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風が運ぶイチゴ #青ブラ文学部

 (本文約3100字)

 昭和40年代。これはとある町の、とある子どもたちの話である。

「なあ、大丈夫?」
「今日は工事ない。昨日聞いたから」
「いくか」
「おっしゃ~」
 ケイスケ、ヒサシ、トシローの三人は公園を出発する。

 春。新学期が始まる前の休み。三人はこの日、以前から準備を重ねていたある重大な計画を実行するために集まったのだ。

 この町には小さな川が流れていて、いくつかの橋が架かっている。しかしそのうちの一つは木造の橋で人しか通れない。それも老朽化により付け替えの工事が決まっていた。工事期間中はすぐ隣に、鋼製の仮橋が付けられており、通行人はそちらを利用するようになっていた。

「ほんまや、今日は工事してない」
「あそこのフェンスの隙間から川の中へ降りられる」
「よし、いくで」
三人は工事業者が利用するようにわざと開けていた隙間を利用して川の中へ入る。長靴を履いてきているものの、川は40~50センチ位の水深だ。三人は当然に足を濡らせ、半ズボンギリギリまで濡らしながら仮橋の下へやってきた。

「あそこらへんが丁度いい筈やねん」
 仮橋の桁を支える鉄骨が川の両脇と中央部分に立っている。根元はコンクリートで固定されているようだ。柱の間は三人が手を繋いでも少し足りないほどの広さ、ゆえに3メートル以上はあるだろう。

 ケイスケとトシローが家の納屋から持ち出したロープを柱に括り付ける。そして学校の倉庫から勝手に持ち出していた、野球をするときに貼るネットをそれに括り付けていく。

 この川には主がいるという噂だった。ケイスケは一度見た事があるという。自分の身長くらいはありそうな鯉だったらしい。
 大人の目撃談もいくつか聞いたことがあり、トシローたちがいく散髪屋のおじさんも一度見かけたと言っていた。

 この川の護岸は町中では高くなっていて、かなり上流の沼地あたりまで行かなければ川の中へ降りることができないが、そこにはひるが大量にいて足を踏み入れる勇気はなかった。実際、三人も前に餌食になっていて上流からの挑戦は諦めていた。

 そこへ今回の橋の工事で容易に川へ降りられる場所ができたのだ。当然に学校からは現場で遊ぶことは禁止されているが、そんなことを守っていては川の主を間近で見、捕獲することなど在り得ない。三人は毎日放課後に工事現場に立ち寄り、その様子を見学するふりをしてチャンスを伺っていたのだった。

 仮橋の下、三人は外から見えないシートが張られた橋のたもとに近い位置で、手製の罠に主がかかるのをひたすら待っていた。時計など持っていなかったが、多分5分くらいおきに様子を見に川へ入る。何もかかっていないことに落胆し、次第に興味を失っていく。木の板が張られた仮橋を人や自転車が通るたびにゴトゴトと頭の上で音がし、埃が落ちてくる。

「あかんなあ、もう、帰ろか」
「そうやなあ、うまいこといくと思ったんやけどなあ」
 ケイスケとトシローがため息交じりに言葉を交わしている間、ヒサシはなにやら橋に貼っている板をしきりに眺めている。

「ヒサシ、何してんの」
「ここ、隙間が空いてて、上が見えんねん」
 ケイスケとトシローも覗き込むと、なるほど隙間から空が見える。
「大丈夫なんかな、隙間があっても」
「大丈夫やで、こんなくらい。 あ、こっちも空いてるわ」
「ほんまや、見てみ、こっちもちょっとだけすいてるで」
 三人は埃を気にしながらも隙間をそれぞれ覗くことで時間つぶしをしだした。

 そんな時、橋を渡る音がする。ゴトゴトと音が近づいてきた。
「誰か渡ってるな」ヒサシがいう。
「しーっ、声出すな、見つかるやろ」トシローが小声で制した。
 ゴトゴトと音が過ぎていく。そしてその人は橋を渡り切ったようだった。

「あはは、見えたで」ケイスケが言った。
「何が」トシローが訊く。
「パンツ」
「うそつけ!」ヒサシが言った。
「どんなんやった?」
「白いやつ」
 勝ち誇ったように言うケイスケに疑念の目をむけるトシローとヒサシ。
「絶対、嘘や」
「ホンマや」
 三人のくだらない言い争いが暫く続いた。その時、またゴトゴトという音が向こう岸から聞こえる。三人は無言で定位置に着いた。
 そして音が過ぎていく。三人は顔を見合わせる。
「見えた?」
「いや、見えん」
『足が見えたような気がするけど、ズボンちゃうかな」
「男か」
 それからは主などすっかり忘れて三人は隙間を覗いていたが、ケイスケのビギナーズラックの後、チャンスは訪れなかった。

「なあ、じゃんけんでな、負けたもんが橋の上で待っててな、スカートが来たら(女の人、当然若い人)隙間の真上のところでな、なんか話しかけて止まらせるというのはあかん?」トシローがとんでもない提案をする。
「ええな、そのかわり、負けたやつは次、必ず、下な」
「そうやな下やったもんがこんどはじゃんけんしたらええやん」
 アホなませた小学生高学年である。

 でっこん、て、てってで て

 トシローが負けた。ケイスケとヒサシが下に留まり、トシローが川から上へあがった。

 長靴をぐちょぐちょと音をさせながら、仮橋の上をウロウロするトシロー。期待するほど人は通らない。ましてスカートのお姉さんなど……

 「何してんの」急に後ろから声を掛けられビックリする。振り向くと、学級委員の恵理ちゃんが笑顔で立っていた。恵理ちゃんはかなりかわいい。トシローは不意打ちに対応できず言葉がでない。
 
 ここで問題は三つ。
 一つは川で遊んでいることをバレないようにすること。
 二つ目は下でケイスケとヒサシが隙間へ連れてこいと待ち受けていることをばれないようにすること。
 三つ目は恵理ちゃんがスカートだということ。

「ね、何してんの? 長靴なんかはいて、あ、トシローくん、川の中に入って遊んだの?」
 あ、一つ目ばれた。
「そうでしょ?、ケイスケくんらも一緒?」
 恵理ちゃんは仮橋の下を覗こうとする。
「ごめん、もう帰るから、先生とか言わんといて」
 トシローは懇願する。
「もう、しゃーないなー、ええわ、黙っとくから、ほんまに一人?」
「おるでー」ケイスケとヒサシがバシャバシャと川の中に入って顔を出す。
 二つ目も自白。
「あ、あかんのにー。先生に言うわ、やっぱり」仮橋の欄干から身を乗り出し恵理ちゃんは言う。
「ごめん、ナイショ、すぐ上がるから」
 三人はそれぞれ両手を合わせる。
「しゃーないなー」恵理ちゃんは笑う。
 
 その時、突風が仮橋を勢い吹き付けた。
 三つ目の問題は風がその実力を行使する。

「きゃー」恵理ちゃんはスカートを押さえるが、トシローからは丸見えだった。赤い果実をあしらった白いのが。トシローは見て見ぬふりをできたはずだが、逆にそれを凝視していることに気付く。恵理ちゃんもトシローのその何とも間抜けた表情に、事の次第を理解したのか、一陣の風の後に一陣の風のように恵理ちゃんはその場を走り去った。

 川からあがってきたケイスケとヒサシは物言わぬトシローに問いかける。
「どうしたん?」
「あはは、見えた」
「なにが」
「パンツ」
「嘘つけ」
「ほんま。イチゴついてた」
「おまえ、上やのに、ズルいぞ」
「そんなんしゃーないやん、風のせいや」
「あーお前、恵理ちゃんすきやもんな」
「そんなんしらんわ」
 三人のアホな小学生はそのあと片付けをしてそれぞれ家路についた。

 それから数日後、ケイスケが偶然に恵理ちゃんに会い、トシローが恵理ちゃんのはイチゴだったと言ってたと告げ口をした。とんでもない奴である。
仁義というものも、デリカシーというのもしらないアホな小学生である。

 三人が先生にこっぴどく叱られたのは新学年のクラス分けの後だった。

 イチゴの恵理ちゃんは春風に舞うようにスカートを揺らし、校庭を走り抜けていた。

春の予感 ~I've been mellow~ 南 沙織 (尾崎亜美)


山根あきら様の企画「一陣の風のように」を使用した作品に参加させていただきました。格調低く申し訳ありません。山根さんならお許しいただけるだろうかと期待しております。こういうのだと読んでいただけるのですよ。不思議と。

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