わたしにとっての歌

なんだっけ。
なんだったっけ。

昔は、習ってなくてもずっと歌ってたはず。
それはもう、家族に笑われるくらいに。
ずうっと歌ってた。

初めて自分から歌いたいってアピールしたとき、初めてステージに立ったとき、本当に嬉しかった。
歌を習い始めたとき、これがやりたかったんだと心が震えた。

その頃から早10年。

ほんとにはやいな。汗

私もまわりも、目まぐるしく変わった。
原型とどめてないと言っても過言でないほど。
いろんな楽しいことがあった。
でもしんどいことの方が多かった。
自分のことはずっと大嫌いだった。
そんな中、私にとっては歌がほぼ唯一の救いだった。
一言で言えば縋っていた。

プロになりたいかと言われると違くて、
曲が作りたいのとも違くて(必要なら作れたけど)、
バンドがしたいかと言われるとそれも怖くて、
でもカラオケじゃちょっと物足りなくて。
プロデューサーの駒になれるかと言うとそんな気は全然しなくて、
だからといって何を表現したいのかはわからなくて。
ただ、時々心の琴線に触れる音楽に出会えるとすごく嬉しくて、どこからそんなふうに感じるのだろうと知りたくて、自分なりに再現したくて。
それができると少し誇らしくて。
また少し、私は大丈夫、と思える。

そんな感じで10年以上やってきている。
やってきていた、のだけど。

心が少しぽっかりしている。
心身の状態は頗る良いのだけど、歌に対する思いが、もちろん今も大好きだけれど、
どこか前と違って、あの切羽詰まったような、他にどこにもやり場のないような、湧き上がる情熱か衝動らしきものが、最近感じられないのだ。
別に不快ではないし、支障はないけど、
これまで「その感じ」をモチベーションに、バロメータにしてきたから、正直戸惑っている。

そりゃあ、習い始めた頃は20代で、今はしっかり30代なのだから、落ち着いてきたのだろうと言われればそれまでなのだけど。
なにか拍子抜けするような能天気さなのだ。
私このままで大丈夫か?
こんな感じで次の10年過ごしたら、いつのまにかせっかく練習した声が出なくなって、いつか歌が好きだったことすら忘れてしまうのではないか?

それでも案外、平気で生きていられてしまうのではないか?

そう思うとなんか怖い。

私じゃなきゃできないこと、私だからできること。
私が生きている理由。
生きていくための免罪符。大義名分。
そんなふうにして利用してたのかもしれない。

歌を、そして、「歌う私」というものを。

歌う医者、とか、ドクター、と呼ばれて、その度にいやだいやだと言ってきたけれど、
実際、それに頼って縋らせてもらっていたのは、私のほうだったのかもしれない。
人とうまくやれない自分。
一緒に音楽を作れなかった悔しさ。
逃げ出してしまった罪悪感。無力感。
強い強い自己嫌悪。

なんで私はうまくできないんだろう。
なんで皆んなはやっていけてるんだろう。
私がおかしいから?ばかだから?
空気が読めないから?
滑稽な自分。情けない自分。
足掻けば足掻くほど、道化みたいに虚しく見える。
こんなのはいやだ。
これはほんとの私じゃない。
もっと、もっと、先へ進めば。
誰か、何か、出会えるかもしれない。
見つかるかもしれない。
だけど何を?見つかったらどうする?
見栄っ張りの自分。ほんとは何もできない自分。
頭でっかちで怯えてばかりの自分。
口ばかりで動けない自分。

見つけてほしかったのに、
足掻けば足掻くほど、鎧が分厚く堅くなって
気づいたら何がしたいんだったか
全然わからなくなってた。

それで一旦遮断して、学業や仕事を理由に逃げこんで、
また歌いたいと思ったときだけ通っていた。
あたかも余裕で切り抜けたような顔をして。

今年もそれで通用するかと思ったけど
なんかもうそれは違う気がした。

私にとって、歌ってなんだっけ。
歌ってなんだったっけ。

ああしなきゃ、こうしなきゃ、ああなったらどうしよう、とか、
一旦全部手放してもいいですか。

使命だとか、価値だとか、そんなのは全部ほうり投げて、ただの「私」を生きてもいいですか。

今さら、歌ひと筋の自分を手放すの、ちょっと恥ずかしいけど、
一旦全部、忘れさせてほしい。
歌を習う前の、執着し始める前の自分がどんな感じだったか、思い出したい。
歌だけと決めつけないで、本当の本当は、一番最初は何が好きだったか、思い出したい。
もしかしたら何もないかもしれないけど。
全部自分で作り出した、虚像かもしれないけど。
歌う私に頼らなくたって、私は私でいられるって、ちゃんと思えるようになりたい。

わがままかな。
先生はどう思うだろう。
この気持ち、何一つ伝えてない。
本当は大事かもしれない、大事だったはずのこと、何も話してこなかった。
それが許される相手だった。
子供騙しが通用してしまった。
でもずっと嘘ついてるみたいで、後ろめたかった。
傲慢な自分が嫌だった。
それでもただ、目の前の空間と、それを必要とする自分を守るために誤魔化し続けた。
おかげでずいぶん救われたと思う。
本当は全部わかってたかもしれない。
わかっていてほしいとすら思ってた。
もう少し、もう少しだけ。
やわらかな繭の中で。
甘やかされていたい。
一緒に演じ続けていてほしい。
ただ何者でもない私が、現実を生きるための茶番を。
あと少しだけ。

もう夢の外は、見えているから。