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【音楽談義】強弱について

ジャズベーシスト千葉ゆきおの音楽談義です。

 私事ではございますが、突如モーリス・ラヴェルさんブームが巻き起こっています。
 そこで今朝、ふと気まぐれに某楽譜アプリ機能のシーケンサーで、その素晴らしい楽譜の音を再生してみると、まぁ機械的なわけです。
そんな事は当たり前田のクラッカー10年分ですし、それ自体に別に良し悪しはないのですが、ただ一点、強弱記号をシーケンサーが再生する時の違和感、これが引っかかりました。
 強弱記号(p < f など)が描いてある箇所で"音量が"上がり下がりしたのです。

違和感でいっぱいでした。ただただ再生機器のボリュームつまみを絞ったり振ったりしただけの音。

 実はこれは機械の限界とかそういう話ではなく、音楽を楽しむ我々人間界においてもよく見かける現象と言えると思います。

 日本音楽教育でいう強弱、それを英語ではダイナミクス(dynamics)と言います‥ あれ?この時点で何か違和感が‥と早速、感じてしまいます。

もうちょっとWikiってみましょう⇩

・フォルテ(イタリア語: forte)はイタリア語で「強い」「毅然とした」「丈夫な」などを意味する形容詞[1]。

・ピアノ(伊: piano)はイタリア語で「平らな」「平易な」「ゆっくりと」「静かに」などを意味する形容詞[1]。

wikipediaより

なるほど。英語でも調べてみると、

フォルテは基本的にはstrong的な意。
brilliantなどの良い意味もloudなどの悪い意味もありますが、まぁ何でも増強させてる感じ。分かりやすい。音量もまぁ上がるわけですかね‥。

対してピアノの方は
flat, even, plane, plain, simple, clear ,slowly , carefully, softly...
意味多い‥!!
 それなのに逆にquietlyやsilentlyのような
"静か"の意味の語は書いてありませんでした。

なんだかこの2つ、対義語ですらない気がしてました。

 実際に、素晴らしい演奏家は大きな会場でも1番後ろの席の人の耳元にppで囁きかけるような音を出せるものです。そのppは果たして"音量が"小さいのでしょうか?"弱い"音なのでしょうか?

 また、逆に身近なシチュエーションにおいても
「~の音量上げて(下げて)~。」とか「~が聴こえない(うるさい)から~して~。」のような会話は現場にてよく発生する気がしますが、それは果たして"音量"が問題なのでしょうか?
こういう話は実は帯域タイミングの方が大事。被らなければ、大概の音は聴こえ、全体としてクリアなサウンドになります。
(あとはニュアンス、それらを他者の気持ちに届ける音楽・音色の作り方、それを目指した日々の楽器奏法の研鑽などなど‥要因はシチュエーション毎に多岐にわたると思われます)

 話しが逸れましたが、要は強弱記号も発想記号の1つと捉えるべき という話です。

 それは音量の大小とか強弱というより、敢えて言うならば、静と動に近いかもしれません。どこまでも真っ直ぐな水平線から突如舞昇る太陽のような、そういった動的な描写・表現であるべきことかもしれません。そして何よりそれを感受した側の気持ちの動き、感動こそがダイナミクスと言えるものだと思います。

 そこに音質の違いこそはあれど、音量の変化はまぁ些細な事象だと思うのです。
(冒頭でお話ししましたシーケンサーは当にそこが真逆でした)

 そう、ダイナミクスのある音楽は人の気持ちを揺さぶるものだと思います(潜在的に)聴いてくれる人の心が動くと、演奏者側の気持ちも動きますし、それは鶏と卵どっちが先かは分かりませんが、そうやって心のやりとりができる空間を、時間を共にするというのは掛けがけのないものだと思います。

 昨今、ますます機械的な時代に突入してますが、ヒューマニズムと音楽の素晴らしさを大事に、今日も明日も演奏して征こうと思います。

いや本当に、pianoこそ難しく、そして美味しい。

あ、ちなみに楽器のpiano🎹の正式名称はpianoforte ピアノフォルテ。まだチェンバロやオルガンしかなかった時代に初めて一音一音の打鍵の強さによるダイナミクスを演出できる鍵盤楽器として開発されたためにその名前がついたと聞いたことあります。バッハの音楽を現代ピアノで弾くことについて一考の余地が‥‥おっと‥

長いのでこの辺にしておきます。ご拝読ありがとうございました。


(ご意見、ご感想、ご教示、お待ちしております)

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