【限定公開】脳内カセット
「二十歳になれば完璧な大人になれる」
そう信じて疑わなかったのはいつだったか。思い出せない。
私は小学生の頃から無邪気に笑い、色んなことに興味を持ち、音楽と図画工作が大好きな子だった。でも実際は感受性が強すぎて、音や感情などを感じ取っては一喜一憂していた。それに加えて責任感が強く、何故か自分を責める性格が災いし、家族には度々迷惑をかけていた(日本が不景気なのは自分のせいだなどと、よく頭を殴っていた)。
好奇心旺盛な私と、いつも自分を責め立てる私。この体に二つの自分がいる葛藤は、生まれて二十年以上の付き合いになる。
話を戻すと、私が完璧な大人になれると錯覚していたのは理由がある。一つは自分の体に二つの意思がいる状況を、大人になれば解消される・・・そんな希望があったこと。もう一つは周りがそれを求めているのでは、という先入観だった。誰もは言っていないはずなのに、見えない社会の雰囲気をよく感じては怖がっていた。早く大人になりたい、完璧な大人になってこの不安を解消したい。それを信じていた。
完璧な大人と言えば、電撃文庫の「キノの旅 ~The Beautiful world ~」第一巻にあった、大人の国というストーリーを思い出す。簡単に言うと、その国では子どもがある程度の年齢になると「大人になる」手術を受け、子どもの部分を取り出し、嫌なことでもできるようになる。それが大人になる手術だった。どこかで私は、そうなったらどれだけ楽だったか…とずっと思っていた。二十歳の節目に大人になる、社会で失敗や恥をさらすことなく生きていけると。スーパーファミコンのカセットのように、思考をとっかえて、私という本体を操作できれば良かったと、何度も思っていた。
結果はお察しの通り、完璧な大人になれなかった。
何か努力をしていたかというと、そうでもないのが私の悪い癖だが、無邪気な私と生真面目で責任感の強い私が、毎日脳内戦争を繰り広げていただけである。他人の答え(カセット)を押し込んで、無理やりプレイしては、できないと泣いて叱られる。そんな感じがした。
たぶん私は、周りの大人から、たくさんの答えを聞きすぎたかもしれない。色んな話、アドバイス、こうあるべき…そんな誰かの答え(カセット)を、丸ごと自分に取り込もうとした。流石に無理があった。
等身大の能力しかない自分を無理やり答えに近づけようとするのは、ゲームで言う序盤のレベルと装備で、終盤の強い敵と戦いに行くようなものだ。フィールドに行くことはできるかもしれない。けれど推奨レベルを満たさず挑むのは、速攻で全滅からのコンテニュー直行である。レベルが少し上なら挑む価値はあるが、経験値と道具と装備が足りないし、戦略を練らねば挑めない。
誰かの答えをそのまま取り入れようにも、中身である私の精神が追い付かなかった。周りの大人と私には、レベルと経験値に圧倒的差があった。それに合わせようとする時点で、思考と精神の摩擦が起きるのは当然である。泣いて叫んで癇癪を起すのも仕方がない。
この歳になって、自分に合ったカセットを選んでプレイしていいのだと思えてきた。自分で選んでプレイして経験する。合わなかったら他のを選ぶ。納得したらストーリーを進める。選んだ答えと価値観に血が通ったと分かるまで。そしていつか、自分のカセットを作り上げられるように。
もう、他人の答えを無理に読み込もうとしなくていいんだと、過去の自分に伝えたい。脳内カセットは自分で選んで、プレイしてからがスタートなんだと。
二〇一九、四、二三