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「過ち」を犯してしまった時こそ、自分に優しく (2月のテーマ:過去の過ち)

こんばんは🌚!ゆうかです。
早いもので2月ももう過ぎてしまいましたが、今回の対話のテーマは「過去の過ち」ということで、私の思う「過ち」との向き合い方について書いていこうかと思います。
(本題と逸れますが最近動物の可愛さに目覚めたので、ヘッダーに猫の画像を使用させていただきました☺)

まず、「過ち」の辞書的な定義を見てみましょう。

あやまち【過ち/▽誤ち】の解説

1 まちがい。失敗。「—を恐れず試みる」
2 犯してしまった罪。過失。「—を償う」
3 男女間の不倫。不義。
4 けが。負傷。

出典:過ち/誤ち(あやまち)とは? 意味・読み方・使い方をわかりやすく解説 - goo国語辞書


これを踏まえると、「過ち」とは、
日常の中でよくあるやらかしたな~!と思う出来事はもちろんのこと、
あの時あれさえしてなければよかったのに、時間を戻せたらいいのに、とまで思ってしまうような深い後悔まで、幅広い事柄に当てはまる言葉かと思います。

さて、このような「過ち」と私たちはどう向き合っていけばいいのでしょうか?
私は、次につなげようと反省することや対策を考えるのももちろん重要ですが、
まずはこの「過ち」と距離をとってみるのもいいんじゃないか、と思います。
例えば自分の好きなことに取り組んだり、何かに没頭したりと、あえて考えないようにすることでプラスの影響が生まれることもあるかと思います。

ここまで読んで、そんな現実逃避みたいなことしてていいの??と感じた方もいるでしょう。
特に、自分にだけ影響のある失敗ならまだしも、誰かに迷惑をかけたり傷つけてしまったりした場合には、罪悪感をより強く持ってしまいそのことばかり考えてしまう…という方もいらっしゃると思います。

ただ、人は自分が満たされていないと良い選択はできないものです。
ここで、考えをまとめるにあたって参考にさせていただいたブログを引用させていただきます。

「人の心は乾いていくもの」
かの有名なブッタ氏も
こんな名言を残したそうですが、
※諸説あり

毎日お水を飲むみたいに
意識して心を満たしていかないと
カラカラになっちゃう。

優しくしたくても優しくなれないし、
笑顔になりたくてもなれないのは当然。

なので、休んだり、
やりたいことやったり、
いやなことをやめたり、
一時的に現実逃避をしたり、

なんらかで自分を満たすことが
必要なんじゃないかな。

出典:優しくなれないときの考え方 | かんころオフィシャルブログ「今日の世界も主役はあなた」Powered by Ameba (ameblo.jp)

まず自分が満たされていないと、周囲に優しくすることも自分自身の状態を保つこともできない。
つまり、何か「過ち」を犯してしまった際も、
過去の出来事を反省しすぎて囚われてしまったり、自分を責めて不安定になってしまうと、
誰かを傷つけたり、自分にとって良くない選択を再びする可能性が増えてしまうのではないでしょうか。
もう同じようなことを起こさないように…と反省するあまりまた「過ち」を起こしてしまったら、本末転倒になってさらに苦しくなってしまうかもしれません。
(※かんころさんのブログは、この他にも毎日が少し楽になるような素敵な考えがたくさん載っています!初めて知ったという方はこの機会にぜひ読んでいただければと思います(^^)v)

あんなことをしてしまった自分はダメだ、悪い存在なんだ、と思うことは自然だと思います。
むしろ、自分の行動を振り返り向き合うことができる強さの表れでもあると思います。
ただ、「過ち」を犯してしまった自分を責めず、一旦距離をとってみる。
そうすることで、今後同じようなことを起こさないためにはどうしたらいいか、冷静に反省できるようにもなるはずです。
あくまで私個人の意見ですが、皆さんにとって新たな気づきとなれば幸いです☺

今回のnoteは以上となります!
読んでくださった皆様、誠にありがとうございました_(._.)_
(P・S noteを更新させていただくのも今回で4回目となりました!☻もっと様々な角度から発信・表現ができるようこれからもがんばっていきたいです。)


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