岸に叶神社があり、龍の宮彫りがあるのは西叶神社。多分そこを含めて、横須賀・浦賀、三崎あたりまで調査するんじゃないかと思っています。コーチは興味ないでしょうね」
圓●は首を左右に振って「そんなことないです。面白いと言っては語弊がありますが、良い趣味だと思います」と真面目に答えた。
それ以上深く聞くと疑われそうだと思い、圓●は話題を変えた。
 
圓●、行先と日にちが分かった。車の手配など、準備をしよう。
この連中、本当に金目当てではなさそうだ。趣味と研究の延長に、それに新聞記者が乗り、謎解きが加わったようだ。しかし、先に見つけられたら困る。
自分たちより先に。なによりまずいのは「東の防人」たちに先を越されることだ。次の土曜日には、なにかがもっと分かりそうな気がした。
 
次の土曜日、前回と同じように望月さんが車を出してくれた。青木さんが恐縮して
「会社に経費は出させますからね。高速代やガソリン代など」
「よろしくお願いします。私も大変ですので」
と言って望月さんは急に話を変えた。
「私、ヨガを始めました。先週から、駅前でチラシをもらって、ちょっとやってみようかなと思って」と唐突に運転しながら楽しそうに話し始めた。
「チラシを配っていた女性と少し話をして、その人がインストラクターだったので、抵抗なく入っていけました」
「結構な運動になって汗も出るし、体を使います。なにより体幹が鍛えられて・・・・・・」
話しはじめたら止まらなくなっている。
神宮寺が望月さんに笑顔で
「これから体力勝負になりそうなので、体力アップ、期待してますよ」
「ヨガのあとのビールが美味しいことこの上ないです。最初の体験教室の終わった後、そのインストラクターの女性とビールで一杯!!最高でした」
「私から話したのか、彼女から質問されたのか忘れましたが、私の趣味というか、寺社めぐりで龍の彫り物を見つけ、それを写真に撮ってますと話したら、興味を持ってくれて、今日の取材調査の話をしました。彼女は仕事で行けないけど、チャンスがあったら誘ってくださいと言ってました」
神宮寺先生が「珍しいですね、このような活動というか、グループ活動に若い女性?の関心を引くのは・・・私はだいぶ長いことやっていますが、うれしい話です。
少しづつでもいろいろな年代の方が興味を持ってもらえれば、拡がりますね」
望月さんがどれだけ我々の活動内容をその女性に話したかは分からないけど、風人はちょっと不安を覚えた。本当に興味があって聞きたのかなあ~と。
横浜横須賀道路の浦賀ICで降りてから、それほどもかからずに西叶神社へ着いた。その日の浦賀の湾は波が無く穏やかで、両岸を繋ぐ渡し船も気持ちよさそう走っている。
浦賀湾に面していて、対岸には勝海舟がアメリカの航海前に水垢離し、山頂で断食したと言われる東叶神社がある。後藤利兵衛が彫った龍などが有るのは西叶神社。皆が社殿に向かって階段を上がると社殿の向拝の利兵衛の龍が出迎えてくれた。社殿は山を背にして、浦賀湾を見下ろすように建っている。
神宮寺は宮司さんに挨拶と社殿と境内での撮影許可をもらいに行った。他の一行は参拝に向かった。
西叶神社には、若かりし頃の利兵衛の彫った数々の龍がある。その中で向拝の龍は彼の生涯の龍の作品の中でも、際立っている。20代の時の力溢れる、猛々しい龍である。また、海老虹梁の昇降の龍も素晴らしい。見逃しやすいのは向拝格天井の二十八態の龍。一枡ごとに区切られ、全ての龍が繊細で緻密な計算のもと彫られている。同じ物が一つとして無い。
 
神宮寺は、どこから手を付けていいのか考えていた。まだ分からないことが多すぎる。
ましてや隣接する(※)東福寺(とうふくじ)には、初代伊八の龍がある。この関係性は・・・・・・?
とにかく地道の事実を積み重ねて行かないと、たどり着けない。今までは、自分一人だけでの調査だった。これからは3人が加わり、心強い。
ここに手がかりは残っているのだろうか? 他の場所よりかなり可能性があるが・・・・・・


東福寺観音堂の初代伊八の龍

※ 冒頭の写真:浦賀の西叶神社向拝の龍


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