妻という生き物

妻は私とどうなりたいのだろうか
妻は起業家だ。自分がどうなりたいとか事業をどうしていきたいとかめちゃくちゃ考えている
それはもうめちゃくちゃにだ。
ただ、我々は結婚している。愛する愛すべきパートナーだ。
そこを無視して人生は成り立たない。

私はそう思っているが妻はどうなのだろうか。
妻はそれを無視してでも事業の、夢の先を追い求めるだろう。

妻は稀にこう言う。
気に掛けていなかったらこんなに色々やってみてとか紹介しない。と

妻は妻なりに私を気に掛けてくれているのだろうか。行動で全く伝わってこない、言葉でも全く伝わってこない、

だから私は妻の心ない言動に傷付かぬように心に蓋をした。
同居人であると考え、妻の言動に対するモヤモヤを感じないようにした。
夫としての、家族としての感情に蓋をしたのだ。


この1週間途中の事件もあったがそう思って乗りきってきた。
だが、そこに愛はあったのだろうか。
私はこの1週間妻を愛していたのだろうか。
妻からの愛を、妻からの必要性を感じられないから、私も同じことをしたら家族が崩壊する。私も妻と同じ土俵に下りる。
それは妻と今後真の意味でやっていくには少々滑稽な行いなのかもしれない。

妻はとにかくわがままだ。気分屋だ。自分勝手だ。
元々このような性格だったらしい。想像以上だった。
だが私はそんな妻を愛して結婚した。離婚と言うのは本当に考えることはない。

であれば、やることは一つなのかもしれない。
もっと漢を磨くのだ!!
女のわがままは許すのが漢だ!

妻を愛し続ける。拒否や否定や傷つけられようとも、それは私のエゴだ。
どこまで漢が磨けるのかは自分次第。妻は私が漢を磨くチャンスをくれたのだ。

1度全てを許す漢になる。振り切る!!振り切った先に自分が嫌なことが出てくる。それをも振り切ろう。
それで心が擦りきれるだろう。それは筋肉痛と同じで乗り越えれば目指す漢が待っている。

一回りも二回りも大きな器を持って人生生きよう!
今日から私は漢磨きの修行に入る!

以上

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