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『龍の遺産』   No.8

第一章 『龍を探せ!!』


かくしてそれから二週間後、神奈川中央新聞の土曜日の朝刊に第一弾が掲載された。
――『謎多き天才絵師:葛飾北斎と龍の宮彫り師たち』――
海外のゴッホ、エドガー・ドガなどの多くの画家のほかに多大なる影響を与えた葛飾北斎。その北斎に多大なる影響を与えたとされる安房の国の宮彫り師:初代武志伊八郎信由。同じく宮彫り師「龍の利兵衛」と呼ばれた初代後藤利兵衛橘義光との関係・・・・・・
これらの史実を積み重ねると新しい解釈の歴史が見えてくる・・・・・・
 
初回は全段扱いの特集記事が組まれた。週末の読み物としては恰好の内容となったようで、反響は大きかった。新千円札の裏面。新しいパスポートのデザインに扱われる北斎の浮世絵、富嶽三十六景「神奈川沖浪裏」の新解釈、斬新な切り口で北斎と宮彫り師の関係を取り上げ、読者が興味を持ったようだ。また紙面で、実在の寺社を写真入りで紹介しており、訪れたいと思った人も多くいたそうだ。第二弾、掲載予定の内容も期待を持って受け取られた。第二弾は、北斎、伊八、利兵衛が生きた時代背景(幕末)を浮き彫りにし、その時、この天才、奇才たちがどのようにその時代を生きたかを焦点とした内容とした。
 
第一弾が出た翌週の月曜日。
青木の動きを常に監視されていた。その2~3日前、遅くまで仕事をしている。
いつも夜中までかかっている。龍一へそのことは伝えられていた。
翌週の月曜日の朝、龍一のデスクの上には、神奈川中央新聞の土曜日の新聞がいち早く置かれていた。龍一が時間をかけて読んだ。
「あまり触れてないな。公にしたらどんなことになるか想像がつかないからか」
「次には書いてくるだろう。その前に、こちらが徹底的に調べよう。あの周辺を」
龍一たちは、あれから数回浦賀の西叶神社、真福寺の周辺を一週間、調べまくった。
藪に入り、洞窟を探索したり、海岸付近を調べたりしたが、何も出てこなかった。徒労に終わっていた。
 
神宮寺先生の事務所。
先生たちは、一つの仮説をもとに、風人の発見した「龍が示した方角」を調査した。西叶神社から観音崎・走水神社までの三角地帯を中心に、調べた。
江都湾(とうきょうわん)を外敵から守るには、真福寺からでは間に合わない。監視するには真福寺は、最適な場所。三浦半島を回りこんでくる船は見え、それを伝えて、観音崎で迎え撃つ。その近くに軍備貯蔵施設がなければならない。
西叶神社と走水神社を結ぶ線上に、何かがあるはずだ。出来れば高台にある方がいい。
神宮寺が記憶をかき集めている。
走水神社境内、その周辺には隠すところがない。神宮寺が突然・・・・・・
「あった!!! 能満寺(のうまんじ)が・・・・・・あった。高台、観音崎近く、高台の斜面に建って海が臨める」
風人がその言葉で反応した。
「そう云えば能満寺の本堂には、※ 小林直光(こばやしなおみつ)の龍がありました。昭和初期の名工で、彼は東京の柴又の帝釈天の胴羽目も彫っています。」
「それから本堂の少し上に、薬師堂があり向拝の龍は、かなり古く、彫り方が後藤流を示しています。調べる価値があると思います」自分で言って自分で
納得している。
「もう一か所あります。能満寺から少し下った所にある西徳寺(せいとくじ)です。ここには龍の彫り物はありませんが、本堂の向拝の彫り物は後藤兵三の弟子の※鈴木良求です。後藤兵三は後藤利兵衛の弟子にあたります。調べる価値はありますね」」
皆が地図で能満寺と西徳寺を探す。西叶神社の龍が能満寺まで、能満寺から走水神社へと導いているようだ。
「まだ仮説から出ていないが、走水神社と能満寺・西徳寺の再調査をしよう!」
 
  ※ 小林直光――東京の柴又の帝釈堂法華経説話彫刻を手掛けた名工の
   一人。
  ※ 鈴木良求――後藤義光の門人の後藤兵三(横浜生まれ)の弟子。
 
              ≪龍≫
 
圓●が「新聞が出たな。それほどあれには触れてないな。当然だな。まだ何も分からないうちに書いたら、大変な騒ぎになる。少しづつ触れて行くんだろう。やはり彼らは、学術的な探究心だけのようだな。」
圓●は、新聞を手に取り、読みながら・・・・・・
「よく調べてある。我々の調べと角度が違うが。やはりこちらの情報を与えて、共同戦線を張るのも手だな。龍一たちから護るためにも」
圓●が「望月さんを介して会ってくる。ある程度こちらの素性も明らかにしなければならないが、背に腹は代えられない」
 
龍一「確かに爺さんたちは、あそこを中心に調べていたな。あの二つの寺社が目当ての場所だと・・・・・・西叶神社・真福寺。しかしやつら一回しか調査していないな新聞でもまだ西叶神社・真福寺を深く触れていないし、次の新聞で書くつもりなのか」
この一週間、三人は浦賀周辺の調査で青木たちの足取り追うことがおろそかになり、途切れている状態だった。神宮寺たちが浦賀の反対の岸に目星を付けて、調査していることに気づいていない。また、足を伸ばして三崎までを調査しているのも、まったく気付いていない。かなり後手に回ってしまった。これを手っ取り早く解決するのは、奴らの誰かに直接聞くのが一番だと考え。イラついている。
一週間、藪の中、がけっぷち、海岸の岩場歩きでかなり疲労している。
龍一が二人に向かって言った。
「龍二、龍三、あの連中の仲間に一人おばさんがいたな?
丁重にお願いして、丁重に扱って連れて来い。お聞きしたいことがありますのでと言って・・・・・・」
「とにかく車に連れ込んだら、連絡して来い。後で俺を乗せて、走りながら話を聞く。乱暴は駄目だぞ!」
しかし、彼の眼は、力ずくでもいいから、どうやっても連れて来いと言っている。
 
週末のヨガの後、いつのように近くのカフェ、望月さんと圓●は、いつものようにビールで乾杯した。
望月さんは、土曜日の午前中の運動は、一週間の疲れを追い出してくれると思っている。大切なリセットの時間だ。
一気にビールを半分飲んだあと、圓●は・・・・・・少し間を置いて
「望月さん、ちょっとお話があるんだけれど・・・・・・」
望月、ビールを同じように半分飲んで静かにテーブルに置いた時に圓●が望月さんの顔を間近に見ながら意を決して話し始めた。
「本当にごめんなさい。私は貴方が、貴方がたが何をしているのか知っていて近づいたの。龍の話、宮彫りの話、幕末の話など・・・・・・全部知っているの」
望月は驚いて慌てて質問しようと・・・・・・
「まだ話の途中なので最後まで話させて、質問はその後にしてくれる」
「私、失礼、私たちは貴方たちが調査、研究の途中で見知った事柄。多分お互いの解釈は間違っていないと思っています。先生? 龍の先生が長年調査してた中で、見つけたことは、かなり事実に近いと思います。私たちは、父、祖父、曾祖父の代からその秘密を今まで守ることが使命の組織の人間です。遡ること1830年代になるかと思います。祖先が、江戸幕府から命を受けて、それを今でも大事に守っています。
人は私たちのことを「龍の防人(さきもり)」と呼びますが、詳しくは私も知りませんが、小さい時からそれを家訓、家命として、今まで引き継がれています。ここ令和に入って、其の掟を破る連中が現れてきました。今まで何もなかったので、私どもにも気の緩みが生じていたのも事実です。また、継承されるべき資料も奥に入ってしまい、箪笥の肥やし状態だったようです」
「決してあなた方を利用したわけではありませんが、私どもより先に、熱心に調査研究しているグループなので、近づきました」
「すでに私たちが先祖代々守ってきた幕末の秘密を暴いて、自分の物にしようとする組織が現れました。私たちはただ単に、このまま静かに歴史の中にこのことを閉じ込めておきたいだけです。私利私欲に動かされた連中にこれ以上を暴かれ、利用されることは、一族にとっては大変不名誉なことです」
あまりにも突然な話なので、望月さんには、一人では判断出来ない。頭が混乱して真っ白。望月さんは・・・・・・
「私は単に、龍が好き、寺社に興味があり、歴史に埋もれた隠された事柄を掘り出すのが好きだけですので・・・・・ この話は私でなく、神宮寺先生に話した方が・・・・・・」と言葉を返した。
「もし可能ならば、神宮寺先生とお話が出来る機会を設けていただけませんか?」
「ここでお話しした以上の詳細な話が出来ると思います。私が知っている限り話せる内容であればお話をします」
 
あまり時を空けずに神宮寺の事務所でその機会が設けられた。
圓●と四■の二人と、先生と風人、望月さん。
圓●からは、歴史的な背景と今での流れと言っても、あまり手づかずになっていた事柄、資料関係などと令和になってからの状況変化など神宮寺たちに伝えられた。
風人が圓●と四■顔を交互を見ながら・・・・・・
「高部屋神社ではお会いできませんでしたね。今日、お会いしてあの時感じたものと同じものを今、感じました。どこにいらっしゃたんですか?」
四■が圓●の顔色を伺いながら
「ご神木の上に・・・・・・あなたが気付いたことはこちらも分かっていました」
先生は何も不思議とは感じていないが、望月さんには、
「あの高い木の上にいた人を分かるなんて・・・・・・そんなことあるの?」
神宮寺が改まって・・・・・・
「いままで私どもを外から観察?していただいたようですが、私どもは宮彫り、特に龍の宮彫りを調べ、研究している仲間でして、その途中で今回のような別のことが出てきたわけで、皆は興味津々です。あなた方の今までの努力というか、歴史を繋いでいただいたことに感銘しております。私で出来ることがあればご協力いたします。
ここでは個々の考え方を尊重しますので、風人君、望月さんの考えたことは、私とは異なるかも知れませんが、多分、方向性は一緒だと思います」
圓●がうなずいて
「今回お会いして、物欲的に動かれてないことがよく分かりました。多分、
すでにご存じだと思いますが、私どもの組織は決して一枚岩ではありません。どうしてそのようになったのか私も分かりませんが、一部の仲間、と言っても直接の付き合いはありませんが、例の御用金目当てで露骨に動いています。
ご迷惑をお掛けしいるんじゃないかと心配しています」
風人が、千葉の調査の時の出来事を圓●に伝えた。
「そんなことがあったんですか? 彼らはかなり焦って来ていますね。探す手立てが底をついたのかも知れませんね」
先生が話を戻す。
「誠に失礼な質問かも知れませんが、貴方方の組織の中で、本当に江戸幕府の軍用金、もしくは御用金がいまだにどこかにあるか残って居ると思っていらっしゃるのですか?」
圓●「私の父親・祖父、その曾祖父から代々受け継がれた話ですが、まだ手つかずの場所があるようです。それが何ヶ所あるのか、どこなのかは正確には伝わっていないそうです。しかし、言い伝えによると「九箇所」だと言われています。先生たちが調査されている場所、外国からの攻撃に対処するための海岸線の場所はほとんど間違っていません。江戸湾の出入り口、またその外側に防衛網を張るという考えは、的を得てると思います」
「しかし、今まだ見つからずの残っているかどうかは分かりません。多分、既に大部分は発見されて何らかの形で使われていると思っています」
神宮寺は話始めた。
「昨日、みんなと検討しまして、まず調査は、浦賀から三崎港をと思っています。しかし、海側の守りのための備えは、すでに発見され、使われている可能性がありますね。先の大戦(第二次世界大戦)時に調べ尽くされていると思います。防空壕を作るため既にある洞窟を利用したりしておりので。それに関しての資料は多分無くなっていると思っています。私どもは宝さがしが目的ではありません。その軍用金を隠すにあたり、多くの寺社の協力、彫り師の協力があったはずです。まだその時の宮彫り師の作品が人知れずに残っている可能性があるのではと思っております」
「近々、みんなでこの地区を再調査するつもりです。今後、なにか進展があればご連絡します」
「これからは連絡を取り合いましょう。その連絡方法は、神奈川中央新聞の
青木さんに連絡を入れて、今回の事を伝えます。我々は情報を集中させる意味で、そこに人を配置し、昼間は直接、夜間は留守電で対応しています」
風人が、圓●に電話番号と夜間の留守電を聴く暗証番号を伝える。
圓●が続けて・・・・・
「今のところ動いているのは、その組織だけですが、かなり乱暴な連中です。
そこのリーダーは最近刑務所から出てきたばかりと言っていました」
「会ったのですか」
「ええ、向こうから会って話をしようと言われ、会いました。結局とところ、私どもを利用して、お金を手に入れようとしているだけで、話し合いどころではありません。よっぽどお金に困っているのかもしれません」
「その別の組織? 龍の防人に対しては一緒に対応して行きましょう」
其の後の話しは、圓●のメンバーと先生たちの仲間をどこかで紹介することで終わった。
四■は別の用事が出来たようで少し早めに一人で帰った。圓●は望月さんと一緒に帰ることにしたようだ。
二人はまだ陽が高いので、駅まで話しながら一緒に帰ることにした。
風人は先生と、次の調査の資料整理があり、少し遅れて事務所を出た。
先生は車なので、事務所が入ってる施設の入り口で左右に別れた。
風人は、圓●たちに少し遅れ、ゆっくりと駅への続く道を一人で歩き始めた。
 
神宮寺の事務所のある施設の脇道で、車の中で龍二、龍三が待っていた。
望月さんともう一人出てきた。
「あいつ、圓●とか言う名前の奴だ」
二人は話しながら駅への道を歩いている。
「どうする? 女二人だから一緒にやるか?」
「あの女が何しに来たのかも知りたいし・・・・・・」
二人が道を横切ったあと、すぐに車から降り、後ろに付いた。気配を感じた
圓●は、望月さんをかばって、相手の正面を向いた。
「確か圓●(まどか)さんとか言いましたね。そのおばさんと一緒に話を聞かせてくれませんか?お手間はそれほど取らせませんので。その脇の止まっている車まで来てくれませんか? 龍一兄さんから、手荒く扱うなと言われていますので、素直に同行していただけましたら助かります」
圓●「先日の話し合いで、こちらから返事をすると言ってありまよね。今日はなんですか! 突然」
龍二が笑顔で「今日は、そちらの女性に用がありましてね~。丁度、貴方を一緒だったので、これは偶然です。偶然」
圓●、今の状況を判断している。まだ人通りも多少あるが、襲われている訳ではない。これも相手のテクニックか? 他の人が見たら、単なる立ち話としか見えない。しかし、それなりの圧力をかけてくる。どうするか迷った。
その時突然、後ろから・・・・・・
「まだ、そこにいたんですか?望月さんたち、 立ち話なんかして・・・・・・」
風人が数メートル後ろから声をかけてきた。
龍三は龍二に向かって「どうする?」と眼で合図した。
龍三「とにかく、こいつらを車に入れよう」と二人が素早く動いて、強行手段に出ようとしたが、圓●の前にいつの間にか遮るように、風人が彼らの前に立っていた。
「乱暴はだめですよ。確か以前、あなたをお会いしましたよね。鴨川のホテルの散歩道で・・・・・・」
龍三は慌てて、龍二を見たが、すでに龍二の躰は勝手に動いていた。目の前の風人に向かって、前蹴りが飛んでいた。しかし、蹴った場所には、誰もいない。
風人は、左に少しだて動いただけでよけた。最初の前蹴りは次の回し蹴りためのフェイント。これを龍二は得意としていた。いままで誰も避けきれなかったほどの速さだ。
しかし、回し蹴りも空を切った。またまたそこにも風人はいなかった。龍二が一回転して元に戻った時、風人は最初に立っていたところに、何もなかったように立っていた。
間髪入れずに今度は正拳。踏み込んで体重の乗った拳(こぶし)が左右から風人の顔を狙って出された。
見ていた圓●と望月さん、声を上げた「あ~あぶない!」
いままで避けられた奴はいないと自負している龍二の正拳が、簡単に風人の右の手で、払われた。
何もなかったかのように、ただ自然体で佇んでいるようにしか見えない。
風人は静かに闘志を押さえた声で、
「貴方方ことは、ここにいる圓●さんから伺っています。乱暴な手段を取る前に、話し合いましょう。連絡をください。このような事をもう一度したら、こちらもそれなりの相応、対処をしますよ」
龍二と龍三は今、自分たちが仕掛けて、自分たちの目の前で起こったことに吞まれて、まだ完全には理解出来ず、何が起こったのか呆然としたまま立ちつくしている。そして二人はお互いの目で合図しおそるおそる、後ろに下がり振りかえって慌てて車に戻って行った。
 
「貴方、何者なの? 私には何が起こったのか速くてなにも見えなかった」
圓●の問いに、風人がはにかんで・・・・・・
「私は何もしていませんよ。ただ避けただけです。風を感じたから・・・・・・」
「とにかく助かったわ。私たちもそれなりに訓練しているけれど、あなたには敵わないわ。柳に風のように何でも受け流せるのね。こんな人いるんだ~。
とにかく私も、これからは注意する。望月さんも一人では、出歩かないでね」
「駅まで一緒に行きましょう」
風人は何もなかったかのように先に歩き出した。
 
龍一の事務所・・・・・・
「何だと!! 失敗した。手ぶらで帰って来たのか。何があった?」
龍二と龍三が今日あった出来事を龍一に説明して、その後を続けた。
「龍一兄、今度会ったら、こんな失敗はしない。最初に奴を舐めすぎていた」
二人はあの時、あの場面で起こったことを完全には理解していない。自分たちの油断だと思っている。
龍一が机を叩き、立ち上がった。
「なんでいつもあいつに邪魔されるんだ。今度はあいつの体に聞こう。まずはあいつを潰し、排除してから、他の連中に聞こう」
「昔の俺だったら、頭に血が昇ってすぐに動くが、今は違う。まずはあいつが一人になる時を狙う。三人でやれば問題ない。龍二、龍三、調べろ。あいつの勤め先やら住んでいる所を。今度こそ積年の恨みを晴らす・・・・・・」

※冒頭の写真:浦賀の能満寺向拝の龍(小林直光作)


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