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職場が「安心安全な場」になってきた@こよちゃん

JTC(JapaneseTraditionalCompany)で従業員として働き続け、自由人のパートナーとも良好な関係を保ち続けているこよちゃんです。

会社員生活 四半世紀、辛かった時期もあったのだけど、最近は時代の変化を反映して、職場が驚くほど働きやすく変化してきています。先日職場で懇親会がありましたが 「週末昼間のバーベキューパーティ」「家族連れOK」になり、こよちゃんはわんこ連れで参加~。とーっても楽しかった~。というわけで、職場と会社の変化に、感謝を込めて ちょっといままでの変化を振り返ります。

次世代ファミリーコーチングには キャリアと家庭の両立のお悩み相談も多数寄せられておりますが、安心安全な職場環境の醸成の参考にしてくださいね。ちょっと辛い時期も我慢して待っていると、社会環境に職場が合致してよくなっていくという場合もあるかもしれませんよー。


1.1990年代のJTC(JapaneseTraditionalCompany)はこんな感じ


 こよちゃんの入社は、「男女共同参画社会基本法の制定」よりは後だったので、女性差別はあまり感じたことはなく、お茶出ししろとかコピーとか言われたことは皆無です。セクハラは多数ありましたが、こよちゃんは堂々と拒否ってましたので、被害はないです。妙に「男女平等です!」が、強調されすぎてたことが一番つらかったです。
 たとえばこんな感じ。入社直後の3年間は男女問わず「実家や大学のあった以外の新天地で一人暮らし」が強制され、全員全国津々浦々の会社指定の寮暮らし。こよちゃんは大学院時代に婚約していて結婚も早かったのですが、配慮無し。人事部も上司も周りの人もこよちゃんが結婚したことは知っていても、「新入社員だものね」として 「一人暮らし用の寮」に入ることが当然とされてました。

 こよちゃんも、他の同期たちと足並みそろえて仕事頑張りたいと思っていたし、夫もその時に米国留学とかしていたので、別居婚はさして辛くなかったのですが、年休をとる時期にまで云々言われる文化だったのはつらかったです。全員が年休は大量に余らせていて、入社3年目までの若手は 繁忙期には年休返上が当然、みたいな文化でしたね。インフルエンザでも出社した、が自慢のように語られた時代・・。あー変だったなあ。

そんな中でも 生き残れたのは 夫が、「君も働くのが当然」「僕は家でゴロゴロしている専業主婦は嫌だよ。君が仕事やめたら一切家事はやらないよ。」と明言していたから。こよちゃんも、「そりゃそうだ」と思ってる感じでした。こんな夫婦・・珍しいかな。

2.女性管理職比率向上が叫ばれる時代はこよちゃんには辛かった


 こよちゃんの 出産・職場復帰は、こよちゃんの両親が「がっつりサポート」の体制だったので、夫婦は別居で、こよちゃんは実家出戻りの状態で出産しちゃいました。保活も妊娠中から頑張ったので保育園には第一希望に入れてスムーズでしたが、子どもが保育園でよく熱を出してちょっと大変だったので時短勤務を申し出ることにしました。そうしたら、思いっきり役職が剥奪。しかも、人事だけでなく、周辺も「時短したいなら当然でしょ?」という雰囲気で結構メゲました。育児中の女性の先輩が一人だけ居て頼りになる方でしたが、時短はしていなかったです。まあ、彼女も 時短勤務はしていなかったけれども、パートナーさんが弁護士で多忙だったのでわりとマミートラックで、時短勤務のこよちゃんとは仲の良い関係でした。互いの子どもの成長の話をして喜び会えたり、ランチを楽しんだりできたのでとても良い関係性でした。ずっと仲良し先輩後輩は続いていて、彼女は管理職にはならなかったけれども、65歳以降も再雇用を望まれる素敵なマダムとして働き続けておられます。

2010年を過ぎるころ、当社にも 女性管理職比率を増やさなくては、の嵐が吹き荒れましたが、この時代はこよちゃんにとっては、「恐怖の時代」でした。人事部ダイバーシティ推進室の旗振りの元、「時短する女性はダメなヤツ旋風」が吹き荒れた感じです。時短からフルタイムに戻した女性や 女性管理職が登壇するお話を 「ハハーっ」と頭を下げて聞き、時短するワタシはダメなヤツって思わされた・・・という感じでした。
 こよちゃんも圧に負け、子ども4歳以降はフルタイムにしていましたが、夫のキャリアは宮城県で、こよちゃんのキャリアは東京で、となってしまい、夫婦は別居婚状態にならざるをえなくなりました。子どもが小5で こよちゃんに帯同して引っ越ししたタイミングで 母に癌が発覚・・という状況になり、子どももメンタルダウンしてしまったので、子ども事由で再度時短をとりました。
 時短勤務を許してくれた会社や職場にはとても感謝しているのですが、当時の社内の「女性をエンパワーメントする部活」とか、「ダイバーシティ推進委員」とかの女性たちは こよちゃんにとっては恐怖の存在でした。こよちゃんよりも若い「団塊ジュニア」の女性たちが大半をしめ、皆、出産直後ぐらいで、「パートナーとは対等で当然! ワンオペにならないためには最初が肝心! パートナーに家事育児をやらせて、私たちは昇進を目指しましょう!」と声高らかに叫んでいました。
こよちゃんも仕事は好きだったし管理職は目指すべきものだという認識がありましたが、パートナーとは別居婚・母は癌の術後病み上がりで、どちらかというと私がサポートせねばならない存在、育児と介護のダブルケア状態で大変でした。管理職を目指す女性たちの真似をして 家事サービスを頼み家事の外注を試みましたが、病み上がりの母は 他人が家に入るのは嫌でたまらない、ということで、事態は悪化しました。そんなこんなの試行錯誤を経て 結局こよちゃんは、「ワタシが掃除も料理も洗濯もやっちゃうほうがいいじゃ~ん」「ま、仕事は時短でいいや。管理職にはならなくていいや。仕事楽しいし、同僚の男性たち(非管理職含)と仲良くやれるし!」という心境に達してしまいます。
社内の「ダイバーシティ推進委員」の後輩女性たちは段階ジュニア世代で、人数も多く、こんなこよちゃんは、ダメな先輩に言えたようです。こよちゃんは後輩の彼女たちと仲良くやりたかったのですが、自分の実情や考えを話したときに「ダメじゃ~ん」と私に向かって面とむかって言った後輩女性もいました。(・・今でも忘れられない・ショックでした・・) こよちゃんを前にすると、ヒソヒソ話をしながら席を離れる後輩女性たちも居て、こよちゃんは、集団いじめにあった感すらしました。
 以来、「アファーマティブアクション女は大嫌い!」の想いはどうしても消えず、今でも、男女平等/パートナーに家事育児させる!にこだわる女性は相当苦手です。(ワンオペで家族を支えている肝っ玉母さんみたいな人が大好きで信頼できる、と感じてしまう。)
 その後、社内で管理職登用された女性が 親の介護でポッキリ折れる(鬱になっちゃう・・)とか 管理職になった後役職定年で早めに会社を追い出されてしまう・管理職の間は多忙でセカンドキャリアの準備が全然できていなかったのに・・などの事例を多数目にし・・いやあ、管理職にならなくて良かった、、と思ったりするようになってしまいました。こんな本も読みましたが・・私はちょっぴり ほくそ笑みかも。人にマウントするために管理職になりたいと思うような人は結局淘汰されますよね。真摯に仕事に向き合い、自分のできることで職場に・会社に・社会に貢献しよう、(給料は後からついてくる)と考えるのが一番だと思います。


3.昔っからリモートワークしていたこよちゃんには、コロナは救世主・追い風でした

自分軸の整ったこよちゃんは 40代を過ぎてから「管理職は目指さないかわりに、エンジニアとしてしっかり会社に貢献しよう」という意識がますます強くなり、コロナ前から会社推奨資格はせっせと勉強して取得してました。残業いっさいせず、自分のペースで自宅で粛々と資格の勉強をしていました。万が一会社を追い出されても良いように、という想いで勉強することは良いことだと思っています。
2020年3月にコロナパンデミックで学校休業・会社は全員リモートワークになりましたが、こよちゃんは、普段からよくリモートワークをしている人だったくらいなので 違和感なく自宅で仕事ができました。

 管理職を目指す人たちが外国出張を多数したり、夜の懇親会で社内も社外も人脈を築くことが重要とされていた時代が、コロナパンデミックで変わったことは こよちゃんにとってはとても良い追い風でした。
 淡々とリモートで仕事をし、SNSもマスターし、オンライン中心で活動していた「次世代ファミリーコーチング」に出会い、コーチング認定まで学びを深め、社外に仲間もできて視野が広がりました。こよちゃんにとってはコロナ禍は救世主で追い風でしたね。

4.2023年5月コロナ開けからの職場の変化がすごかったです。

 こよちゃんは、コロナ中に 完全にリスキリング・新しいリモート中心の働き方のセットアップができてしまったので、2023年5月にコロナが5類となった後 職場がどうなるかはちょっとドキドキしていました。
実際、身近な同僚の中には、ここぞとばかりに夜の懇親会をセットしたり、「今こそ出社に戻そう!」「対面しないと人間関係は作れない!」「対面しないと若手は育たない!」などと声高に叫ぶ人たちもいました。

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